第16話 執着と欲に溺れた男④



 「あぁ〜〜疲れた。あ?今何時だ、くっそもう5時かよ。仕事行くのダリィな。ん?誰だこの女……あぁ、みゆきちゃんのライブにいたブサイクか。ま、コイツはまだ寝てるみたいだし、お会計よろしく〜〜」


 暗い部屋で、生地が滑る音とベルトを閉める音が聞こえる。

 着替えが終わったのか、ゆっくりと玄関まで行っている足跡が微かに部屋に響く。

 そして、ドアが開くと光が差し込めた。

 ドアを開けた男は、達也の後輩でもあった隆二だった。


 「ふぁ〜〜。やっぱいいな、やる事やって他人の金でホテルに泊まるのは。まぁ、あいつも俺に抱かれたんだ、金払う価値もあるだろ。クックっウケるな。アイツ、起きたらどんな顔してるんだろ。カメラつければよかったぜ」


 不気味な笑顔で、楽しそうな独り言が止まらないまま車に乗り込み、職場へ向かって行った。

 そして、着いて早々異様な光景を目にした。


  ーーあ?なんで俺の机に人がたかってんだよ。


 「おはようございます。みんな、どうしたんですか?僕の机の周りに集まって」


 隆二は、別の人格があるんじゃないかと思うほど、優しさに溢れた表情と声色をしていた。


 「お前、なんだよこれ」


 上司と思われる男の手には、愛用していた玩具を持っていた。


 ーーあ!?なんで、俺の引き出しに入ってたもんが出されてんだよ!?くっそ、ふざけんな。このままだと、不味い。俺の居場所が無くなっちまう。それは不味いぞ、実に殺される。


 しかし隆二は、焦る表情を見せる事なく平然としていた。


 「あ、それ!そういえば、職質した援交していた女子高生が持っていたから没収したものなんですよ。こんな物持ってたら危ない人が近寄ってくるからって。あはは、破棄するのを忘れてました」


 「……押収したものを勝手に破棄するのは違法だぞ。ちゃんと対処しておけ。ま、お前がそんな男じゃない事はここにいる俺らも分かってる」


 「はい!もちろんです!」


 ーーあ〜〜ちょろい。なんだコイツら、本当に警察かよ。なっさけね〜〜ま、これで俺の立場も守れたわけだし、コイツらの無能に感謝だな。


 隆二は、心の中で気持ちよく鼻歌をしながら正装に着替えた。

 見た目は明るく、爽やかな青年だ。

 正義のマークも、彼の為にあるのではないかと思ってしまうほど、その姿は輝いていた。


 ーーさ、今日も上手いことサボってみゆきちゃんのグッズでもネットで漁るか。くぅ〜〜握手会がまちどうしいぜ。


 男はそのまま、白く綺麗なバイクにまたがり街を巡回しに行った。


 「こんにちは〜〜」


 隆二は路肩にバイクを止め、長椅子に座りお茶をしている高齢の方の隣に座った。


 「あら、隆二くん!今日も素敵だわね〜〜。あ、そうだこれお食べ!あ、あと、お茶も頼んであげるわ」


 女性は、何も聞くことなく当たり前のように隆二の分も頼み始めた。


 「い、いや。お気遣いなく。一応、職務中ですので」


 「何言ってるの、そんなもの私が上手いこと言ってあげるから気にしないの。ほら、これどおぞ」


 「あはは。では、お言葉に甘えて」


 隆二は、おかしを手に取り食べ始めた。

 もちろん、職務中にそんなことをするのは、ダメだ。

 何より、物を貰う行為すらダメだ。

 悪く言えば、賄賂になりかねないからだ。


 ーーくっくっくっ。こんなとこに誰もこねぇよ。それに、こいつ認知症ですぐ忘れるからな。何かあれば、職質かけてる最中とでも言えばなんとかなるだろ。はぁ〜〜ここは、いい穴場だ。


 隆二は、のんきにお茶を啜っていた。

 だが、今日は違った。

 隆二がお茶を飲み終えようとした瞬間に目の前に一台のパトカーが止まった。


 ーーげ!?なんでここにいるんだよ!くっそ、不味いぞ!!こうなったら。


 「隆二!!お前ここで何してんだ!!」


 1人の男が怒鳴らながら、隆二の元へ歩いてきた。

 隆二はすぐに立ち上がり頭を下げた。

 さっきまで座っていたとは思えない程の速さだった。


 「ふ、福原さん!?すみません、この方、認知症があって今職質してるとこなんですよ。どうやら、自宅がわからないらしくて」


 「ばかやろうが!!そんなこと聞いてんじゃねぇよ!テメェ、無線聞いてねぇのか!?」


 「え!?無線ですか!?」


 隆二は、何のことか分からず無線を確認したが、何の反応もなかった。ようは、壊れてたという事だ。

 もちろん、日々確認する必要があるのだが、だらしがないがゆえ、隆二はそれを怠っていた。


 ーーくっそ!んだっこれ!何で使えなんだよ!?あ、なんか垂れて……


 ひっくり返した無線機からは、透明な液体が流れてきた。

 それは、甘ったるい匂いをした水飴だった。

 そんな物が無線機に入っていたのだ、使えるはずもなく。


 「テメェなんだそれ」


 「あ、いや、これは。ぼ、僕じゃありません!だ、誰かが僕のことを陥れようとしたに違いがありません!」


 「だからなんだ。無線がテメェに届かなかったのは、確認不足が原因だろうが。テメェが無線機が壊れていることを分かっていれば、こんなことにならなかっただろうが。壊れた原因なんてどうでもいいんだよ!もう、いいわ。お前ここでダラダラと仕事してろ。テメェに関わっている時間が無駄だ」


 「そ、そんな……僕のせいじゃ……」


 福原は車に乗り込み、そのまま去っていった。


 ーーんだよこれ……ふざけんなよ。だれだ……誰が俺の無線機を……いやそれだけじゃねぇ、俺の私物もそうだ。一体どうなってんだ……見つけてやる。俺を貶めようとしているクズを捕まえて殺してやる。


 隆二は、無言でバイクに乗り込み署に戻った。

 そしてすぐさま、怪しいと思われる人物に声をかけた。


 「おい、弘樹。お前か?俺を貶めようとしてるのわ?あ?」


 弘樹は昨日の事件で会議が開かれる事になったので、その準備をしていた。

 そして隆二は、同期でもある弘樹の胸元を掴み問いただした。

 いつもとあまりにもかけ離れた表情や言葉遣いに、弘樹は困惑していた。


 「な、何のことだよ。それに、お前どした何があったんだよ。顔色悪いぞ、とりあえずここに座れよ」


 弘樹は、我を忘れている隆二を落ち着かせる為に、近くに置いてあった椅子を持ってきたが、隆二は差し出された優しさを蹴り飛ばした。


 「っざけんじゃねぇぞ!!?お前が、俺を嵌めたんだろ?あ?同期だもんな?いつも、俺と比べられてるもんな?あ?嫉妬か?嫉妬のせいか?あ?」


 隆二は、隠していた本性が剥き出しになっていた。


 「お前どうしたんだよ!一体何があったんだ、言ってくれよ!」


 弘樹は、そんな隆二の肩に優しく手を置いた。


 「はぁ……はぁ……くそ!」


 隆二は、落ち着きを取り戻したが、優しさを振り解き自分の席へ戻っていった。


 ーーアイツじゃない。なら、誰だ。誰が俺のことを……誰が俺のことを憎んで……


 隆二は、心当たりが一つだけ浮かんできた。

 しかしそれは、すでに無くなっている人間だ。


 ーーそんなはずない、アイツは昨日あの部屋で遺体として発見されたんだ。そうだ、死んでるんだよ。なら、だれだ。誰が一体、俺を……くそ、全員が敵に見えてくる。こうなったら、火でも放って皆殺しにするか。いやそれわまずい。とりあえずは、冷静になるんだ。無線機の事も誠意を持って謝れば、許してもらえるはずだ。


 隆二は、深呼吸して心を落ち着かせた。

 だが、これで終わらなかった。彼に降りかかる不幸な出来事は止まる事なく降り続けた。


 「僕の確認不足で多大なご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」


 隆二は、見本かと思うぐらい綺麗に頭を下げていた。


 「もういい。お前少しの間休め。弘樹が心配してたぞ」


 「あ、いや、それは……」


 もちろん、これは優しさなんかではない。

 それを分かっているからこそ、すぐに返事ができないでいた。


 「僕は……まだやれます」


 「いいから休め。体調管理も仕事の一つだ。お前の体調も無線機と同じように壊れたら、次は助けられる命まで失うぞ。わかったら、何も言わずに休め。以上」


 「……はい」


 隆二は、見に纏っていた光り輝く正義を外した。

 そして2度と纏う事はなかった。

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