第8話 壁に耳あり――?

「それじゃあ、先ずは何より配信で使う機材について説明しましょうか」


 荷物は転移魔法で少しずつ部屋に運び入れ、それが終わるとメインオフィスの小会議室で博人とカモは向き合った。


「動画投稿は為されてたと思うので、少々特殊なものだけお教えします」


 特殊なもの?と博人は不思議に思ったが、取り敢えず「はい」と相槌を打つ。

 カモは予め用意していた紙袋をゴソゴソと漁り、何かを取り出した。それはゴツゴツとした光沢のない灰色の岩石で、凸凹した岩肌を残しながらも直方体に形成されている。丁度片手に収まる携帯みたいなサイズ感で、見たことがないが例えるならアルファベットやルーン文字みたいな記号が刻まれる石板らしかった。


「先に言っておくと、ちょっとびっくりするかも知れないから気をつけて」


 カモは博人の目を覗き込み「いいかい」と前置きする。そして、


「いくよ」


 と言ってから一拍置いて、石板をひっくり返した。

 石板の広い面の上辺に近い所には眼球が埋め込まれ、それがぬらりと動いて博人を捉えた。


 「うわあ」と博人が叫び出すよりも早く、カモは茶目っ気たっぷりに


「これが本当のアイフォンeye-phone……なんちゃって」


 と言った。

 思わず冷静になった博人は不快感たっぷりに


「なんですか、コレ……」


 と返す。


「この世界で言うカメラだよ。呼び名は目のついた石板だからアイバン。Vtuberは本来ならカメラで顔とか身体の動きをトラッキングして、それをアバターに反映させるでしょ。うちではコレで撮った被写体に、それを二次元なら二次元で、三次元なら三次元のキャラクターふうにフィルタを掛けるんだ」


 また魔法とか、異世界とかが関係するんだろうが、原理が不明過ぎて何と言っても良いか博人には分からなかった。


「まあ、何だろう。魔法の技術でカメラを再現したってところかな?難しいことはないよ。配信する時にこの目が付いてる表側に刻まれた刻印を指で撫でればいいだけ。そうすれば寝坊助なコイツが起きるから。うちのトラッキング技術はこのアイバンを中心にしてるから、慣れてもらうしかないのと。あと、魔力に反応してトラッキングする仕組みを取ってるから、配信する前には――」


 そこまで言って、カモは紙袋から次の物を取り出す。


「この魔力増強剤を飲んでね。ちょっと変な味するけど」


 取り出したのは怪しげなジャム瓶。五ミリほどの真っ黒な丸薬がみちみちと詰まっている。


「毎回の薬飲むんですか?」


 いきなり登場した怪しい薬。できることなら飲みたくはないが。


「錠剤タイプ苦手だった?粉薬にすることもできるけど、一つ一つ袋詰めできないから、毎回計量しなくちゃいけないよ」


 飲まざる終えない雰囲気。この世界には魔力がないと言っていたから、薬を飲まなければ魔力によるトラッキングは不可能。そして、鴨エンターテイメントでVtuberとして活動するにはアイバンが必須。飲まない以外に方法はない。と態々ロジックを作り上げて博人は自分に言い聞かせる。


「……大丈夫です。錠剤の方が慣れてるので」


「そう。良かった。無くなったら言ってね。次の渡すから」


 またカモは紙袋をゴソゴソする。今度は中々に大きそうである。


「これが最後の支給品かな。デスクトップとかは防音室に入れてあるの見た?別途編集にパソコン使いたいとかならオフィスの使ってもいいし」


 カモがコトンと机の上に取り出したものに、博人は心を躍らせる。


「これってiPa――」


「まあまあ、製品名は良いじゃないですか」


 カモは悪徳セールスマンみたく都合の悪いところはヘラヘラと誤魔化す。


「コメント見るのとかに使う用ね。運用は任せるから、好きに使っても良いよ。転売とかは無しだけど」


 カモは席を立ち、さらに紙袋を寄越す。


「それじゃあ、ヒーローさんも楽しみにしてるだろうアバターモデルと、キャラクターの詳細を持ってきますね」


 カモは笑顔で告げて会議室から退出した。

 

 カモが居なくなった会議室に取り残された博人は新品の某モバイル端末の入った箱に手を伸ばす。静かにそれを引き寄せて優しく持ち上げてみた。回したり、ひっくり返したりしてシールが貼られて開かなくなっているのを確認し、未練がましく丁寧に紙袋へ戻す。


 それから恐る恐るジャム瓶を手に取る。

 ――魔力増強剤、とカモは言っていた。

 不信感で一杯のそれをカラカラと振ってみる。黒光りするその見た目は漢方なんかで見る様な丸剤だ。蓋からもともとがピーナッツバターの瓶であったことを知る。


 博人は興味本位、怖いもの見たさでゆっくりと金属のフタを回す。


「――くっさ」


 蓋を開くと間もなく鼻を突き刺す様な刺激臭と、嗅いだこともないケミカルな臭いが飛び出して、博人は慌てて封をした。


「(これ飲めるのか、僕)」


 しばらく嗅いでいるだけでも吐きそうだった。

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