第25話 ボスの指示で商業国へ行ってみた




 ようやくキッチンワゴン馬車の改装が終わり、僕達はあらたな地を求めイズラ王国から旅立った。


 以前より一回り大きくなった車内。あのぎゅうぎゅう詰めだった時よりはスペースに余裕があって、みんな快適そうだ。

 ロバも二頭に増え、移動力も増している。またテントも広い物を購入したので野営も安心してできるだろう。

 これも全てみんなのおかげだ。



 僕は馬車の手綱を引き運転する中、上空から一羽の鳥がこっちに向かって近づいて来る。

 翼を羽ばたかせる、見覚えのある真っ黒なシルエット。


「あれは……密偵鴉か?」


 組織ハデスの監視と伝令用の鳥だ。


『カーッ! 「死神セティ」よ、直ちにオバチナ共和国へ迎え! ボスからの指示であ~る、カァーッ!』


「ボスめ……相変わらずの不死身、いや異質ぶりだな。わかった約束は守ろう……その間、お前らも邪魔するなよ。間違っても僕をハメようとするな。その時は問答無用で組織ハデスごと滅ぼしてやるからな。まずお前は焼き鳥か、ピザの具材だ」


『カ、カァーッ! 怖い怖い! だからこいつ嫌い! 大っ嫌い、カーッ!』


 密偵鴉はびびりながら上昇し姿を消した。


「……オバチナ共和国。海沿いにある商業国だっけ、少し遠いな。そこに黒龍ヘイロンが潜伏しているのか」


 ヒナをつけ狙う『闇九龍ガウロン』のボス。


 だけど、


「やれやれ……すっかり暗殺者アサシン時代に戻ってしまった」


 僕は小声で愚痴を零した。


 ボスことモルスから暗殺の指示を受けていると尚更だ。

 互いの損得勘定はあるにせよ、組織ハデスを裏切った者として複雑な胸中を抱いてしまう。

 これもヒナを『闇九龍ガウロン』から守るためだ。不本意でも割り切るしかない。

 そう自分に言い聞かせる。




 夕方となり野営することになった。

 オバチナ共和国には5日ほど掛かるだろうか。他の国に立ち寄ったら一週間以上になる。


「シャバゾウ、新しいテントだよ~!」


「ギャワッ」


 ヒナは一番乗りと言わんばかりにテントに入り、幼竜のシャバゾウと戯れている。

 見ていてほっこりする光景。


「セティ殿、オバチナ共和国に向かうと聞いたが、途中他所の国に立ち寄るのか?」


 みんなで焚火の周りを囲む中、カリナが聞いてきた。


「うん。その方がいいだろ? キッチンワゴンの営業はお休みするけどね」


 何せこのパーティ、僕以外は全員女子ばかりだからな。

 野営ばかりしていたら不憫だろう。


 ボスから依頼を受けているとはいえ、そう急ぐ旅でもない。



 それからヒナはシャバゾウとテントで寝ている。


 今ならと、僕は起きている彼女達に今回の目的を包み隠さず説明した。

 本当は巻き込みたくないけど、《転移能力》を持つ黒龍ヘイロンを斃すにはどうしても彼女達の協力が不可欠だからだ。


 とくに高位の魔術師であるマニーサには……。


 束の間。


「……わかったわ、セティくん。その時は協力するわ」


「ありがとう、マニーサ……みんなも巻き込ませてしまって……ごめん」


「いいのよ。私達だって覚悟して貴方について来ているんだから……それにヒナちゃんのためでもあるわ」


「うん……今、説明した通り、『闇九龍ガウロン』のボスである黒龍ヘイロン恩寵ギフト系スキルの《転移能力》があるらしい。だから、僕のことに気づきどこか遠い地に転移されても厄介だ……だから一時的にもスキル範囲を制限させる《領域遮断フィールドブロック》の魔法が必要なんだ」


「問題ないわ。ただし効果範囲も限定されてしまうわよ」


「うん、助かるよ。これまで僕も『闇九龍ガウロン』の暗殺者アサシン達とは何度かやり合っているからね……組織ハデスを抜けた身とはいえ、警戒されるに違いない。だから多少危険だと思っても、ヒナを連れていく必要があるんだ」


 言い方は悪いが、ヒナを囮にすることで案外、黒龍ヘイロンから接触してくる可能性もある。

 そのためにも、僕が最も信頼の置ける彼女達には知ってもらうべきだと判断したんだ。


「どうか安心してくれ、セティ殿。ヒナ殿は我らが守ってみせる」


「そっだよ~、安心してね、セティ」


「ありがとう、カリナ、ミーリ。本当にごめんよ」


 こんな身も心も綺麗で素敵な子達に暗殺稼業なんて手伝わせたくないけど……相手が相手だけに僕一人じゃ難しいと思う。


 攻撃を仕掛けるということは、こちら側も思わぬ反撃を受けてしまう可能性がある。

 僕一人ならいくらでも対応できるけど、その矛先がヒナやみんなに向けられたとしたら必ず限界が生じてしまう。

 だからこそ、僕は後手に回るようにして組織ハデスからも逃げているわけで……。


 そう考えごとをしていると、隣に座るフィアラが不意に僕の手を握ってきた。


「……セティさん。わたし達は貴方を信じています。どうか遠慮なく、わたし達を頼ってください」


「フィアラ……うん、ありがとう」


 僕は柔らかく繊細な手を握り返して微笑み、感謝の想いを伝える。


「ちょっと、フィアラ。何どさくさにセティくんの手を握っているの? まだ早いって、みんなで決めたわよね?」


 ジト目で睨んでいるマニーサにフィアラは慌てて手を離した。


「ち、違います! これはそのぅ、誤解です! 別に下心があったとか、手を握りたいと思ったわけじゃありません!」


 言えば言うほどドツボに嵌ることを知らない、聖女フィアラ。


「もう、セティ! アタシの手も握ってぇ!」


「こら、ミーリ! そういう抜け駆け行為は、セティ殿の迷惑にもなるから駄目だと決めたろ! ならば我も、我も馳せ参じるぞ!」


 ミーリエルとカリナが競い合うように僕の手を握ってくる。


「貴方達ぃ! 今回は私が重要なポジなのよ! 私が最もその権利があるんだからね!」


 マニーサまで参戦し始めた。権利って何?


「みんな、そんなに慌てないで……ちょい、力強ッ!」


 流石は歴戦の勇者パーティ、華奢な手なのにどの子も握力が半端ない。


「もう! そろって何ですか! わたしだって負けません!」


 最終的にフィアラまでキレてしまい、結局全員が加わる形となった。


 何これ? どんな状況?

 ただ手を握り合っているだけなのに、何か魔物達に捕食されている気分だ。


 それからなんとか宥めて場を落ち着かせた。


 僕は自ら見張り番を買って出て、今は独り焚火の前で炎を愛でている。


「ふぅ……日に日に過激になっていくような気がする」


 別に嫌じゃない。寧ろ好意を持ってもらって凄く嬉しい。


 けどアツミ村の温泉でも考えていたように、僕の身体はあくまで一つだ。

 四人の中で誰を選ぶかなんて決められないし、みんな女子として魅力的だと思う。

 一夫多妻も経済的に自信が持てないわけで……ヒナやシャバゾウだって養わなければならないし。


「本当にいい子達だけに、どうすれば彼女達の好意に応えられるだろう……」


 最近ではそればかり考えてしまう。





 一週間後、オバチナ共和国に辿り着いた。

 グランドライン大陸の中で海沿いに面した国であり、君主を持たず複数の有力者達が取り仕切る貿易が盛んな商業国である。


 したがって何かと自由で公平であるが、厳粛に取り締まる組織が置かれてないので治安が悪い。

 一応、有力者達が雇った冒険者や自警団で治安が守られていると聞く。

 だが組織的ではないので汚職など闇の部分が多く、まさに裏社会の巣窟と言えるだろう。

 特に他大陸から来訪した暗殺組織には絶好の隠れ蓑に違いない。



 入国した僕は早速、自治体連合の窓口に開業申請を行いランチワゴン営業の許可を貰った。


 あえて目立つように活動をして『闇九龍ガウロン』の出方を見ることにする。

 どうせ僕が来たことはバレているだろうしな。だが目的までは知らないだろう。

 あわよくば暗殺者アサシンの一人も捕縛して奴らのアジトが聞きだせるかもしれない。



 女性陣の呼び込みもあり、あっという間に大盛況となる。

 やっぱり男が多いけどね。


 そんな中、一際目立つ若い男がいた。


 決して目立つ顔つきではない。どちらかと言えば平凡と言える。

 僕と同じ黒色の髪。長く太く伸ばされた一本の三つ編みが背中で揺れている。


 もっとも変わっていたのは男が着用している服装だ。


 魔術師のゆったり系のローブと似ているようで明らかに異なる形状。漆黒色で丈が短く動きやすく見える。


 あれは、長袍チャンパオ

 エウロス大陸で見られるローブだ。


 ひょっとして、こいつが「黒龍ヘイロン」なのか?


 まさか『闇九龍ガウロン』のボス自らが僕の前に現れるなんて……。




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