第24話 元勇者アルタの逃走劇3




 セティが四人の元婚約者達といい感じになっている頃。


 以前は勇者として華々しい未来を歩んでいた、アルタは自ら犯した愚行により父親であるアルロス王から絶縁され神聖国グラーテカを追放されてしまった。


 挙句の果てに暗殺組織『ハデス』の暗殺者アサシンからつけ狙われてしまい、逃亡生活を送りながら流れ流れて、とある国のドヤ街で浮浪者となり物乞いとして過ごす日々を送っている。


 の筈だが……。


「シュワペリ入りました~ん!」


 アルタは繁華街の異種族間専門のホストクラブで女性客を相手に接客をしていた。

 異種間とは人間の女性以外、主に魔族の女性を対象とした接客系風俗営業店である。

 ちなみに「シュワペリ」はエール酒よりも超高級なシャンパンを指して言うらしい。


 そのアルタは物乞いの時とは違い、とても華やかで綺麗な正装をしており、髪も以前と同様の眩く整った金髪であった。


 しかしこれは仮の姿である。

 決して人生が逆転したとか、ラッキーなことが起きて何かが改善したとかではない。


 あくまで生きるための必要な手段だ。


 アルタはまだドヤ街の浮浪者には変わりない。

 こうしてホストクラブで働いているのも、ドヤ街の長老ルンペ爺さんの紹介からである。


 前回「タカピー&ノリリンのバカップル事件」以来、アルタとルンペはより親交が深まった。

 アルタは自分を売らず庇ってくれたルンペを信頼し、自分の本名や本来の身分、何故浮浪者となりドヤ街に流れたのか全て打ち明ける。


「……そりゃお前さんが悪いのぅ。姉に騙されたとはいえ、頭悪すぎではないか?」


「はぁ!? 違う! 俺の周囲にろくな人間がいなかっただけだ! 罠にハメた姉貴もそうだが、パパやママも俺を庇うことなく見捨てた! 婚約者達もあっさり俺を見限った! そして俺に扮していた『偽物』……『死神セティ』か、奴も同罪だ!」


「いや、『死神セティ』とやらは関係ないだろ? 誓約書をちゃんと読まなくて勝手に解雇したお前さんの責任じゃ……だがアルケン、いやアルタと呼んだ方がいいか? お前さんは誰かを傷つけ迷惑を掛けたわけじゃない。それは真実じゃな」


「アルケンでいいよ。そうだろ、長老ッ! 確かに俺は楽したくて、あるいは働いたら負けという信念で『偽物』を雇った! だからなんだ!? そりゃどっかのボンクラ男の幼馴染みを寝取って、その復讐で首を刎ねられるなら仕方ねーよ、けど違うだろ!? 国から神託をうけた栄光ある勇者職を侮辱した罪で職を剥奪され罰を受けるならまだいいさ! けど追放される筋合いはないよな!? どーよ!」


「ワシも組織ハデスを知らんこともない……裏社会を支配する巨大暗殺マーケットじゃ。奴らが取り仕切る暗殺ギルドも大陸中にある。それらを敵に回すということは、とても一国では庇い切れぬ……だから標的とされたお前さんを切り離したんじゃろうな」


「やっぱり見捨てられたんじゃねーか!? しかも俺に懸けられた賞金首がたった3千G(日本円で3千円)だとぉ……舐めやがって!」


「プププ……3千Gって、物乞いのワシさえ持っている金額じゃぞい」


「笑いを堪えている場合じゃねーよ、長老ッ! ああクソォッ! このまま終わりたくねぇ! 返り咲いて見返してやりてぇ! あの姉貴や両親ッ、婚約者共に『死神セティ』! 俺をコケにした全員に復讐してぇぇぇ!!!」


「ふむ、自業自得な部分もあるが……同情するべきところもある。アルケン、お前さんは何を望む?」


「望むって何よ……今言ったろ? 返り咲きてぇよ! いや力が欲しい! 何者にも負けない、びびらない! 最強の暗殺者アサシンを超える絶対な力だ!」


「では、夜だけでもホストクラブで働いてみるか?」


「はぁ!? 長老、いきなり何言ってんの?」


「何をするにも資金が必要じゃ。物乞いだけでは一生このままじゃぞ……幸い、お前さんは王族だけあり、顔立ちはそこそこじゃからな。身形はワシの伝手でなんとかしよう」


「おい、ちょっと待ってくれ! 俺はまだ働くなんて一言も……」


「――アルタ、お前はこのままでいいのか?」


 突然、ルンペの声質が変わる。年老いてしわがれた声から、30歳は若返ったトーンだ。

 流石のアルタも豹変に気づき、目を丸くして見入ってしまう。


「え? な、何?」


「このままでいいのかと聞いている。こんな所で愚痴を零し、最低ランクな暗殺者アサシンに追われ、びくつく毎日を送るだけの男に成り下がったままで良いのかと聞いているんだ」


「……だからホストクラブで働けってか? いや意味わかんねーし」


「命令だ、今日から働け。でないと、お前は死ぬぞ」


 ルンペはすくっと立ち上がる。

 普段は腰が曲がって膝が震えているのに、真っすぐで力強く佇んでいた。

 見た目は真っ白い髭を蓄えた年寄りだが何かが違う。


 そして、脇に置いてあった布にくるまった長くて歪な形をした何かを拾い上げた。


 アルタは自分の『聖剣』を同じように隠し持っているので、それが『両手剣バスタードソード』であることはすぐに気づいた。


「長老……あんた一体?」


のことは気にするな。アルタよ、お前には期待しているぞ……良い『器』になれ」


「器だと?」


「……男としての器量って意味だ。待ってろ、すぐに準備してやる」


「ああ……わかったよ。長老、あんた一体何者なんだ?」


「――千の身体を持つ者サウザンド


「え? サウザンド?」


「なんでもないわい。ワシしゃ、ただの老いぼれ爺じゃ」


 急に元のしわがれ声に戻り腰を曲げ出した、ルンペ。

 そのままふらついた足取りで歩いて去っていった。


 アルタは呆然とその背後を見つめている。


「……な、なんだんだ、あいつ? なんかやべぇのと関わっちまった気がする」


 得体の知れないドヤ街の長老に対して、能天気なアルタでさえ戦慄してしまう。


 しかし今は従うしかない。従わなければ死ぬと思った。

 

 それから間もなくして、ルンペはホスト用の服を用意して来る。

 また知人と称する職人達を連れてきて、アルタの身形を整え始めた。


 あっという間に変わっていく自分の様を、ただ流されるまま他人事として傍観するだけだ。



 そして現在――



「アルケン、ご指名入りまいた~! 18番テーブルですぅ!」


「うぃ~! あんがとさ~ん!」


 これもチャライ故の才能だろうか。

 アルタは初日からホストクラブに馴染んでいた。


 しかし、


「ブヒィ、可愛いホストだブゥね~。思わずしゃぶりつきたいブゥ~♡」


 げぇ、雌のオークじゃねーか!?


 アルタはドン引きした。


 ちなみにオークとは顔が醜悪な豚のような顔をした大柄の妖魔族である。

 非常に性欲旺盛であり、他種族だろうと気に入ったらその場で犯してしまう習性を持つ。


 どうやら、アルタは雌オークに目を付けられてしまったようだ。


「ア、アルケンです……よぉ、よろしくね~い!」


 気を取り直して、なんとか営業スマイルを振りまきモチベを底上げした。


「ブッヒィ! 気に入ったブゥ!! もう我慢できな~い、ここで食べちゃうブゥゥゥゥ!!!」

 

 雌オークは発情し自ら服を脱ぎ棄てる。

 筋肉隆々とした裸体を曝け出した。


 瞬く間にアルタは押し倒されてしまう。


「ちょい、何するんだよぉ! こいつ、めっちゃ力強ぇぇぇ!! はぁ、放せえぇぇぇぇ!!!」


「安心しろブゥ~、優しくするブゥよ~、ブゥブヒィィィィィ!!!」


 雌オークは興奮し強烈な力で抑えつけながら、もう片方の手で器用にズボンを脱がしてくる。


「お客様、こんなところで困ります! 他のお客様の迷惑です!」


 流石の店員も、雌オークの所業を見て止め入る。


「スタッフゥ! 助かったぁ! 早くこいつを止めてぇ!」


「――お客様。個室がございますのでそちらへとうぞ」


「なっ!? そうじゃねーだろ!? この状況を止めろって言ってんだよぉ! バカなの!?」


「ブヒィ! オデェ、ここのクラブ会員に入ってオプションも払っているから問題ないブゥ! 男娼を食いまくりブゥよ~!」


 だ、男娼だと!? 何ここ、ただのホストクラブじゃなかったのかよぉ!?

 チクショウ! ルンペの爺ぃ、俺を騙したなぁぁぁぁ!!!


 アルタは脱出しようと必死で足掻くも、雌オークの力になす術がない。

 担がれ、そのまま別室へ運ばれて行く。


「離せぇ! 俺に触るなぁぁぁ!! やめろぉ、やめてくれぇぇぇぇぇ!!!」


「ブヒィィィ! それじゃ、アルケンちゃ~ん!! いだだきますブゥゥゥゥ!!!」


「ぎゃあぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ――――………」



 元勇者アルタの逃走劇はまだまだ続く。




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