第12話 思わぬ終わりと邂逅




 僕の心は様々な姿をしたモルスを殺し続ける度、心に亀裂が入り崩れていくと実感した。

 暗殺者アサシンとして強くなる度に何も感じなくなり疑念も抱くことなく、ただ与えられた任務に従い殺すだけの存在となる。


 ――気づけば『死神セティ』と呼ばれる組織ハデスで最強の存在と化していた。


 だけど勇者アルタの依頼で、僕は彼に成り代わり彼女達と出会う。

 そして壊され失った心を取り戻すことができたんだ。




「セティ、一度チャンスをやろう。組織ハデスに戻れ」


「なんだって?」


 老婆の姿をしたモルスからの唐突な提案に、僕は眉を顰める。


「お前程の逸材はいない。失ってそれがよくわかった……だから戻るなら、今回の件は全て不問にしてやろう。これまで通り、共に楽しい暗殺ライフを満喫しようじゃないか?」


 何が暗殺ライフ満喫だ。スローライフ満喫みたいなこと言わないでくれる?


「断る。二度と戻るつもりはない。僕のことは放置してくれ」


「駄目だ。組織ハデスに戻らないのなら、お前は裏切り者だ。始末しなければならない」


 モルスは言いながら手に持つ魔剣を鞘から引き抜こうとした。


「あっ、そう――ならまた死んでみる?」


 その瞬間を見逃さず、僕は腰の短剣ダガーを抜き突撃を仕掛ける。


「流石に二度はない」


 モルスは足元にある杖を蹴り上げ、その先端部が僕の顔に迫る。

 寸前で首を捻り、あっさり躱してやるも若干のタイムロスが生じてしまう。


 既に奴は「魔剣アンサラー」を引き抜いていた。

 鮮血に染められたような深紅の剣身を持ち、禍々しい魔力を宿した両手剣バスタードソードだ。


「チェストォォォォッ!」


 モルスは気鋭の雄叫びと共に剣を振るう。


 僕は剣撃の軌道を読み身体を反転させるも、深紅の刃は捻じ曲がる形で強引に迫ってきた。

 自動追跡。これが魔剣アンサラーの効力だ。



 ガキィッ!



 首を刈られる寸前で短剣ダガーで受け止め防御した。

 そのまま空いている片腕で、醜悪に歪ませるモルスの顔面を殴ってやる。


「ぐばぁ!」


 モルスは悲鳴を上げ吹き飛ぶも、すぐに体勢を立て直し着地する。

 だが奴の鼻と口からは血が滴るように垂れ流していた。


「い、痛てぇな! こんないたいけなオババの顔になんてことを……」


「どの口が言ってんだ? チェストとか叫んで魔剣で斬りつけるような、いたいけなオババがいるものか」


 すっとぼけたことを抜かして。そういや、ボスは昔からそういうところがある。


「……だが少しだが安心した。腕は錆びてないようだ」


「もっと安心させてやるよ――《生体機能増幅強化バイオブースト》発動ッ!」


 僕の双眸が赤く染まり、全身の皮膚に呪文語が刺青タトゥーのように浮かび上がり輝き始める。


 オレ・ ・の本気モード。


 但し前回のようにリミッターを解除するまでもない――瞬殺だ。


「いいぞ、セティ! 見せてみろ、チェストォォォォッ!」


「うるさいって言ってるだろ」


 モルスは飛び跳ね、オレの頭上目掛けて繰り出す斬撃を神速に半歩移動して回避する。

 だが魔剣の追跡効果で剣身が跳ね上がり、脇腹に目掛けて凶刃が襲ってきた。



 ビシィッ



 オレは片腕を突きだし、人差し指と中指の二本指で挟める形で刃を受け止め抑え込んだ。

 超圧倒的な指力による白刃取りである。

 全身のあらゆる機能を無限大に向上させる、《生体機能増幅強化バイオブースト》を発動したオレにとってこの程度の芸当など容易い。


「なっ、がぁ……動けん!」


「この程度の能力じゃ、たとえ天変地異が起きたとしてもオレを屠るのは不可能――じゃあ、ボス。またな」


「ぐげぇ!」


 オレは逆手に持つ短剣ダガーをモルスの首元に突き刺し、そのまま胴体から斬り離した。

 老婆の首は宙を舞い、モルスは絶命する。

 同時に『魔剣アンサラー』は魔力を失ったのか、通常に見られる両手剣バスタードソードに形を変えた。


 オレは眉を顰め疑念を抱く。


「いつもなら『魔剣アンサラー』は消滅するのに今回は違う……まるで簡易的な魔剣として術を施され擬態していたようだ」


 亡骸も作られたわけじゃなく、正真正銘の人間であり老婆の肉体……前回の大男やそれまでも全て本物だった。


 モルス、掴みどころのない組織ハデスのボス……一体どんな存在だというんだ?


「ったく忌々しい……いずれまた、別の姿で現れるんだろうな」


 オレは舌打ちし、普通の剣となった武器を放り投げた。

 全身に描かれていた呪文語の刺青タトゥーが消失し、煌々と光を発していた赤い瞳の色も元に戻っていく。


「まぁいい。どの道、何度だって殺しますよ。ボス、あんたが僕にくれたこの力でね!」


 自分の歩む、スローライフを目指してやる。





 それから僕はテントへと戻った、


 ヒナはまだ起きていたようで、僕が教えた通り拳銃ハンドガンの整備を行っている。

 昔の自分と重ねてしまう姿に複雑な思いが過るも、彼女が決めたことに僕もできる限り付き添ってあげなければならない。

 イオ師匠から託された大切な子であり、僕にとっても命を懸けて守ってあげたい妹のような存在だからだ。


「ヒナ、明日の朝一番にこの国を出よう」


「え? もう? うん……わかったよ、セティお兄ちゃん」


 一瞬、大きな黒瞳を見開き驚いて見せるも、言わんとしている意味を察したようだ。

 ヒナも僕が何者かに狙われていることに気づいている。

 お互い狙われている者同士……だから余計に言及してこないのかもしれない。


 でも、どこか寂しそうだな。


「どうしたの、ヒナ? まだこの国にいたいかい?」


「……う、うん。明日ね、都でお祭りがあるんだって……お客さんから聞いたの」


「そうだったのか。じゃあ、お祭り見てからでも遅くないかな」


「本当?」


「ああ、勿論。その代わり、絶対に僕から離れたら駄目だからね。あとシャバゾウも連れて行こう」


「うん♪」


 ヒナは普段通りの可愛らしく明るい笑顔を向けてくれる。

 つい気持ちがほっこりしてしまう。


 ボスがこの国にいるということは、きっと組織ハデス暗殺者アサシン達も潜伏している可能性が高い。

 本当なら今からでも旅立つべきなのだろうけど……。


 まぁいいかと思った。


 よくよく考えてみれば、僕がびびる必要のない連中だ。

 ただイオ師匠の時のようにヒナに危険が及ぶのが怖いと思ったからだし。


 シャバゾウを連れて行けば、今日みたいに事を構えることもできるだろう。

 生意気な幼竜だけど危険察知能力には目を見張るものがある。

 ボスの存在に逸早く気づいたのも、あのベビードラゴンだったからな。





 翌日。


 僕とヒナそれにシャバゾウは王都で開催されるお祭りを見に行く。

 なんでもこの国の王子が生まれた祝賀際らしい。


 彩られ華やかな町並みに思わず目を奪われてしまう。

 いや僕にとって一番目を奪われてしまうのが。


「ヒナ、綺麗で可愛い服だね」


「うん、浴衣っていうんだよ。お父さんが買ってくれたの。多分、今年で着れなくなっちゃうから」


 ヒナは浴衣という鮮やかな花柄の盛装に身を包んでいる。

 なんでも倭国の文化的正装だとか。二年前にとある国の市場で購入したらしい。

 したがって成長期であるヒナは今年中でしか着られないようだ。だから祭りに行きたかったのもある。


 そしてもう一つ。


「セティお兄ちゃんに見てもらいたいなぁって……えへへへ」


 柔らかそうな頬をピンク色に染めて微笑んでくれる。


 可愛い……思わず胸がきゅんと疼いてしまう。

 イオさんが命懸けで守りたかったのも頷ける。


「ありがとう、ヒナ。とても似合っているよ」


 僕は離れないよう彼女の小さな手を握った。


「ギャワ! ギャオ!」


 ヒナにリードに繋がれたシャバゾウがこっちらに向けてイキって唸り吠えている。

 危険察知とかではなく、ただ単に僕がヒナと仲良くしていることに嫉妬したらしい。


 僕は目を向けると、シャバゾウは怯えてヒナの背後に隠れて震えている。

 別に睨んでないのに……本当、威勢だけのびびりなベビードラゴンだ。


 そんな感じで露店を回り色々見て食べて回りながら祭りを楽しむ。

 考えてみれば初めての経験だ。自然に心が踊ってしまう。


 束の間。


「――おい、マニーサ。本当に『彼』がこの国にいるのか?」


 前方から聞き覚えのある女子の声が耳に入る。


 僕は何気に視線を向けると、意外すぎる人達を見て驚愕した。


(カリナにマニーサ! それにフィアラにミーリエルまで! どうして彼女達がここにいるんだ!?)


 そう、勇者アルタの婚約者達だ。





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