◆最終手段

「ひゃーくう!はぁはぁ。お、終わった」

「お疲れー」

 き、きつい。予想以上にきつい。

 オレは李奈りなにこんなきついことを強要していたのか。

 四つん這いの状態から起き上がれない。

「それで興奮する?」

「何にだよ!」

「え!テンション高くない?そんなキャラだっけ」

「心拍数が上がるとテンションも上がるんだよ!」

 李奈の言っていたことは本当だった。

 今のオレはテンション爆上がり状態だ。

「これじゃあお腹が空いているかわからないね」

「ハァハァ…… いやお腹は空いている。ただちょっと息が乱れているだけだ」

 少ししたら落ち着くだろう。

「そんなすぐに空くものなんだ」

「あとは性欲に勝てばいいだけだ」

 息を整えたオレは立ち上がり額の汗をぬぐう。

「それじゃあ悠聖ゆうせい。服を脱いで」

「いくら汗をかいたからといって服を脱ぐほど汗はかいていないぞ」

 確かに額に汗を浮かべたが服の下はそんなに汗をかいていない。

 服を脱ぐほど体は火照っていないからな。

「何を言っているの?興奮するためだよ」

「なんで興奮するために服を脱ぐんだよ。…… まさか、ここでいやらしいことをするつもりか!」

 とっさに服の上から胸を隠す。

 一度やっているからと言って学校でなんて、そんなハレンチすぎる!

 誰かにみられたらどうするつもりだ。おとこの娘だとバレちゃうぞ。

「女の子みたいな反応しない」

 額に手を当て呆れた様子でため息をつかれた。

「上を脱がすだけだから」

「お医者さんごっこですか⁉」

「そんなアブノーマルなことはしない」

「じゃあなんで上を脱がすんだよ」

 オレの上半身がそんなにみたいのか?

「言ったじゃない。男の子特有の性癖で女性に胸をみられて興奮するって」

 確かに言ったな。李奈が。

「李奈。それは間違いだ」

 諭すように言葉を続ける。

「男は女性に胸をみられたぐらいじゃ興奮はしない」

「うそ⁉」

「本当だ。オレたち男はな小さいころからプールや海で常に胸をさらけ出して生きてきた。女性に胸をみられることは日常茶飯事なんだ」

「それじゃあ私は?」

「特殊性癖だというほかない」

「うそでしょ!」

 ショックを受けている。

「だったらなんであのとき否定してくれなかったの?」

「おまえの口から勃つという言葉が聞こえてきてそれどころじゃなかったからだ」

 あと、ただ単純に質問が強烈すぎて否定するのを忘れていたから。

「故に今ここで上を脱ぐことには何の意味もない。わかってくれたか?」

「違う。これはおとこの娘特有の性癖だから。私は特殊性癖なんかじゃない」

 特殊性癖と言われたことがよっぽどショックだったのかうなだれてしまい、小さな声で言い訳を述べている。

「別に気にしてないけどな。なんでそんなショックを受けているんだ?」

「女の子にとって特殊性癖って言われるのは死活問題なの?」

「おとこの娘では?」

「おとこの娘でも特殊性癖って言われると傷つくの!」

 女の子とおとこの娘の両方で傷つくのか。

 なかなかに不便だな。

「それより食欲は性欲に打ち勝ったの⁉」

 ショックを打ち消すように声を荒げて訊いてくる。

「性欲に反応するものがないから何とも言えない」

 オレには胸をみられて興奮する特殊性癖はないからな。

「それじゃあ」

 そういうと李奈はおもむろにジャージのジッパーを下げていく。

 まさかな。そんなはずはない。

 それはさっきやっただろ。

「えいッ!」

 掛け声とともに李奈は体操服の裾を胸まで持ち上げ柔肌をさらけだした。

 再開するユニセックスの水色のスポブラ。

 わかっていたはずなのに、注意していたはずなのに、それでも目線をそらすことができなかった。目をつぶることができなかった。

 女の子の下着にはそれだけの魔力があるというのか?

「結果はわかったわね」

 そういうと李奈は体操服の裾をもとの位置に戻した。

 さようならスポブラ。もう一度会えることを期待する。

 オレは若干前屈みのまま別れを告げた。


「いい案だと思ったんだけどな」

 まじめな案を出したはずがくだらない結果になってしまった。

「性欲はすべての欲に勝つ!」

「名言風に言わないの」

「こうなったら最終手段を使うしかない」

「最終手段?」

 これだけは使いたくはなった。

「それはまじめなアイデア?」

「まじめではない。けれど、今まで出したアイデアの中では一番効果的だ。ただし失敗する可能性もある」

「失敗の可能性があるのはどのアイデアも同じでしょ」

 成功と失敗の可能性はいつだって五分五分だ。

「もう時間もないし早くそのアイデアを教えて」

「それは…… 」

 言い淀んでしまう。なぜならそのアイデアはとてもばかばかしいからだ。

「どんなアイデアでも怒らないか?」

「怒らないよ。私のために必死に考えてくれたんでしょ。そんな悠聖ゆうせいを怒るわけないよ」

 先ほど出したふざけたアイデアには若干怒ってましたよね。

 そんな優しい目を向けられても騙されないからな。

 どうせ怒られるに決まっている。だってこれはそういうアイデアなのだから。

「さあ、言ってごらんなさい」

 聖母のように両手を広げてオレの懺悔(アイデア)を促してくれる。

 聖母よ。オレの懺悔(アイデア)を聞いてくれ!

「股に挟む」

「……今なんて?」

「股に挟んで女の子のフリをする」

「小学生か!」

 やっぱり怒った!

 というかツッコンだ。

「小学生というかどっちかというと幼稚園児の気がするが」

「どっちでもいい!」

 些細な問題ですよね。

 問題にもなってないかな。

「だいたいどうやって挟むの?やって見せてよ」

「いいか。まず足を開い―――」

「いい!やらなくていい!」

 がに股になろうとしたところで両手をバタバタさせた李奈に止められる。

「でもやらないと分からないだろ」

「やらなくてもわかるよ」

 それなら別にいいけど、好んでやるようなことではないからな。

「そもそも私は悠聖より大きくないから」

「大きくない?」

「なんでもない」

 オレのほうが大きいのか。

 なんだかちょっとうれしいな。

「方法はいいとしてこれっていつ挟むの?」

「いつって?決まってるだろ。今からだよ」

「今から!」

 何を驚いているんだ?

「人前では挟めないだろ」

「それはそうだけど。今から挟んでどうやって歩くの?」

 その点に関しては問題ない。

「モデルウォークをすれば解決する」

「不自然でしょ」

「不自然だがこれ以外に道はない」

 もう時間はない。やるしかないんだ。

「ほかに残された道はないの?」

「ない。アイデアがない。ついでに時間もない」

 唇に手を当てて悩む李奈。

 他の道を模索しているのだろうか。

 やがて諦めたのか一つ溜息を吐くと、李奈は覚悟を決めた目を向けてきた。

「わかった。やってみる。モデルウォークでこの道を歩き切ってみせる!」

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