第23話 長湯しながらの抹殺依頼




 いきなり現れた裸の女性。

 見たことのない、とても艶っぽく綺麗な美女だった。


 前を隠すでもなく、一糸まとわぬ裸体を僕の前に堂々と晒している。

 滑らかな肌の張りに黄金律の完璧なプロポーション。


「あら、誰かいたのね……ご一緒にいいかしら?」


「え? ええ……どうぞ」


 美女は微笑みながら頷くと、僕のすぐ隣でゆっくりと温泉に浸かる。


「はぁ、いいお湯ね……貴方、旅の方?」


「ええ、そうですよ――って、お前、誰?」


 僕は眼光を鋭く美女を睨む。


「私の名前ですか?」


「そうじゃない。すっとぼけるな、この温泉は僕達だけの貸し切りなんだぞ。しかも専用のタオルも巻かず堂々と裸を見せている時点で怪しいだろ?」


 すると美女は「フフフ」と狡猾的で凄艶の笑みを浮かべた。


「――知ってるよ。だからカマかけたんじゃないか、セティ?」


「その口調……ボス、モルスか?」


 僕の問いに、美女の姿をした組織ハデスのボスことモルスが頷く。


「そうだ……前回は痛かったぞ、セティ。おかげで死ぬかと思った」


「そのまま死んどけ、このバケモノめ」


「……育ての親に対して酷い言いようだ。それに俺以上のバケモノにそう呼ばれてもな」


 相変わらず飄々とふざけやがって……こっちだって『千の身体を持つ者サウザンド』と言われる異能な輩にだけは言われたくない。


「んで、ボス。今回は色仕掛けか? 言っとくが敵と判断すれば女、子供の姿だろうと関係ないぞ」


「だろうな。そういう風に俺が躾けたからな」


「じゃ、今回も死んでくれ」


「待て」


「なんだ?」


「今回は別件で来ている……セティ、お前にいい話を持ってきた」


「いい話?」


 僕が聞き返すと、モルスは切れ長の瞳を細めて無言で頷いて見せる。


「――セティよ。最近じゃ、エウロス大陸の暗殺組織『闇九龍ガウロン』と敵対しているんだってな?」


「……だったらなんだ?」


「その組織のボスである『黒龍ヘイロン』が、このグランドライン大陸に来ているぞ」


「なんだと、本当か!?」


「本当だ。そいつの容姿や能力も知っている。聞きたいか?」


「……教えてくれるのか? この僕に?」


 問いかける僕に対し、モルスは近づき頬を染め淫猥な表情を浮かべて密着してくる。その豊満で柔らかい胸と乳房が二の腕に接触して、艶っぽく形のよい朱唇を耳元まで近づけてきた。


黒龍ヘイロンはお前と同じ黒髪の若い男だ。いつも漆黒色の長袍チャンパオというローブを纏っている。グランドライン大陸では、ほぼ見ることのない服装だから一目見ればわかる筈だ」


「着替えている可能性もあるんじゃないか?」


「いや、長袍チャンパオは奴にとってのアイデンティティらしい。見た目もお前と然程変わらない平凡な容姿だからな。きっとトレードマークが必要なのだろう」


「地味に僕のことまで言やがって……やっぱり死にたいのか?」


「……すまん。まぁ、黒龍ヘイロンは身を隠す必要はない。いつでも逃亡ができる男だからな」


「どういう意味だ?」


黒龍ヘイロン恩寵ギフト系スキル――《転移能力》を持つ。自分だけでなく他人やあらゆるモノを自在に転移することができ、おまけに攻撃技にも応用できるとう汎用性の高いスキルらしい。その能力で自分と部下ごと、この大陸へ瞬間移動して来たようだ」


「転移能力か……厄介だな」


「戦うのであれば、前もって《領域遮断フィールドブロック》能力を持つ者を仲間に加えるといい。魔法でも数分間は逃亡を阻止することができる筈だ……そうなればセティ、お前なら瞬殺だろ?」


 《領域遮断フィールドブロック》は高度な魔法だが、優秀な魔術師であるマニーサなら問題ないだろう。


「そうだな……何故、あんたが僕に貴重な情報を教える?」


「始末して欲しいからだよ、黒龍ヘイロンを」


「なんだと? そういやあんたら、確か大陸間で同盟を組んでいたっけ? 不可侵入条約とか言う……黒龍ヘイロンと『闇九龍ガウロン』の連中は、その条約ルールに則って活動しているから、組織ハデスも見て見ぬ振りをしているんだったよな?」


「その通りだ。しかし世の中には生きてもらうと都合の悪い奴がいる。黒龍ヘイロンもその一人だ。セティ、これは俺からのお願いだよ。組織ハデスが動いたらバツが悪いが、裏切り者のお前ならノーカンだ。万一の言い訳もできる」


「……なるほどね。黒龍ヘイロンを始末した暁に、僕のことを見逃してくれるのか?」


「はっ? それとこれとは話が別だろ? 裏切り者は必ず始末する。それが組織ハデスの鉄則だ」


「じゃあ断る。他を当たれ」


「お前にとっても悪い話じゃない筈だ……少なくても、ヒナという娘が狙われなくなるメリットはあるだろ? 無論、『闇九龍ガウロン』はその名の通り一枚岩ではないと聞くが、連中にお前の恐ろしさを知らしめる喧伝プロパガンダにはなる筈だ」


「……確かにな。組織ハデスはヒナをどう思っている?」


「別に……倭国の命運を握る重要な王族の末裔とはいえ、他大陸の娘なぞ我ら組織ハデスには関係のない話だ、違うか?」


「……なるほどな」


 少なくてもグランドライン大陸にいる限り、ヒナが暗殺者アサシンから狙われにくくなる。

 それだけでもメリットは十分にあるか……。


 にしてもヒナの両親は王族とは聞いていたが……倭国の命運を握る重要な王族だと?

 一体どういうポジだというんだ?


「ボス、引き受ける前に一つ約束してくれないか?」


「なんだ? 『ボスぅ、どうか僕を狙わないでくださ~い』っていう泣き言は断固拒否するからな。セティよ、お前は殺す。その決定に変わりない、その為に色々準備しているんだ」


「こいつ、うっぜぇ……つーか何の準備してんだよ? そうじゃない」


「じゃあなんだ?」


「今後、僕の傍にいる人達に危害を加えるのはやめてくれ。ヒナを含む、彼女達……四人のことだ」


「四人? ああ、グラーテカの勇者パーティか? お前、勇者から婚約者達を寝取ってハーレム満喫中なんだってな? 羨ましいなぁ、この野郎」


 やっぱうぜぇ、こいつ! 寝取ってないっての!

 僕は咳払いして話を続ける。


「……前に始末したテイマーのタークといい、僕に懸けられた賞金に目がくらみ見境のないバカがいる。僕は逃げるし隠れるけど、戦いとなれば応じてやる。だが彼女達は無関係だ。あんたの口から部下達にそう伝えてほしい」


「都合のいいことを言う男だな。暗殺者アサシンは存在を知られるのを嫌うのをお前とて知っているだろ? 姿を見た者は同様に始末する。嫌なら関わるなってのが筋だ、違うか?」


「相手見てやれよって言ってんだよぉ。もし、あの子達に危害が及ぶことがあれば、大陸中の暗殺者アサシンを問答無用で狩ってやるぞ! 組織ハデスごと、この世から消してやるからな!!!」


「怖っ、やばいわ、こいつ……なまじ執念深く実行するから質が悪い。わかった、俺から指示しておこう。但しまともに言うことを聞くのは下っ端だけだぞ。上級幹部……特に『四柱地獄フォース・ヘルズ』は各々の独断で判断し遂行する権利を与えている」


「……『四柱地獄フォース・ヘルズ』? 組織ハデス最高位である四人の暗殺者アサシン達か?」


「そうだ。まぁ、そのさらに上がお前だがな、『死神セティ』よ。だが四人が集まれば……ってこともある」


「確か四人とも物凄く険悪な仲で、これまで何度も殺し合いをしていると聞く」


「そうだ。きっと20億Gの四等分では割に合わんと思い組むことはないだろう……だが賞金額を上げればどうなるかな?」


「別にいいよ。さっきの約束を守ってくれるなら受けて立つだけさ……黒龍ヘイロンは僕が始末する。あんたの話だと、ヒナが傍にいる限り向こうから接触してきそうだからな」


「間違いなく接触しに来る。だから教えたんだよ、セティ……期待してるぞ。我が半身であり最愛の息子よ」


「そっ。教えてくれて感謝するよ、ボス。これはそのお礼だ……やっぱり今回も死んでくれ」


「ちょ、待っ――うげぇ!」


 僕は密着するモルスの綺麗に尖った顎を目掛けて強烈な掌打を食らわす。

 その衝撃で美女の首がゴキッと鈍い音と共に捻られ一回りした。


 モルスは絶命し身体から力が抜けていく。最後はうつ伏せ状態で湯に浮かんだ。

 

「そういや、こいつ『魔剣アンサラー』は所持してなかったな……大方、錆びるから脱衣場に置いてきたんだろう。どうでもいい……」


 どうせもう消えているからな。

 この遺体も放置していれば、組織ハデスの人間が処分するのだろう。

 確かそういった処分専門の『掃除屋』が存在する筈だ。僕は会ったことないけど。



 僕は湯舟から上がり脱衣場に向かう。

 

 さっきまで裸美女のモルスに密着されたのに特別どうとも思わなかった。

 カリナ達にはあんなにドキドキしてやばかったのに……。

 勿論、暗殺者アサシンモードに入っていたのもあるけど、一番はモルスだと気づいた時点で興醒めしたのだろう。

 まったく神出鬼没で困った奴だ。


 しかしながら、


「すっかりのぼせてしまった……」


 相当長く温泉に浸かっていたからな。




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