◆健全なる精神は健全なる肉体を生む
朝のホームルーム。新学期早々オレは疲れ果てて机に突っ伏していた。
―いつから付き合いだしたの?
―どちらから告白したの?
―場所は?
―時間は?
―何時何分地球が何回回ったとき?
などなど様々な質問が荒波のように押し上げてきた。
最後の質問をしたやつは小学生か⁉
その質問に対してオレはほとんど答えることが出来なかったが、それでもクラスメイトたちは納得して満足げに自分の席に帰ってくれた。
―あいつらはいつか付き合うと思っていた。
―やっと付き合いだしたのかよ。
―これで賭けに勝った。
などなどどうやらオレと李奈はいつ付き合いだしてもおかしくない状況だったようで、みんな祝福してくれた。
主に物理的な祝福が多かったのはしかたない。甘んじて受け入れよう。
李奈は男女問わず人気があるからな。
彼氏にしか味わえない痛みとして記憶しておこう。
余談ではあるが委員長も物理的祝福を受けていた。
そんなわけで心身ともに疲れたオレはこうして机に突っ伏しているのである。
隣の席の李奈は面白おかしそうにダウンしているオレを観て笑っている。
自分のせいでこうなったのに全く悪びれた様子はない。まあ、成り行きに任せていいと言ったのは俺だからしょうがないんだけどな。
それでも少しは心配してくれてもいいんじゃないかな?
ほら、オレは君の彼氏だよ!彼女なら優しく頭をなでてくれてもいいと思うんだよね。
甘やかしてもいいと思うんだよね。
下心のある期待のまなざしで李奈を見上げると自然と目が合う。
その目は「男の子なんだからそれぐらい何ともないでしょ」と訴えかけてきたように感じる。
確かに何ともない。大げさに「疲れた~」とかやっていたけど実はそれほど疲れていない。
李奈に男の子とはどういうものか教えると言った手前下手な嘘はつかないでおこう。
疲れていない身体を起こしてホームルームをやっている教壇へと目を向ける。
そこには二年生の時と変わらない担任が新学期の挨拶をしていた。
性別は女性。
二十代後半の外見をしているが実年齢は不明。一説によると還暦を迎えたことがあるらしい。
この中学校に誰よりも長く勤務しているらしく発言力は校長やPTAを凌ぐとも言われている。
実年齢も実力も知られていないミステリアスな女性教師。
黒髪ロングでナイスバディ!男子生徒から奇異の視線を向けられていることが多い。
今日も語尾をやたらと伸ばすして、その妖艶な魅力を余すところなく振りまいている。
「三年生の一年間は勝負の時間です。皆さん受験に向けて頑張っていきましょう~」
まとめの挨拶に入ったらしくホームルームが終わろうとしている。
ずいぶん長いこと机に突っ伏していたらしい。
「はぁ~い。それではこれより三年生最初のイベント身体測定を始めます」
パンッと手をたたくと切り替えるように記入用紙を前列の生徒に配っていく。
「先生。身体測定はイベントに含まれるのですか?」
教室のどこかで当然の疑問が膨れ上がる。
たしかに身体測定はイベントではないと思う。ただ身長や体重などを測って終わりのただそれだけの行事だ。
行事をイベントと捉えるとイベントなのかもしれないが。
「男の子にとっては単なる通過儀礼かもしれませんが、女の子にとってはイベントです。むしろ戦いです!」
戦いなのか?そうだとしたらいったい誰と戦うんだ?
「敵は自分自身。いいですか女の子は体重が0.1㎏増減するだけで一喜一憂する生き物。今日この日の為に体重をコントロールする。それだけのために前日から食事を抜き体重を落とす。中には水まで断った強者までいるでしょう。それはもはやトップアスリートレベルの過酷なトレーニング。故に身体測定は戦いなのです!」
熱弁する女教師。頷く女子一同。
「痩せたいと思う乙女の心。その思いが!精神が!肉体を凌駕するのです!」
まるで大統領の演説のごとく両手を高らかに掲げて熱い思いをぶつけていく。
「健全なる精神は健全なる肉体を生む!」
その瞬間、クラスの女子一同がスタンディングオベーション。
教室内は拍手に包まれた。
感涙にむせび泣く女子生徒。
唖然としている男子生徒。
なんだこれ?
隣の席を見ると李奈も席を立ち、惜しみない賞賛の拍手を送っている。
「おまえは違うんじゃないのか?」
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