第96話 繰り返しのニュース
【ショッピングモール騒然】『成人男性と思しき立体駐車場の中にバラバラいたい』
四日前の緊急ニュースが世間を騒がせ続けていた。
都内、駅から徒歩五分の巨大ショッピングモール。その三階の立体駐車場の中で外国人男性と思われるバラバラ遺体が発見される。
自分は目撃者であると数人が取材に名乗りを挙げており、中には写真で撮影したという人もいたと言う。
番組ではその写真を取り上げることを控えたが、この事件の不可解なところは、あったはずのバラバラ遺体が消えてしまったこと。
通報の後、ショッピングモールのスタッフが現場の人払いを促し、混乱を収めている内――警察が現場に到着するより前に遺体が消えてしまったという。
目撃者によると、もとより血痕などはなく、警察の調査によると現場には女のものの血液が検出されたが、件のバラバラ死体は見つからず、その痕跡すら発見されなかった。
当初はイタズラであるかとも思われたが、死体が転がっていたことを示す写真や複数の目撃証言から、イタズラと断言することは出来ないと結論付けられていた。
加えて、当日のショッピングモール周辺では様々な異変があったと様々な筋から報告されている。震度計の異常に始まり、一部のモール客が訴える記憶の欠落や、周辺で大規模な渋滞が起きていたなど。
そのオカルト的な性質が世間に受けて、今では写真はフェイク、バラバラ遺体やその他の異常は集団催眠ではないか、という説が有力視され始める。
朝のニュースではもう見なくなったが、お昼以降のニュース番組では連日擦られ続け、このままでは二週間、いや今月一杯は騒がれそうであった。
事件のあったショッピングモールと言えば――。
最初は不確かな情報を風潮するのは業務妨害に当たると声明を出していたものの、今では不思議がるオカルト好きな客や、自分で事件の証拠を見つけてやらんとする野次馬によって客足が伸びていた。
お洒落な雑貨や服を扱うブランドは違うが、飲食店は軒並み客足が絶えない状態でお祭り状態らしく、その報せを聞いて事件に関わった異世界人たちは安堵するのであった。
「よぉ。あの日、デートだったんだってな。わりィことしたな」
そう言って寝台のプロトにカットしたリンゴを差し入れたのはブラチョだった。
リンゴは皮の下の果肉が随分と削り取られ、その癖まだ細かい皮が残っていたり、もはやカットリンゴのあの形が分からないほど彫刻みたいになっている。
「別に……」
ガラガラの声で答えるプロトは、少しの敵意を向けながらリンゴの積まれた皿を受け取った。
ブラチョは事務所の方からカラカラとキャスターの付いた事務椅子を運んで来て、それに座る。
「――あんたんとこのボスは? 大丈夫?」
プロトが訊く。
今から三日前、ブラチョを倒したあの後。自分は魔力を溜めるために魔物を食べた。食べるというより、魔力を吸収出来ることを知って、魔物を倒しその魔力を飲んでいた。
そんなことをしていると、魔力暴走が起きた時みたいな熱っぽさがやって来て――。それでもホウキを助けるために魔力を溜めまくっていたら、いつの間にか気を失っていた。
何でも、その後の自分は暴走化して複数の吸血鬼を相手取って暴れ回ったらしい。終いには吸血鬼のボス――名前をドラクルと言い、カミラの兄であるその人とカミラをも襲い、共倒れになったと言う。
「ああ。まぁ、顔とか特に日焼けし過ぎたみたいに皮がべりべりになってるけどよ。今はなんか変な汁に浸かってて、もう平気そうだぜ。それより、カミラ様の方は?」
「聞いた話だけど、しばらくすれば良くなるってさ。あんたのその耳は?」
小会議室の一つにベッドを置き、そこで療養されていたプロト。
所属事務所のタレントやスタッフが代わる代わるに世話をしてくれたようだ。
プロト以外にも吸血鬼が三十四人。比較的軽症だったブラチョとパイドの二人を除いた大所帯がスタジオや大会議室に詰め込まれ、そこで魔法による治療と失った魔力を取り戻すために療養していたそうだ。
軽症と言っても、ブラチョは頭に包帯を巻き、特に左耳は手厚くガーゼを当てて保護されていて、実に痛々しい風貌になっている。
「あーこれか。あれだよ、オマエにのされた時に、こっち側が上だったからな。焼けて灰になっちまった。……――別に心配するこたねぇよ。魔力があればその内治るって話だ。それもドラクル様が万全になるか、あっちの世界に戻れれば直ぐ治るってパイドさんが――」
「パイド」と聞くとプロトは顔を強ばらせる。
あの日はホウキも戦い、そして深傷を負った。その深傷を負わされた相手というのがパイドというあの長髪の男らしい。
――パイドさんの話は地雷だったか。
プロトが表情を曇らせたのをブラチョは見逃さない。
「……彼女さんは平気だったのか? パイドさんが、その、ボコしたんだろ?」
「彼女じゃないけど。その――打撲と骨折と。特に右手の指は酷かったらしいけど、もう魔法で治ったって」
「そうかまだ付き合ってなかったのか。……まぁ、なんだ。悪かったな。お互い、変なことに巻き込まれたというか。おれはそんなふうに言っちゃあいけねぇけど、あの兄妹に振り回されたというか。今度ちゃんと詫びはするからよ。その彼女さんにも」
今回の件、暴れ回ったプロトにお咎めはなかった。
無自覚だったというのもあったが、それ以上にドラクルとカミラの両名が全面的な責任を被った。
当然、無茶をするなと方方から散々に叱責はされている。
「だから彼女じゃないって。同僚、というか同期だ。詫びもいいよ。僕だってあんたをボコったわけだし。ホウキを一方的に痛め付けたパイドって野郎は許さないけど」
「それだが、おれの方でもキツく言っとくから勘弁してくんねぇかな。ドラクル様にも結構イかれたみたいでかなり堪えてるからよ。今、あの人センチになってんだわ」
「……」
無条件に庇うブラチョにプロトは懐疑的な目を向ける。
事の顛末を一部しか知らない、話に聞いただけでまだまだ釈然としないプロトにとって、どう考えても悪いのはこのブラチョとパイドである。はなからこの二人が絡んで来なければこんな惨事にはなっていない、と。
不服と不満のむしゃくしゃを込めて、シャクシャクとリンゴを噛み潰しながらブラチョを睨む。
「頼むよ。殴り合った仲だろ? 詫びも弾むからよ。頼むよ、この通ぉり――」
額の上のところで手を合わせるブラチョ。
絶妙に馬鹿っぽく、どこか嫌いになれないこの男の雰囲気に絆されて、プロトは少し考えた。
リンゴの差し入れを持って謝罪されれば許さざるを得ない。少なくとも、このブラチョと自分とは喧嘩両成敗が当てはまるとプロトは思っていた。
だから今は許してやろう。
本気で怒るのはホウキが納得していなかった時でいい。もしもホウキがパイドとやらを許しているなら、自分がとやかく言うものではない、と割り切った。
「じゃあ、多少無理を言うけどいいか?」
そうは思っても、ブラチョの言うお詫びは受け取るつもりである。むしろ、詫びの為に今だけはパイドを許してやるのだ。
「ん? まぁ、出来ることなら、な。無理なもんは無理だ。おれに出来ること、それに留めておいてくれよ?」
「あんたに出来ること、ね。……僕は見ての通り、今、動けないんだ。魔力暴走の後遺症で、未だ手足の筋肉を巧く動かせない」
プロトは二日間は丸々眠ったままで、昨日の夕方に目を覚ました。今では辛うじて身体を起こし、退屈凌ぎにと言って渡されたポータルテレビを見るまでになっている。
「――ああ、聞いてるよ」
ブラチョは視線をベッドに投げ出されたプロトの足へ向ける。
外見上は何とも無さそうだが、偶にピクピクと痙攣しているし、魔力の流れも相当に悪いようだ。
「あんたは動けるよな?」
「おう、そうだな」
「実はあの日、僕にはやることがあって。ホワイトデーのお返しにでもとお洒落なお菓子を探しに行ったんだ」
「そうなのか。それは邪魔して、すまねぇな」
「今日は何日だ? 十三日だ。まだ間に合うよな」
「おう」
「――今から買って来てくれないか?」
「いや、いきなりだな」
ブラチョは頭を掻きながら笑っている。
「これはあんたには出来ないことか? 今の僕にはやりたくても出来ないことだ。けど、あんたはどうだ?」
真面目な善人顔のまま、実に狡猾な言い方で念押しするプロト。
「いや、まあ、出来るけどよ」
それにはブラチョもたじろいだ。
「じゃあ頼む」
「……。ッ何だよ。しょうがねぇな。買ってくりゃいいんだろ、いくつだ? いや、先ずどんなだ?」
「それも頼む。なるだけお洒落で女性陣が喜びそうなやつ」
ブラチョは自分より見た目が垢抜けているし、歳も上だ。見た目で言えば四、五歳上に見えるが、吸血鬼だからもっと歳がいっている可能性もある。
「はぁ、注文が多いぜ」
――吸血鬼使いが荒いな、全く。
吸血鬼であるから、ブラチョが面会に来たのは十六時のこと。行って帰って来るなら、直ぐにでも出た方が良さそうだ。
溜息を吐いて、仕方なく、不本意ながらにブラチョは立ち上がり、その場を後にしようとする。
プロトの顔に、主人であるドラクルを思い浮かべながら、嫌々に部屋を出るブラチョだった。
「――あ、待って。おい椅子! 持って来たんだから返して行けよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます