第11話 千の身体を持つ者




 新たな国にやって来た僕達は市長の許可を頂き、公園の広場でランチワゴンを開店させた。


 イオ師匠から受け継いだとはいえ、料理人として修業したのはわずか三ヶ月程度。

 なんとか一通り作れるようになり、何品かは師匠からお墨付きも貰っているけど不安は残ってしまう。

 師匠が生前残してくれたレシピノートを読んで反復しながら料理の腕を上げようと奮闘する毎日だ。

 運営のノウハウは身についているし、やると決めたからには頑張るしかない。



「セティお兄ちゃん、そろそろお昼だからシャバゾウ連れてお客さんの呼び込みに行ってくるね~」


「わかったよ、ヒナ。気を付けてね」


 ヒナは首輪をしたシャバゾウのリードを引っ張り離れて行く。

 あの幼竜はヒナにしか懐いてないけど、危険察知能力が抜群に優れている。

 普段は生意気にイキっているが根が臆病者な分、そういったスキルに長けているのだろう。

 したがって、僕から離れる際はシャバゾウを連れて行くように言いつけているのだ。


 父親として一緒に過ごしてきたイオ師匠を失い、ヒナは少し変わったと思う。

 あれから涙を一切見せることはなく、僕やイオ師匠が元暗殺者アサシンだったことについて何も言及してこない。

 ただ一日でも早く大人になりたいと背伸びしているように見えた。



 数日前も。


「ねぇ、お兄ちゃん……お願いがあるの、ヒナに技術を教えてほしいの」


「技術? 料理のかい?」


 僕は問うと、ヒナは真剣な表情で細い首を横に振った。


「……違う、戦う技術。ヒナね、セティお兄ちゃんのように強くなりたい」


「ヒナ……」


 僕は何も言えなくなる。

 こんな子に「殺しの技術」なんて教えられるわけがない。寧ろ永久に封印したいくらいだ。

 けど裏切った組織ハデスから逃れるために必要な力であり、それはヒナにとっても必要なのかもしれない。


 彼女も『闇九龍ガウロン』に狙われている。


 イオ師匠のこともあり、これからはヒナ自身も己を守る術を身につかなければならない。


 僕は調理棚に隠していた「あるモノ」を取り出し、ヒナに手渡した。


「これは?」


拳銃ハンドガンだ。狙いを定めてトリガーを引くだけで敵を斃せる武器だよ。これでも十分に戦えるし身を守れる」


 以前、僕を襲おうとした組織の暗殺者アサシンジョニーから奪った武器だ。


「……ハンドガン」


「打ち方に少しコツがいる。撃った際に衝撃もあるから身体を鍛える必要もある……ここじゃ珍しい武器だけど、弾丸は闇市で簡単に手に入るから問題ない。ヒナ、覚えてみるかい?」


「うん! セティお兄ちゃん、お願いします!」


 強い決意を秘め、ヒナは深々と頭を下げた。


 その健気な様子に、僕の心はぎゅっと絞られる。

 きっと、こんな子に「殺しの技術」を教えなければならない自責の念だろう。


 そして今も、その特訓は続いているわけで……。



「お兄ちゃん! もうじきお客さん来るよ~!」


 遠くでヒナが明るい声で、僕に手を振って見せる。

 向日葵のような笑顔が、唯一僕の後ろめたい気持ちを払拭してくれた。


「わかったよ。いらっしゃい」





 それから夜となり、本日のランチワゴンは閉店する。

 近場でテントを張り休むことにした。


 僕は背筋を伸ばし、仕事後の達成感と適度な疲労感、それに充実感を満喫する。

 人間として真っ当に生きていると実感していた。

 こんな日がずっと続けばいい……そう思えるのは幸せなことだ。


「幸せか……」


 そう噛みしめる度に、つい彼女達を思い出してしまう。

 勇者アルタの婚約者であり、僕に心を取り戻すきっかけを与えてくれた美しくて可愛らしい少女達。


 カリナ、フィアラ、マニーサ、ミーリエル。


 今頃彼女達は何をしているのだろうか? アルタはちゃんと彼女達を支えているのだろうか?


「……叶うことなら恩返ししたいなぁ」


 とはいえ、神聖国グラーテカの王妃となる少女達だ。

 僕なんかがじゃ杞憂だろうけど……。



 テントの設営が終わり、さぁ休もうかと思った時だ。


 またシャバゾウが吠えだした。


「シャバゾウ、どうしたの? あっ!」


 ヒナは何かに気づき指を差した。

 その方向に視線を向けると、広場の外灯近くで一人のお年寄りが歩いている。

 杖をつき、歩き方がおぼつかない小柄な老婆だ。

 背中には布にくるまった長い形をした荷物を重そうに背負っている。


 ……なんか今にも転びそうだな。


「ちょっと声を掛けてくるよ。ヒナは休んでいいからね。シャバゾウとロバに餌をあげておいてくれよ」


「うん、わかったぁ。気をつけてね」


 僕は馬車から離れ、老婆の下に駆けつける。


「お婆さん、大丈夫ですか?」


「え? ええ……ちょっと、この背負っている荷物を市長さんに届けようと思いまして」


「市長さんの家なら僕もわかります。一緒に行きましょう」


「お若いのに感心じゃのぅ。それでは近くまででお願いしますか」


「はい」


 僕は老婆の手を引き道案内をすることになった。



 そして二人、人気のない裏路地を歩く。

 月明かりさえ閉ざされた暗闇の中、お婆さんは不安そうに辺りを見渡す。


「ここ……本当に市長さんの家に続くのかのう?」


「――そんなわけないでしょ?」


 僕は手を放し、お婆さんを突き放す。

 老婆は「ひゃあ!」と悲鳴を上げ地面に尻餅をついた。


「な、何をするんじゃ、若僧ッ!?」


「うるさい。もう見切っているんだよ。お前、何者だ? どっちの組織だ?」


 すると、老婆の表情が変わる。

 今にも枯れ果てそうだった瞳が鋭い眼光に変わる。


「……いつから気づいた」


「シャバゾウが吠え始めた時から。あと、その背中にある物騒なモノを見た時だ。少しずつだが負の魔力が漏れてるぞ」


「やれやれ……こいつだけは手放せない。それが俺の弱点でもある」


「お前、年寄りじゃないだろ?」


「いたいけな年寄りだよ……もう忘れたのか、セティ?」


 老婆は言いながら立ち上がり、背中に背負っていた布の荷物を取り出した。

 さらりと巻きついていた布を剥がし、その姿を露わにする。

 おぞましき負の魔力が漲らせる歪な形をした見覚えのある両手剣バスタードソード


 応える者――魔剣アンスラー。


「――ボス!? モルスか!?」


「そっ。久しぶりだな、セティ……俺を殺してから、もう三ヶ月以上は経つかな?」


 声はしわがれた老婆のままだが、口調は間違いなくモルス本人だ。


「相変わらず神出鬼没……今度はその姿か? 僕になんの用だ?」


「決まっているだろ? 裏切り者の始末だ……組織ハデス内で、お前に懸賞金が掛けられているのは知っているか?」


「ああ、20億Gだろ? 一人の元暗殺者アサシンを消すのにそんな破格、バッカじゃないの?」


「いいや、お前にはそれだけの価値がある。俺にとってはそれでも安すぎだがな」


「どういう意味だ?」


「その前に、まずこちらの質問に答えてもらうぞ」


「なんだ?」


「……あの時、何故俺を殺した?」


「邪魔だから。僕が歩もうとする第二の人生に、ボスあんたの存在がな」


「……身勝手な男だ」


「よく言う。んでボス、あんたの本体はどこにある? それとも、その魔剣アンサラーが実は本体か?」


「ん? これか……少し違う。この魔剣は俺が俺を認識させるための指標だ。トレードマークとも言える。だからどんなに身体を入れ替えようとも、こいつだけは手放せない」


「前から思っていたけど……あんたは何者なんだ!?」


「変わったな、セティ……前は疑念を持たずに平然と俺を殺したじゃないか?」


 老婆の姿をしたモルスはニヤッと笑う。


 僕は「ぐぅ……」と奥歯を噛みしめて口を閉ざす。

 つい嫌なことを思い出してしまったからだ。


 そう、僕は以前から知っている。


 モルスが幾つも身体を持ち、姿を変えてきたことを――。


 孤児だった僕がモルスに拾われ暗殺者アサシンとして育てられた。

 厳しい殺しの訓練は勿論、奴に与えられた恩寵ギフトこと《生体機能増幅強化バイオブースト》を身体に馴染ませ調整させるのに相当な苦痛を強いられていた。


 それでもまだ耐えて我慢できる……生きるためだと思えばだ。


 けど一番辛く心を壊されたのが……。


「――セティ、その短剣ダガーで俺の首を掻き斬れ」


 出会った当初である瘦せこけた老人の姿をしたモルスが、幼い僕に短剣ダガーを渡してきた。


 当然ながら首を横に振るい拒否する。

 僕にとってモルスは育ての親みたいな存在だと思っていたからだ。

 彼は教えこそ厳しいけど、それ以外は優しく愛情すら感じていた。


 だけどそれも訓練の一環だったことに、この時初めて気づく。


「セティよ、お前は優しすぎる。それは弊害であり暗殺者アサシンにとって不要なモノだ。心を捨てろ。非情になれ。どんな存在だろうと躊躇せず殺せる度量と冷徹さを持つのだ。お前ほどの逸材はいない。セティならできる――心を壊せ!」


 こうして僕は促されるまま初めて人を……モルスを殺した。 


 それからも僕はモルスを殺し続ける。


 奴はその都度、異なる姿で現れた。

 若い男女、中年の男女、同世代の少年少女、また年下に至るまで。さらに人間だけでなく、妖精族や魔族など多岐に渡り様々な容姿である。


 ――千の身体を持つ者サウザンド


 それこそが暗殺組織ハデスのボス、モルスだ。





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