Vtuberになるッ!

第2話 自己プロデュースを考える

***


 ――ゲーム実況者って難しいんだな。

 博人はエアコンの冷房が効いた部屋でベッドに横になりながら、ぼうっとスマートフォンを眺めていた。

 博人はゲーマーである。ゲームのオールジャンルが得意である理由は、博人の要領の良さであったり、動体視力であったり、マルチタスクな器用さであったり、もしくは連打力にあった。


 近頃で最も人気な某シューティングゲームでは、プレイヤーの実力に応じてゲームマッチが振り分けられるランクマッチ制度がある。博人はその中でもプレイ人口の上位〇・二パーセントのランク帯に入る猛者である。

 また有名なとある格闘ゲームでは上位二・五パーセントに入る。

 対戦ゲームでなくてもロールプレイングゲーム、アクションゲーム、リズムゲーム、パズルゲーム。今までクリア出来なかったということはない。


 博人はそのゲーム力を活かして小銭を稼ぎ、行く行くはゲーム実況活動を本業にしたいなと甘い見通しを立てて、短いクリップ動画に独自の解説を加え動画サイトにアップロードしてみているのだが、これが全く人気が出ない。


 流行りのシューティングゲーム。

 三人のプレイヤーがチームを組み、広大なマップの中、縮まり続ける安全地帯で銃を撃ち合うバトルロワイヤル形式のゲーム。

 マッチングするプレイヤーは全部で六十人。その中で最後まで生き残ったチームを決めるのだ。

 プレイヤーはそれぞれ二十人ほどいる(アップデートで今後も追加予定)キャラクターの中から被らない様に一キャラクターを選ぶ。

 それぞれのキャラクターは索敵に秀でていたり、地点の防衛に優れていたりと得意なスタイルがあって、他にもヒットアンドアウェイを旨とする強襲型のキャラクター、広いマップを移動するための距離を稼ぎ易い移動キャラクターなんかがいる。

 過去アップロードした動画では色々なキャラクターの役割、動き方、勝ち方。それぞれに解説をしたし、キャラクター以外にもゲームに登場する武器についても仕様変更毎に情報を更新している。

 他にも実力が分かるだろう一対三でどんどん敵を倒して行く爽快なクリップ動画も投稿した。

 ――しかし、これが一向に伸びない。

 そのシューティングゲーム自体はリリース三年を迎えながらも、依然として人気だし、博人以外で同じように解説している人はもっと再生回数を稼げている。

 これならアカウント売買でもやった方が金になると思うが、一応リリース当初から触っている古参として、愛というか情があるからあんまり変な事はしたくない。

 同業者、この業界の先達を見れば、とにかく元気で明るい。そして目を引く、もしくは内容がついつい気になってしまいそうな動画のサムネイルを作っている。視聴者を集めるには実力だけでなくそんな努力が必要だと思われた。

 しかし、博人には正直言って凝った動画編集が出来るような技術、そして編集ソフトもない。だから、こと動画解説においては先駆者の真似事みたいなクオリティで、始めた頃は二番煎じもいいところだったのだが、今はとりあえず新情報の更新速度を売りにしていた。

 動画の見栄えは多少悪くとも、ゲームの実力に裏打ちされた自身の解説は本物である。

 と、そう信じてSNSで宣伝も行なっているのだが、反応はイマイチだった。


『動画投稿しました!新キャラは強い?弱い?』


 博人はSNSを開いたついでにエゴサーチでもして見る。

『hero_game10』

 ゲームアカウントそのまんまの活動名義を検索欄にフリック入力する。


『いつも強いって言ってるけど、どうなん?』

『追加して直ぐは慣れてないのもあって強く感じるよね』

『強いだろ。パッシブが強いだけで前のアイツよりはマシ。アイツ、名前も覚えてないわ』

『先ず撃ち合い強くないと、キャラの強さ実感できないかも。わたしは上手く使えなかったT-T』

『いや弱くね。普通に』

『俺も弱いと思うわ。態々ピックする理由がない。既存のキャラの下位互換を追加して、今のインフレ環境が変わると思ってるなら運営の見通しが悪すぎて草』

『3対3のゲームだからね。1キャラだけの性能で決めるのは早計』


 エゴサーチをすると、自分や自分の投稿した動画の評判だけではなく、新キャラの評価で各々が言い合っている。むしろ、博人を中心として話が展開されている感じは見受けられない。

 ――どうやったら人気になれるんだ。

 そうやって今日も漠然とSNSを眺めていると、博人は一つの広告に目を止める。


『Vtuber活動に興味ありませんか?』


 それは博人も知っているような大手Vtuber事務所の広告で、確か女性Vtuberを中心としているところだ。

 そして、今度の九月に新人を募集をするらしい。


 Vtuberか――。


 Vtuberとは2Dや3Dのアバターモデルを使って動画配信をする人たちの総称である。

 ゲーム実況において、ワイプで顔出しをしながら活動する実況者が多少なりいて、そう言う人達の強みについて、博人も自分なりに分析したことがある。

 表情による反応が見えることで、ゲームをプレイする人の声が聞こえるだけよりも見応えがあるし、親しみ易い。

 ただ、インターネットの世界に顔出しをするほど、博人は自分に自信がないし、『ゲーム実況者になりたい』と言っても、自分のプライベートな情報を晒すほどの決心はついていなかった。

 ……だがしかし、Vtuberならどうだろうか。

 プライベートの情報が明るみになることもなく、大手Vtuberというだけで新人でも注目度が高い。何より、最近は声の良し悪しだけでなく、ゲームの実力が重視されることも多い。

 博人はしばらく無言で広告を見つめ、Vtuberでなら十分に人気が出る可能性があると考えた。Vtuberになれるのかは分からないし、そもそも人気になれるかどうかはまた別の話だが、注目を集める、有名になれるチャンスがあるという点でVtuberはかなり魅力的だ。ワンチャンスある。


 ――いけんのか?


 それから、博人のVtuber事務所について調べる日々が始まる。もちろん、その合間でVtuberの配信だって追いかけていた。


 ……その名も、Vモンスターズ。

 鴨エンターテイメント株式会社が運営するVtuber事務所。異世界、ファンタジー、モンスターをテーマとするVtuberが九人所属している小さな事務所である。


 Vtuber事務所に応募する際には履歴書の他に自己紹介動画や、実際に動画サイト上にアップロードした動画が必要になる。それを自己PRとして提出するのだ。

 博人の場合はもちろん、ゲームの実力が分かるだろう動画を提出した。

 事務所の規模の大小は置いておいて、募集しているところならどこへでも送って、唯一返事が得られたのが鴨エンターテイメント株式会社が運営するVモンスターズだった。


 どうせ受かるはずがない。そんなふうに思っていると――。

 ある日、博人のSNSアカウントにダイレクトメッセージで連絡が届く。


『動画見させて頂きました。hero_game10さん、会って直接お話し出来ませんか?』


 差し出し人はVモンスターズ公式アカウントだった。

 会って直接と言われても、鴨エンターテイメント株式会社の所在場所は東京都で、博人が通う大学、借りている下宿とは程遠い場所にある。

 それでも公共交通機関を使って行けないわけではないが、「何とか電話やテレビ通話にならないものか」と考えていると空かさずスマートフォンのバイブレーションが鳴る。


『交通費はこちらで持ちますよ。現在の住所は――ですよね?もしよろしければ送迎も可能です』


 本当に言っているのか?車で何時間掛かるんだ、と博人は訝しく思ってスマートフォンを見つめる。

 声が掛かるのは全く有難いことなのだけれど、あまり知らない事務所だっただけに博人は慎重になっていた。


「それは一次審査合格ということですか?」


『はい。そうお考えになられて差し支えありません。つきましては今後のことについて詳しくお話しするのに、弊社では直接お話しするのが良いと考えているのですが』


 向こうは何としても直接話をしたいらしい。

 直接目で見て人となりを知れた方が後で炎上とかもしないだろうしな。必要な工程なのかも知れない。と博人は納得する。


「承知しました」


 博人はインターネットで覚えたばかりの拙い日本語の文章を恐る恐る送信した。

 対面接用の、自分には似合わない堅苦しい言い回しだったが、一端の社会人らしく、そしてこれから――あわよくばキャラクターをロールすることになるのだから、社会人ロールだって少しは出来るところ見せておかないと、と決意して。

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