第5話 異世界人が馴染むには

「もう、隠す必要もありませんから電気点けますね」


 鴨が出会ったから一番暗い声で、呆れたように言った。

 それからガタと椅子を引く音がして、しばらくすると部屋に灯りが点いた。

 博人は暗順応した目に突き刺すような光の明るさに目を細めた。LED照明の輝きが真っ白の壁紙に反射して、室内に煌々と満ちる。

 少ない視野から室内を見渡すと、広さは四畳半程で、その端と端で博人と長机を挟んで面接官であるリサが向き合い、鴨は部屋に一つだけの戸の側に立って電気スイッチに触れている。

 床に撒かれた白の粉は博人を中心に幾何学模様を描いていたのが分かる。


「……いや、すまない。つい出してしまった」


 へへへと笑うリサ、それに対して微笑みが張り付いた鴨が冷たい目で言う。


「いいですよ。ちゃんと対策に魔法陣も描いてあるので」


「魔法陣?」


 博人が訊いた。

 鴨は「ええ」と言って席に着くと、そのまま続ける。


「もう隠し通せるとは思わないので言いますが、見て分かる通り顎リサは竜人です。こことは別の世界の住人なのです。もちろん、私も」


「そういうこと」


 リサは明る部屋で見ると尚一層鋭い瞳をウインクする。それからペロッと長い舌を出して、その上で炎の玉を転がす。

 博人は突拍子のない話と、目の前の不思議に言葉を失っている。


「……我々のVモンスターズでは、異世界人をVtuberとしてデビューさせています。異世界人はどうしても容姿が奇抜ですので、人間に紛れては生きて行けないですからね。そこで我々はVtuber業界に目を付けたんですよ」


「ハロウィンとか、コスプレイベントでしか外に出られないのに、生きてるだけでお金かかるのよねぇ」


 腕を組んだリサが首を縦に振りながら染み染みと言った。


「我々としては最近のゲームとゲーム配信ブームに乗っかろうと計画したんですが、我々は異世界人ですので。日本の文化なんかはかなり勉強したんですが、やはりコンピュータゲームだけは難しい。馴染みがないし、技術も必要だから中々上手くは行かなくてですね。そこで広く募集したわけなんですよ」


 鴨は机の上で手を組んで、机に前屈みになり俯きがちに話す。


「……そ、それで。僕にどうしろと」


 博人は喉からやっと声を押し出すみたく訊いた。


「そんな警戒しなくとも大丈夫ですよ。これ以上の危害を加えるつもりはないんだ。我々は君にうちでVtuberデビューして欲しい。我々のVモンスターズを君の力で盛り上げて欲しいんだ。そして、そのために幾つかの条件を飲んでほしい。今日はそこら辺について擦り合わせを行いたいんです」


 夢中になって話す鴨の横で、リサは退屈そうに他所の方を向き、机の下で足を組み替える。


「条件……ですか」


「はい。一つは配信活動について。Vtuberとしてデビューしてからは配信活動を一週間に二十時間。一ヶ月に合計百時間ほどやって貰いたい。絶対の規則ではありません。あくまで目安として、そのぐらいの配信を定期的に行って貰いたいんです。まあ、仕事ですからね。デビュー時期だとか、それに伴う準備だとか、配信出来るゲームだとか、それからイベントの打ち合わせだとか、休みの取り方なんかはマネージャーと打ち合わせることになると思います。これに関しては後で書面にまとめたものをお渡しします。

 そして、今から話すことが我々としては一番のお願いの部分になるのですが……」


 つらつらと話していた鴨が唾を飲み、机に乗り出した身を起こして姿勢を正す。そして大きく息を吸い込んでタメを作り、


「ヒーローさんには社員寮に入って貰えないかと思いまして」


 と後ろめたそうに言った。


「社員寮ですか?」


 博人は鴨の意外な一言に思わず聞き返す。

 Vtuber事務所に社員寮……、Vtuberは在宅勤務だと博人は勝手に考えていたし、事実そうだと思っている。


「はい、難しいですかね?やっぱり学生さんですし。社員寮には配信に必要な機材とか防音の設備とか、何よりオフィスの三階より上が寮になっているので、配信以外の仕事も楽だと考えているのですが」


 難しいなんて話ではない。無理だ。明らかに。普通の学生であれば。

 しかし、博人は普通ではなく学生生活の崖っぷちにいる。大学を留年して親の仕送りがストップすれば大学を辞めて自宅に帰る他ない。そして、帰ったところでそこに自分の居場所があるとは考え難い。であるなら社員寮に入り、住み込みで働けるというならむしろ好都合である。普通なら突飛な条件かもしれないが博人にとっては好条件なのだ。


「大丈夫……だと思います。はい、問題ないです」


 自分としては有り難い話だ。自分の判断基準では何も問題はない。


「本当ですか?」


 鴨は安堵で破顔している。


「ただ、両親にも連絡しないといけませんし、引っ越しも」


「――もちろんです。細々した雇用条件とか、諸々の話は追々でも構いません。ヒーローさんの都合の良いときで構いませんので。そしたら、本当に現時点でのだいたいで構いませんので、どのくらいから入寮して、配信活動始められますでしょうか?」


 再度前のめりになって鴨は矢継ぎ早に話をする。


「そうですね……」


 今度留年したら学費は払えない。博人は親にそう言われていた。だから、留年が決定している今、もう来年度の講義は無い。下宿している意味もない。


「ちょっと分かりませんけど、今年度中には」


 博人はぼんやりと解答した。

 博人は真性の駄目人間であるから、両親の脅しに対してまともに取り合っていなかった。それでも両親には博人を本当に退学させるだけの凄みはあった。両親の言葉にはリアリティがあった。

 「やりたい事が出来たから、大学を辞めたい」とそう言ったら、両親は快く認めてくれるだろうか。いや、やりたい仕事を見つけて、尚且つ就職活動まで済んだのだから、きっと認めてくれるはずだ。

 いや、『快く』なんてのは今さらだ。二度も留年(一回はまだ予定だが)した挙句に退学しようと考えている自分の言えたことではない。


「分かりました。今日お話ししたかったことは以上なので、ついでですしオフィスの中とか寮とか見て行きますか?……いや、ちょっと気が早まりましたね。先ずは今までのことで何か質問とか――?」


 鴨は組んでいた手を解いて、机に両手を付ける。


「なんだ?纏まったのか?なら、これからよろしくな。えーっと――、まあいいか」


 リサはそう言って席を立ち、紅蓮の長髪を翻してさっさと退出した。


「気にしないでください。一箇所に留まることが苦手なんですよ。あの人は。それで、何か質問とかありますか?」


 ――質問。色々ありすぎて何を訊いたら良いか分からない。訊くよりも、先ずは自分の中で理解してからでないと、そこからさらに掘り下げるような質問は出来ない。どうしようか。

 博人は頭を働かせる。そのために上を見たり、目をぐるぐると回して辺りを睨め回す。そして


「では、この魔法陣とは――?」


 と、十分な説明が得られなかった床の模様について訊いた。


「ああ、この魔法陣はここでの話をこの場限りにするためのもの。我々異世界人の存在を秘匿して貰うため、今日ここで会ったことを公表できなくする呪いが込められているんです」


「……呪いですか」


 Vtuberデビューがほぼ決定して、博人はいきなり今後が不安になった。

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