第97話 勝手な見舞客

「――もう体調は良さそうだな? 我が義弟おとうとよ」


 背後から掛けられた声にプロトはビクリと身体を震わせる。

 三月十四日。ブラチョが買って来てくれた色取り取りのアイスクリームが詰まったボックスは概ね好評であった。治療を受けている吸血鬼たちにもアイスが振舞われ、その反応から体温の低い吸血鬼は暖かいものよりも冷たいものの方が好みだということが分かった。

 包帯をぐるぐるに巻かれたカミラは、口の中でぱちぱちと弾ける炭酸ガス入りキャンディが練られた特殊なアイスを食べて「わしに何を食わせたのじゃァ」と渋い顔をしていた。

 それから四時間ほどが経過し、プロトは久し振りに自室へ戻って来ていた。四日放置していたゴミを掃除。それからリビングにて安ソファに座って、募集していたサムネから控える雑談枠に合うイラストを選び、配信準備を進めていた。

 そんな折、知らない男の声がして振り返る。


「……えッ。……だ、誰?」


 声を詰まらせながら、プロトは本気で困惑する。

 知らない人物が鍵を掛けているはずの部屋の内側に居る――その事態は異世界を知ったプロトとしてもまだ非日常であった。おかしなことにも慣れて来たが、丁度あれやこれやとブツブツ独り言を言っていたのもあって、突如現れた意識外の存在に固まってしまう。

 後ろに立っている銀髪の男は綺麗な紳士服に身を包み、肌が露出されているところはカミラのように包帯でぐるぐる巻きにされている。顔の殆どを包帯で隠し、その隙間から真っ赤な目でこちらを見る。


「誰とは――。兄の顔を忘れたのか」


「……」


「……ん? そうか、こうして理性ある君と会うのは初めてなのか? ――ふむ。私は君の兄にして、あの愚妹の兄であり、吸血鬼の真なる祖。ドラクル。――ドラクル・イース・バラコリス・カルミラ・ノストフラトだ」


 身体中の包帯と、部分的に包帯に滲む血が痛々しいドラクルは自分の胸に手を当てて優雅に自己紹介をする。

 怪我の具合がカミラとそっくりな当たりを見るに、目の前の男がドラクル――暴走した自分を抑えたというカミラの兄であろうことは推測できた。

 しかし問題はそこではない。


「いや――。何で、ど、どうやって部屋に入って来たんですか? それに兄とか弟とか何の話すか?」


「簡単な話だ。それは私が吸血鬼であるからだよ。吸血鬼の変身能力を持ってすれば物理的障害など無意味だ」


 ドラクルは「ふん」と鼻を鳴らし、それこそ兄が馬鹿な弟を見るような慈愛を深紅の瞳に宿す。

 どうやって部屋に入ったかは別に質問ではなかった。付随する「アレ? 鍵掛けたよな」とか「足音したか?」というのは自分に対する問いで、吸血鬼の力と言われればそれまでだ。プロトがドラクルに一番に問いたかったのは「何で」の部分である。


「……それで、何ですか? 部屋の中にいきなり現れるのは普通に困るんですけど」


 戸惑いながらも無断立ち入りを不問にするあたり、プロトも大部異世界人たちに毒されている。


「冷たいな義弟おとうとよ。やっと瓶詰めから解放された兄が見舞いに顔を見に来てやったのだ。兄弟であるのだから、別に部屋に入るくらいでいちいち断りを入れなくともいいだろう? プロトの部屋なら私の家とも同義である。何、君も私に対して遠慮は要らないぞ。親しき中にも礼儀ありと、この国では言うらしいが、まさか家族に対して慇懃である必要もあるまい」


「つまり……理由はない、と」


「嗚呼、当たり前だ。理由なんてないさ。家族が会うのに理由なんて、そんなものはない方が自然で幸せだと思わないか? 妹は寂しい奴で絆というものを理解してくれないがな」


 馴れ馴れしい態度を取るドラクルは顔の七割を覆っている包帯を歪ませて、薄ら笑いを浮かべる。


「……それで、弟って僕がですか? ……そういやカミラさんとも本当は兄妹じゃないって話ですけど」


 他人行儀のままで混乱しているプロトを、部屋の壁際に立つドラクルは柔らかな表情のまま訝しげな目を向ける。そして「ふん」と一拍置いてから、ソファの背もたれをするするとなぞりながらに回り込み、プロトの隣へ詰めて座ると、長い手足を組んでグググとクッションに身体を沈ませる。


「――何を。私たちには紛れもない血の繋がりがあるのだよ。それはプロト――君と私の間にも。勿論、肉親との血縁ではないぞ。つまりは吸血鬼の血のこと。私たち吸血鬼は生来の血と吸血鬼の血を持っている。……君は私の妹から直々に吸血鬼因子を受け取っているらしい――それでも覚醒には至ってないようだがな」


 受け取った……? ――いつ?

 吸血されるの自体が因子を受け取るということなのだろうか。


「カミラの方は私の血を受け取り、ほぼ完全に吸血鬼の力を発現している。私や妹ような力の強い吸血鬼はその血が殆ど覚醒――つまり生来の血が吸血鬼のものへ変質している。いや、呪われていると言ってもいいか。その分、こうして太陽の負荷も大きくなっているからな。……話が逸れたが、私とカミラに通う血は今では同じもの。そして、その整合率は夫婦でもなく親子でもなく兄妹だと言えるのだ。君を義弟として認めるのは、君が妹の初めての眷属であるからと、私と同じ吸血鬼の力の一部を持ち、私や妹と同等の力を持っているからだ」


「受け取った記憶はないんですけど、やっぱり僕も太陽がダメとか……。もしかして平熱が低いのとか、最近朝起きれなくなって来たのもその所為ですか?」


 思えば色々と納得できることがある。久し振りに見る太陽の輝きは忌々しいほど頭に響いて来たし、このところ無自覚にどんどんと不摂生への道を選んでしまっているような気がする。


「? それに関しては私には分からないが、身体が不安ということなら一先ずは安心していい。私たち吸血鬼は血の匂い、呪いの気配で同胞を見分けることが出来る。そして、その感覚で言えば君に吸血鬼の力が宿っているのは間違いないだろう。かと言って完全な吸血鬼ではないようだ。君と戦った時、確かに君にはかなりの吸血鬼の気配が混じっていたが、今こうして顔を見てみると吸血鬼ではないという確信が強まった」


「? それってどうゆう……結局、僕は吸血鬼なんですか」


「ふむ。吸血鬼ではないが、吸血鬼の力を少しだけ持っているというところだ。吸血鬼になれば血の変質が起きる。それに適合できなければ死ぬか吸血鬼紛いの吸血魔獣ストリゴイになる。適合出来ても吸血鬼の血に耐えられないものは他者の身を取り込んで血を薄めるしかない。――君の場合はその血の変質が止まっている。カミラが半端に眷属化をしたのもあるだろうが、君の特殊な事情も関係しているのかもしれない」


 つまり吸血鬼だからではない、ということなのか?

 それじゃあただの社会不適合者に磨きがかかってきただけでは、とプロトは内々に焦燥感を覚えた。


「――まあ、そう悲観するな。私が君に言いたいのは吸血鬼の真似事はしない方が賢明ということだ。君に何かあれば妹が悲しむだろうしな……」


 ドラクルは目を閉じて何やら頭の中に思い浮かべた後で、プロトの方へ上半身を向けるのに合わせてカッと目を見開いた。


「これは兄からの忠告だぞ☆」


「……は、はあ。ええと、色々ありがとうございます」


 我が物顔で寛ぐドラクルを複雑な心境のプロトが仰ぎ見る。

 まるで語尾に星のマークが付くような気色の悪い言い方をつっこむべきか、その他にも配信予定があるからどうやって帰って貰おうかと思案しながら、一先ず心配して貰っていることへ素直に感謝を述べておく。


「なに、構わんさ。それに理由はないと言ったが、私から君に用件があるのだ」


「何ですか?」


「ここ数百年で妹の知らない部分も増えたようでな。兄なりにもっと理解をしてやりたいと思うのだ。しかし、妹は私を拒絶する一方。そこで、プロト。私と連絡先を交換しよう。君とカミラの近況を知らせてくれ」


 ドラクルは尻のポケットから最新型のスマートフォンを取り出し、それを彷徨わせて強引に迫る。

「私はヨーロッパを拠点に商売をしているからな、電話はお互い都合が悪いだろう」と前置きして、有無を言わさず「こっちではLINE《リーネ》なるものが一般的だと聞いてインストールしたのだが」、「――何だと? 君は使わないのか? ディスコ? ディスコテークが何なのだ」とSNSのアカウント交換をせがんだ。

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