◆問題発生⁉

「はぁ~い。それでは男女に分かれて着替えてきてください。男子は教室。女子は更衣室ねぇ~」

 水鳥みずどり先生は先ほどまでの熱い演説が嘘のように艶のある声で生徒たちに指示を出していく。

 女性の声帯は神秘的だな。女は生まれながらにして女優と言われる所以が何となくわかった気がする。


 先生の指示のもと女子生徒たちが教室を後にしない。

 ジャージを机の上に出しておもむろに制服を脱ぎ始める。

 男子生徒たちも何食わぬ様子でいつも通りその場でジャージに着替える。

 オレと李奈りなも同様に着替えを始める。

 うちの中学では基本的に男子と女子が同じ場所で着替える。

 女子更衣室が無いわけではない。先生の話通り女子更衣室はちゃんとある。なんなら男子更衣室もある。

 ただ更衣室の場所が遠いこともあり利用する生徒はいない。

 そんな背景もあり、いつしか同じ教室で着替えるのがこの学校の伝統になったらしい。

 オレたちも入学式のその日に何の疑問も抱かずに同じ教室で着替えたものだ。

 男女が同じ教室で着替える。そう聞いたら夢のような空間に違いないと思うだろうが現実は甘くない。

 なぜなら、男女とも制服の下にしっかりと体操服を着ているからである!


 ……。いや、そこは思春期の中学生じゃん。当然守りは固いわけだし。そうでもしないと学校側から許可は下りないしさ。当然と言えば当然だ。

 制服脱いだらすぐ体操服!

 マニアックな性癖をお持ちの方たちには需要はあると思うけど、そこまでレベルの高い中学生はこの学校には存在しないはずだ。

 オレもなんとも思わず着替えているわけだしね。


 そんなことを思いながら青と白を基調に仕立てられた公立にしてはセンスの良いジャージに着替えていく。

「ちょっといい」

 後ろから引っ張られる感覚に襲われて振り返ってみると、李奈に袖口をちょこっとつかまれている。

 なに?そのしぐさ可愛い!

「ちょっとどころかもうちょっといいよ」

「何を言っているかわからないけど付き合って」

「すでに恋人同士のはずだが?」

「この場合は鈍感主人公よろしく『買い物に付き合うという意味かな』とか勘違いしてほしかったけど」

「買い物に付き合ってほしいの?今日は午前授業だから午後からは空いているから別にいいよ」

 今日は新学期初日ということもあって授業は午前中だけ。学生には何ともうれしい。

 授業といっても身体測定だけど。

「買い物は放課後にね。今は一緒に来て」

 思いがけず放課後デートの約束をしてしまった。


 廊下の端。人目の付かないところに李奈と二人きり。

 付き合っていなければ告白を予感したかもしれない。

「問題発生!」

「何が!?」

「身体測定があると思ってなかった!」

 行き当たりばったりな性格がさっそく災いしたな。

 今後から気を付けようと思っていたんだけどな。今後から気をつけようの今後には今日は含まれていないらしい。

 というか覚えていなかったのか。

 二年生のときも今と同じで新学期初日に身体測定をしていたはずだが。

「先生の演説に感動していたのは何故だ?おまえも前日から飯抜きにしてきたんじゃないのかよ?」

「カリスマ女教師の言葉は女の子には刺さるんだよ」

 わかってないなぁーみたいな顔をされても男の子にはわからないんだよ。

 カリスマ女教師って誰?水鳥先生はカリスマなの?知らなかったよ!

「ちなみに身体測定を忘れていたから朝ご飯はしっかり食べてきたよ」

「むしろ朝ごはんを忘れてほしかったな」

「おなかをすかせた女の子が好みなの?」

「ちげーよ。朝ごはんを抜く方が女の子っぽいだろ」

「おとこの娘だけど!」

「そうでしたね!」

 女の子に扱いするとジト目を向けてくるのはどうにかしてほしいところだ。

 ちなみにおなかをすかせた女の子は可愛いと思う。料理を作ってあげたくなっちゃう。


「それで何が問題発生なんだよ?」

 身体測定なんて診察を受けて、身長・体重・視力・聴力を図るだけのものだろ。何も問題はないはずだ。


「女子はブラを取って診察を受けるの」


 ブラを取って診察を受ける!

 それはつまり上半身裸になるということか⁉

 大事な部分が見えるということか⁉

 何とも夢のある話に聞こえるが気になることが一つある。

「医師の先生は女性だよな」

「当たり前でしょ!何を考えてるの⁉」

 良かった。いくら医者でも彼女の裸を他の男に見られたくはない。

 学校側もそういうところはきちんと配慮しているんだな。

 昨今、何が問題になるかわからないからな。

「でも、なんでブラまで外す必要があるんだよ。服の上からでも診察はできるはずだろ」

「脱衣で診るのは虐待を発見するためだとか、皮膚疾患の有無を確認するためだとかいろいろあるらしいよ。あとブラのサイズがあっているかどうかも確認するらしい。いじめ防止の一環として」

 なるほど脱衣の理由はわかった。

 でも、李奈はおとこの娘になったんだろだったら。

「一応訊いておくがブラは着けているのか?」

 お風呂でみた感想だとそこそこ胸はあったはずだが、女の子のときと比べても胸が小さくなった感じはしない。

 それでも、おとこの娘になったのでブラはつけなくなった可能性がある。

 こんなバカげた質問をするんだったらあのとき脱衣所で着替えをしっかりと凝視しておけばよかった。

「着けてるよ。ユニセックスのだけど」

 そういうと李奈はおもむろにジャージの裾を胸のところまで持ち上げた。

 そこには李奈の柔らかい胸を包む水色のスポーツブラジャーのようなものがみえた。

「///ッなにをしているんだ!」

 とっさのことで目線を逸らすことが出来ずについつい凝視してしまう。

「何って商品紹介?」

「なぜ疑問形なんだ?そしておまえはそのメーカーの関係者か!?」

「何を照れているの?男同士でしょ」

「男同士だとしても元は女の子なんだから、ブラを見せつけられたら普通の男子は照れるの!」

「照れてる割にはしっかりとみてくるんだね。なるほど。またひとつ勉強になったよ」

 納得したようにジャージの裾をもとに位置に戻す。

 オレはそれをついつい残念そうに眺めてしまう。

「みたいならもう一度みせようか?」

「……それはまた今度な」

「素直でよろしい」

 まったくおとこの娘になってから積極的になったというか。距離感が近くなったというか。

 女の子のときよりドキドキするのはいかがなものか。

「……話を元に戻そうか。それでいったい何が問題なんだ?」

 荒ぶった心臓を落ち着かせるため本題に切り込んでいく。

「…… 。えっと、そのぉ…… 」

 李奈は先ほどまでとの態度とは打って変わって急に口をモゴモゴし始めた。

 先ほどまでの人をからかうような態度はどこへ行ったのか?

 目線まで合わせなくなっているし。

「男の子なら察せない?」

「残念だが察することは出来ない」

 李奈が何を言おうか察せることが出来たならそもそもここには来ていない。

「ほら、男の子特有な性癖ってあるじゃない」

「具体的な例は上げられないがあると言っておこう」

 オレにも女の子に言えない性癖の一つや二つある。

 うなじに艶っぽさを感じたり、脇をみてドキドキしたりなど男の数だけ性癖は存在するといっても過言ではない。

「でも、性癖と身体測定にいったいどんな関係があるんだ?」

「直接は関係ないと思うんだけど」

「まさか胸をみられて恥ずかしいってことか?それなら別に性癖には当てはまらないだろ。誰にでもある感情だ」

 オレだって誰かに胸をみられるのは恥ずかしい。異性同性問わずにだ。

 だが、李奈の場合をおとこの娘。きっとオレには理解しがたい苦悩があるのだろう。

 その苦悩を理解することが難しくても支えることは出来るはずだ。

「胸をみられることは許容出来るの。…… 問題なのは先生が女性だということ」

 先生が女性だと問題あるのか?同性なのでは?

「まさか男の先生に見てほしいという願望があるのか⁉それは彼氏としてショックなんだが!」

「違う!そんな願望は存在しない!!」

「もしよければ俺がみてやろうか!」

 オレも一応男だしな!

 一度みているしな!

「そんな願望は存在しないと言っているの!」

 李奈は激昂して荒い息で肩を上下させている。

 少しふざけすぎたかな。

「その願望の話はひとまず置いておいて。女性だと何がまずいんだよ」

「置いておかれても困るけど。まぁいいや」

 李奈は落ち着くように息を整えると、恥ずかしそうに目を伏せてしまう。

 表情がコロコロ変わってなんだが忙しないな。

 前からこんなだっけ?

「今の私にとって女性は異性だと認識できるの」

「おとこの娘だからな」

 その考えだと男性も異性と認識できるけどな。

 それはもともとか。

「女性に胸をみられると。…… 興奮しない?」

「は?」


「…… っちゃたらどうしよう!」

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