第26話 黒龍とやり取り




 突然、単独でやってきた暗殺組織『闇九龍ガウロン』のボス。


 黒龍ヘイロン


 狙い以上の収穫と言うべきか。あるいは僕を見くびっているか。

 どちらにせよ大胆不敵な奴には変わりない。


 カリナ達には前もって黒龍ヘイロンの特徴は伝えている。

 見た目は平凡だが、この大陸では「長袍チャンパオ」は珍しいローブなので彼女達も奴の存在に気づいた。


 僕も一瞬動揺したが、すぐに気持ちを切り替える。みんなに向けて軽く首を横に振るい平静を装うようにお願いした。


 黒龍ヘイロンはメイド服姿のミーリエルの案内で、設置した一人用の席に座った。

 奴はテーブルに両肘をつけ、遠くで接客しているヒナの方をじぃっと見つめている。


 勿論、ヒナには近づけさせないよう、他のみんなも配慮している。

 そして、馬車裏で寝ているシャバゾウが吠えていない。


 危険察知能力が優れている幼竜が大人しいということは、黒龍ヘイロンには殺意がないという証拠だ。


 調理場をフィアラに任せ、僕は奴の接客をすることにした。

 下手な真似をしたら即キルも視野に入れる。


「お客様、ご注文は?」


「――キミが、ハデスの『死神セティ』か?」


 黒龍ヘイロンは口を開くなりストレートに尋ねてきた。


「……元ですよ。今は見ての通り、キッチンワゴンを経営する料理人です。まさか貴方はヒナを狙う闇九龍ガウロンの?」


「そっ、俺は黒龍ヘイロン闇九龍ガウロン……組織のボスだ」


 あっさり身元を明かしてくる。


 モルス同様、大規模組織のボスだけあり喋り方がイキったような上から目線だ。

 僕とそう変わらない年齢っぽいのになんか偉そうな奴だ。


「ま、まさか……エウロス大陸を牛耳る貴方が、どうしてここに!?」


 僕はわざと驚いたように装って見せた。

 まさかそれこそ「お前を始末しに実はこちらから出向いた」とは言えない。


 黒龍ヘイロンは余裕そうに笑みを浮かべる。


「以前からオバチナこの国に滞在している……まさか標的とするキミ達からやって来るとは思わなかったけどね」


「知っていたら、わざわざ来ませんよ……」


 大嘘だけどな。


「どうしてボスである貴方がここに? お独りで? 部下は?」


「ここには俺一人だ。部下はいつでも呼び寄せれるから問題はないよ。俺が来た理由は『死神セティ』と呼ばれる男を直に見たかったから……そういえば注文だったな? ラーメン一つ」


 ふてぶてしく注文してくる、黒龍ヘイロン

 どうも暗殺組織のボスはすっとぼけた奴が多いらしい。


「いいんですか? 毒を盛るかもしれませんよ」


「そうなったら毒を別の客の体内に《転移》してやるよ。同時に100人の部下が出現し、この辺りは血の海となるだろうな……もう呑気にランチ屋の営業もできなくなるね」


 こいつ……身体に吸収した毒物も転移できるってのか?

 なるほど、余裕ぶる態度も頷ける。

 どうやらお客さんごと人質に取っているぞっと言いたいようだな。。


「……聞いてみただけですよ。安心してください、僕も料理人としての誇りと矜持はあります。それにお客様は神様ですから」


組織ハデスを裏切り追われているという噂は本当のようだな……もう暗殺者アサシンではないってわけかい?」


 皮肉めいた黒龍ヘイロンの問いに、僕はニッコリ笑い頷いて離れた。

 組織ハデスのボスからの依頼で、僕がこの国に来たことに気づいていない。

 モルスもなんらかの意図で、この男「黒龍ヘイロン」を本気で始末したがっていることが伺えた。


 間もなくして、調理したラーメンをテーブルに置く。


 黒龍ヘイロンはエウロス大陸の人間だけあり、箸を器用に使って完食する。


「――美味かったよ。本場に負けないほどの倭国料理だ」


「あ、ありがとうございます」


 てっきり悪評でも言われるかと思ったけど、本場の味を知る者に言われるとたとえ敵でもなんか嬉しい。


「それで、俺が来た理由がもう一つある」


 黒龍ヘイロンは話を切り出してきた。


「なんですか?」


「『死神セティ』、俺と組まないか? キミの実力は高く評価している。『ハデス』からも身を守れるぞ」


 思わぬ提案に自分の耳を疑う。

 だが動揺は見せず、冷静に「はぁ……」と溜息を漏らした。


「さっき貴方も言ったじゃないですか……僕はもう暗殺者アサシンではない」


「だが腕は健在。いや狙われていることで、より研ぎ澄まされているように見えるけどね」


 ふ~ん、一応は見る目はあるってか?


「イオ師匠を殺した組織に靡くつもりはない。あと、ヒナを狙うのもやめて頂きたい。本来、僕は貴方達とは戦う理由がないんですからね」


「……それはできないよ。それこそ、イオから聞いてないのか? あのヒナという娘は倭国、いやエウロス大陸にとって重要な娘ということを」


「いや、そこまでは……ヒナはどういう子なんだ? 僕は王族の娘としか聞いていない」


「教えてやる。その前に、エウロス大陸の情勢を説明する必要があるだろうね……倭国はエウロス大陸にとって中心国であり、大陸全土を事実上支配している強国だ。イオがその国の王族達を皆殺しにして、あのヒナという娘だけ生かして逃亡した。ここまでは知っているよな?」


「ああ、師匠は組織へのケジメとして左腕を差し出したが、お前ら・ ・ ・は受け入れなかった」


「当然だよ。暗殺者アサシンの腕一本如きでどうこうなる話じゃない。現在は嘗て仕えていた大臣の者が国王として倭国を納め、エウロス大陸全土に幅を利かせている……その者こそ、『闇九龍ガウロン』に王族達の抹殺を依頼した張本人なんだよ」


「何? そうか……読めてきたぞ」


 僕の言葉に、黒龍ヘイロンはニヤッと口角を吊り上げる。


そいつ・ ・ ・は恐れているんだよ……ヒナが成長し王位を継ぐ年齢になることをね。いずれ倭国を奪還するのではないかと……それで裏切り者のイオごと、あの娘を始末するよう依頼されているんだ。こちらも組織の威信に懸けて実行しなければならない事情もあるのさ。わかるだろ?」


「ああ、そして今じゃ僕が邪魔するから、すっかり頓挫している……そんなところか?」


「まあね。だから、キミを取り込んで目的を果たそうと思ったんだけど……」


「断る」


「だろうね」


「ヒナを消したいなら、この僕を斃すしかない――今夜にでも決着をつけようじゃないか」


 その提案に、黒龍ヘイロンは表情を強張らせ僕を見上げた。

 

「……確かに、これ以上だらだら狙っても、いたずらに部下が殺されるだけかもね。どの道、決着をつけるしかないようだ――いいだろう、一騎打ちといこうじゃないか」


 試しに言ってみたが思いの外乗ってきたぞ。

 その気になったところを見ると、自分の能力に相当自信があるんだろう。


 こうして意外な形で、黒龍ヘイロンと一騎打ちすることになった。


 しかし所詮は殺してなんぼの暗殺者アサシン

 素直に勝負するわけがない。

 

 こちらも石橋は叩いて渡るべきだ――。





 夜となり、ヒナとシャバゾウを宿屋で寝かしつけてから、僕は指定された場所へと向かった。



 そこは船着き場近くにある廃墟工場だ。

 なんでも『闇九龍ガウロン』の根城として利用しているらしい。


 僕は鉄の扉を開けた。工場内は真っ暗だが広々とした空間であるのがわかる。


 突如、パッと照明がつき、隅々まで見渡せる状態になった。


 ちょうど真ん中辺りに、黒龍ヘイロンが立っている。

 相変わらず余裕そうな笑みを浮かべながら。


「やぁ、『死神セティ』。どうやらキミ一人のようだね?」


「元々ソロだ。今まで暗殺に誰かと組んだことはない」


 僕は暗殺者アサシンモードとなり口調を変えた。


「そうかい。では始めよう――」


 黒龍ヘイロンは言いざまに指をパチンと鳴らした。

 すると奴の真上から、幾つも光輝を発した二重の円を描いた魔法陣のような模様が浮かび上がる。

 

 円の中心から、人間の足が出現し真下へと降りていく。

 全身を黒装束で包まれた暗殺者アサシン達。

 その数は、ざっと見て100人はいる。


 どうやらあの『円』が《転移門ゲート》のようだ。


 しかしだ。


「これが俺の《瞬間転移》スキル、《天心範テンシンハン》だ」


 なんか美味しそうなスキル名だ。


「……一騎打ちじゃなかったのか?」


「まずは『ハデス』最強と名高き『死神セティ』さんのお手並みを拝見させてもらうよ」


 ふん、ほらな。そうくると思ったわ。

 

 何が「いたずらに部下が殺されるだけ~」だ。

 外道め、大方は想定済みなんだよ。


「別にいいけど、びびって逃げるなよ――《生体強化バイオブースト》発動ッ! リミッター解除!」




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