◆観察は近いほどいい
決意を固め口を開こうとするが、さらに接近してきた
—— いや、近いな!
もう少しで唇と唇が触れ合っちゃう距離にまで李奈の顔は急接近していた。
なんで⁉なんでこんなに近づくの?
驚いたあまりに目をそらそうとしたが、李奈の視線が先程のものとは違うことに気づく。
観察されている?
オレを心配そうに観ていた目から観察眼に変わっている。
下から見上げるような体制だったが、今はオレの顔を真正面から見てきている。
なんだ。何を観察しているんだ。
ケガの有無を観察している風には見えない。李奈をかばって壁に激突したのだからケガをするとしたら背中側だ。だとしたら目線はもっと奥に行っているはずだ。
それなのに李奈の目線はオレの顔をとらえて離さない。
ケガじゃないならいったいオレの何を観察しているんだ。
不意に李奈が左手を顔の頬に添えてきた。
ビクッ‼と反応して反射的に顔をそらしてしまうが、李奈が両手で包み込んできてそれを許さない。強引に顔の位置を元に戻すと真剣なまなざしで観察を始める。
「……えっと、李奈さん。なにをそんなに観察しているのですか?」
「ごめん。少し黙って」
「…… はい」
いつもは丁寧な口調で優しく話してくれる李奈が今は重く低いトーンで受け答えしている。この李奈には見覚えがある。
一度李奈の部屋に遊びに行ったとき、李奈の趣味を何かと尋ねたら今と同じ反応になった。
あの時は色々と怖かったこともあり、断りを入れて速攻で部屋を去ったのだが今はそうはいかない。
物理的に離れることが出来ない。
幸いなことに李奈の真剣な表情のおかげでオレの躍動は収まっているので離れても問題はない。
だが、こんなに密着している状態じゃ李奈を押しのけることでしか脱出できない。
想い人を押しのけるなんてオレにはできない。
何か打開策はないかと考えていると意外なところから打開策がやってきた。
「お前らいちゃついているところ悪いんだけど。…… 大丈夫か?」
「結構すごい音鳴ったよね。ごめんね。あたしたちのせいでケガとか無い?」
ついさっきまで取っ組み合いのけんかをしていたヌエと
二人が割って入ってきてくれたおかげで李奈の意識が変わったのかいつも通りの李奈に戻る。
「うん大丈夫だよ。
李奈がオレからゆっくりと離れて立ちあがると手を差し伸べてくる。
その手をつかみながら李奈の力を借りてゆっくりと立ちあがろうとする。
女の子の力では男一人を引っ張るなんて相当な筋力を使うと考えて足腰に力を入れようとすると、
「よいしょっと」
李奈が可愛らしく力むと予想以上の力で引っ張り上げられた。
あれ?李奈ってこんな力が強かったっけ?
あまりに思いきり引っ張られたので前に倒れそうになるが、ギリギリのところでこらえることが出来た。
「おっとっと」
「大丈夫か?」
心配そうにもう一度ヌエが尋ねてくる。
「大丈夫、大丈夫。音は派手だったけど痛みはそれほどでもない」
「でも、お前今倒れそうになっただろうが」
「ちょっとバランスを崩しただけだから」
「それならいいけどよ。あまり無茶はするなよ」
「できるだけ無茶はしないよ。お前みたいに怒ってくれる幼馴染がいれば話は別だがな」
「いてもあまりいいものじゃないぞ」
「ちょっと、あんまりうちのヌエをからかわないでよ」
オレたちの話を聞いていたのかケンカするほど仲のいい幼馴染が間に割って入ってきた。
「おい、ちょっとまて。いったい、いつ俺が栗並さん家の子になったんだよ!」
ヌエはオレや李奈にはよくからかわれるのに、幼馴染にだけはからかわれない。
正確にはからかおうとするとよくケンカになる。
いまだって『うちの子』というからかいワードに過敏に反応してケンカに発展しようとしている。
「はぁ⁉あんたなんか生まれた瞬間に
「まあまあ、クリちゃん落ち着いて。あと、それは違うと思うよ」
李奈が濡れ透けワンピースの姿で美波の幼馴染論を笑顔でやんわりと否定して、ケンカになりそうな空気を霧散させてくれた。
いくら二人のケンカが観たいと言ってもほほえましいケンカまでだ。
またさっきみたいな取っ組み合いのケンカなんてされたらたまったものじゃない。
これ以上汚されたら家族になんて言われるか。両親は温厚なんだが、妹は怖いからな。
恐怖で身震いしてくるほどだ。
「悠聖?震えてるけど寒いのか?」
ヌエが心配そうに声をかけてくる。
「ああ、ちょっとこの後の展開を考えて震えていただけだ」
「この後の展開?—— ってお前びしょびしょじゃねぇか⁉」
今気づいたのかよ。さっきまで面と向かってしゃべっていたのに。
「ああ、ちょっとジュースをこぼしちまってな」
「俺が原因だよな。すまん!ここの片づけはこっちでやっておくから着替えてきてくれ!」
頭を下げてパンッと両手を合わせて謝罪してきてくれる。
「ありがとう。それじゃここはよろしく」
お礼を言いお風呂場に行こうとすると、美波の驚いた声が室内に響く。
「うわぁ⁉りなっちもびしょびしょじゃん!」
どうやら向こうも今気づいたらしく騒いでいる。
「早く洗濯しないと染みになっちゃうよ!」
「落ち着いてクリちゃん。今からお風呂場に行こうと思っていたところだから」
李奈もお風呂場に行くらしい。
オレも着替えのためにお風呂場に行こうと考えていたがここはレディーファーストで李奈を先に行かせるべきだろう。李奈は一度オレの家に来たことがあるから間取りは把握しているはずだ。案内は必要ないだろう。
「ねえ、悠聖。お風呂まで案内してくれない?」
前言撤回、どうやら案内は必要らしい。なぜ?
「一度うちに来たことあったよな?覚えてないのか?」
「一度来たぐらいじゃそこまでは覚えられないよ」
おかしいな。間取り全部を把握するのは無理だとしても、利用したことのあるお風呂場ぐらい覚えていてもおかしくない。
「わかった。付いてきてくれ」
深く考えてもしょうがないと考えたオレは李奈とともにリビングを後にしようとする。
「そういうわけだから二人ともここの掃除よろしくね」
「本当に頼んだよ。きれいにしないと後で妹にどんな目にあわされるか」
「はぁ~い。わかったわよ。私たちのせいでこうなったんだから綺麗にしておくわ」
気だるそうに手を挙げて答えた美波と
「任せておけ!」
大きな声で壁に向かって返事をしたヌエ。
李奈の濡れ濡れワンピース姿を観ないようにした結果、壁と対面するようになったのだろうか。
紳士なんだなお前って。
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