07話.[知っていたのか]

「見てよ宗典、この子の可愛さを!」

「もふもふだな」


 もふもふとはいっても生きているわけではなく、もふもふなぬいぐるみだ。

 いつも抱いて寝ているのかどうかは知らないが、彼女のことを家族と同じぐらい見守ってきた存在ということになる。

 それよりもだ、どうして俺は彼女に部屋にいるのか。


「そうだなあ、あ、宗典にこれをあげるよ」

「いや、真彩の相棒達だろ? 簡単に手放したりするなよ」

「そう? まあ確かに大切な存在達だけどだからこそ受け取ってほしかったんだよ」


 でも、手入れとかできる自信がないから受け取ることはやめておいた。

 そうしたら分かりやすく頬を膨らませて「私、拗ねてます」とでも言いたげな顔になってしまったが。


「なんでも受け取っちゃうのも問題だけどね、なんにも受け取らないのも問題なんだからね?」

「真彩がいてくれているだけで十分だ」

「じゃあその先は望まないってこと?」

「一方的にはな」


 自分勝手に求めるならそんなの恋とは言わない、仮に振られるとしても初めての恋を駄目なものにはしたくなかった。


「相手が真彩だからこそこうやって行動しているんだ」

「あーもう分かった分かった、もう言わなくていいから」


 本当に色々表情を変えてくれる。

 笑顔も好きだがこの困ったような顔もいいかもしれない。

 もちろん狙って引き出したりはしないものの、また見られたらいいなと悪い脳が考えた。


「じゃ、そろそろ部屋から出ていいか? 流石に異性の部屋に長くいるのはな」

「え、そんなこといったら普段の私は淫乱じゃん」

「俺が真彩の部屋でゆっくりするのと真彩が俺の部屋でゆっくりするのとでは全く違うだろ」

「え、なにも違わないでしょ」


 違うんだよなあ、というか、俺が落ち着かないから部屋から脱出した。

 家族が途中で帰ってきても嫌だから家からすらも出てしまう。


「待って待って、なんで帰ろうとするの」

「真彩、いつものあそこに行かないか?」

「あ、いいよ?」


 特になにかがあるというわけでもない場所で俺らはよく集まったものだ。

 毎週飽きずに特定の存在と話すためだけに早起きをして、なあ。

 しかも直接話せるわけでもなく、相手は紙でしか会話をしてくれていなかったというのに俺は早くから期待をしていたのだ。


「もしかしてきっかけってあれか?」

「うん、私もそれまで貫井宗典というクラスメイトがいるということしか知らなかったから」

「え、知っていたのか」

「当たり前でしょ、関わることはなくてもクラスメイトの名字と名前ぐらいはちゃんと覚えるよ。というか、直接言ったと思うけど」


 偉いな、俺なんか早々に諦めたから本当にそう思う。

 ただひとつ言い訳をさせてもらうと、中学のときに頑張って覚えたのに全く有効活用できなかったからだ。

 で、結局そこで努力をしたところで意味がないという結論になった。


「あんたもそうでしょ?」

「ああ、あと、あの日が終わるまでは関わることになるとは思わなかった」


 あの日だって声をかけて会場に連れて行った後はすぐに別れた。

 いつも通りひとりで楽しむために他者の存在は邪魔――ではないが、なんか気になるから。


「狙ってやったわけでもないのにこの場所にあんたが来て驚いたよ」

「俺だってたまたまだったんだ」

「たまたまか、この前はその言葉を微妙って感じて帰ったけど、いいたまたまもあるんだね」


 俺にとってはな、だが、彼女にとっては悪いことだった。

 いやまあ直接言うことは学習能力がなさすぎるから言わないが、俺とあんなことになっていなければもっといい男子と仲良くできたからだ。

 まあ「あんたと決めているから」という言葉に簡単に負けて泊めさせたりしてしまっている俺が言っても説得力はない。

 でも、内側でだけでもちゃんと出して調子に乗らないようにしなければならない。


「私、あんたのことが好き」

「になる予定、というところだろ?」

「ははは、なに慌ててんの?」

「……冗談ではないのか、本当に後悔しないか?」

「しないよ、そもそもいまはできないでしょ」


 それならとひとつ約束をしてもらった、離れるときはなにも言わずに離れてほしいとぶつけた。

 彼女は微妙そうな顔をしつつも「分かったよ、で、返事は?」と。


「言っただろ、真彩だからいいんだよ」

「うん、じゃあそういうことでよろしく」

「おう――なんか急に大胆だな」

「そう? 一緒の部屋で寝ることに比べたらこんなの普通だよ」


 そうか、そういうものか。

 順番を間違えたということなら初めて同士のらしさが出たことになる、なんてな。

 真彩が本当に初めてなわけがない、流石にそれだけは信じられない。

 だが、これまた学んで成長しているから口にして怒らせるようなことはしなかったがな。


「バレンタインデー前に関係が変わるとはねえ、私としてはもうちょっとぐらいかかる予定だったんだけど」

「真彩が経験者らしく積極的にきてくれたからだろ」

「ん?」

「いや、気になる異性とそういう関係になれて嬉しいよ」


 気づいてくれなくて助かった。

 まあでも、実際に経験者らしく動いてくれたからこそこうなっているわけだから嘘を言っているわけではなかった。




「どもども、今日も相変わらず寒いよね」

「そうだな」

「横、失礼します」


 意識して一緒に過ごそうとしているわけではないものの、岡倉とこうして過ごす時間も増えていた。


「男の子に興味を持てない、私は真彩さん派とか言っていたけどさ」

「はは、それで真彩に冷たい反応をされていたよな」


 真彩の顔が見えない位置にいられて本当によかった。

 もしあのときの顔を見てしまっていたらそういう顔をされてしまうかもしれないと恐れて行動できていなかっただろうから。


「うん、それでなんだけど、貫井君と一緒に過ごしていたら変わってきたんだよ」

「気になる異性とかできたのか?」

「いや、それはいたけど可能性がなくなったというか……」


 まあ、恋なんてそんなものだろう。

 俺の場合はたまたま真彩がもの好きだったというだけで、そうでなかったら全くアピールもすることなく終わっていた。


「風遊、もしかして宗典のことが気になっていたとか?」

「だ、だって優しくしてくれたから」

「ふーん、単純なんだね」

「「うっ」」

「ん? なんで宗典も同じような反応をするの?」


 そんなの……俺も優しくしてくれる彼女を意識してしまったからだ。

 男が全員そうとは言えないが、少なくとも俺はそれだけで簡単に影響を受ける人間だったから。


「なんて、私もあんまり人のことを言えないか」


 彼女はなんとも言えない笑みを浮かべてから前の席に座って、それからこっちを見てきた。

 変なことをしているわけではないからしっかり彼女の目を見ていたわけだが、ぷいと目を逸らされてえぇと言いたくなった。


「というわけで私とも連絡先を交換してほしいんだけど、あ、ついでに名前呼びも」

「真彩」

「別にいいよ、ちゃんと私が彼女なんだと忘れないでくれれば」

「忘れられるわけがないだろ、じゃあ頼んだ」


 こういうことに関しては彼女にどんどん聞いていけばいい、勝手に行動して後々怒られるぐらいなら余計にな。


「えっ、私が操作するのっ?」

「宗典なんてそんなものだよ」


 彼女はこういう呆れたような顔も得意だ、というか、呆れたとか困ったとかそういう方向が多すぎて困る。

 一応関係が変わったわけなのだからもう少しぐらいは、なあ。


「私にだって全く送ってこないからね」

「そうなんだ、あ、はい」

「おう」

「だから期待しない方がいいよ、そもそも彼女よりやり取りをされていたら嫌だし」


 学校に行けば話せるからいまから変えるつもりはない。

 そのことをぶつけてあるから問題にもならない。

 やり取りがしたいのであればここにいる風遊とすればいいだろう。


「風遊、ちょっと話があるんだけど」

「うん」


 彼女が風遊を連れて行ったことでひとりとなった。

 まあここは外というわけでもないし、適当な時間になったらひとりで戻ればいい。

 それにしても二月か、やっと話してくれるようになったときからあまり経過もしていないのにここまで変わるとは。


「ただいまー」

「もしかして戻らせたのか?」

「いんや? 風遊が自分で戻っただけだよ」


 と言いたいところだが、変わったことはそれぐらいで他のところの変化は全くないというのが現実だ。

 触れてきたのはあのときが最後、それ以外は一緒に帰ったりしているだけだ。


「さてと、行動を制限したいわけではないけどしっかり話し合わないとね」

「相手はさせてもらうけどあくまで真彩が一番だぞ」


 彼女が側から消えるまではずっとそうだと言える。

 浮気をする人間ではない、好きな異性が側にいてくれているのに他の異性を優先するわけがないだろう。

 それほどもったいないことはないし、そこまで馬鹿な人間でもなかった。


「う、うーん」

「疑わないでくれ、俺だってもう疑っていないんだから」

「ん?」

「とにかく、真彩がいるのに風遊を優先するということはない」


 また、風遊は俺達が付き合っているということを知っているから積極的に邪魔をしてくるということはないだろう。


「分かった」

「おう、じゃあ戻るか」


 やることをやってからでないと気持ち良く休むこともできない。

 ひとりのときでもそうやってきたからしっかり守れているのはいいことだ。

 彼女ができたからって浮かれて集中できずにいたら駄目になるから、いくら家で家事なんかをしても堂々と父と接することができなくからだった。

 そう考えると特に変化がないのはいいことなのかもしれない。


「おーい、固まってどうしたの?」

「真彩は俺のために甘えたりしないでいてくれているんだな」

「え? 単純にちょっと恥ずかしいからだけど」

「あ、そうなのか」


 ま、まあ、意識してしていなくてもそれで助けられているわけだから気にする必要はない、今日も同じように感謝して生きればいい。


「でも、ちゃんとするよ、そうしないと宗典は風遊に負けそうだから」

「負けないよ」


 信じられないということなら時間経過を待つしかない、そうしないと証明ができないことになる。

 それまでいてくれればいいが、彼女はいてくれるだろうか、じゃないよな。

 疑わないって決めたのだからそれも守らなければならないことだった。




「いらっしゃいませ」

「えっと、あ、これをひとつ――」

「これをふたつお願いします」

「かしこまりました」


 横を向いてみると「偶然だね」などと言って風遊が立っていた。

 自分が食べたい物を頼めばいいのになにをしているのかと言いたくなる、が、まあ別に悪いことではないから口にはしなかった。

 とりあえず代金を払ってから少し待機。


「今日真彩ちゃんは?」

「疲れたから寝るってよ」

「そっか、じゃあ宗典君と一緒にいてもいい?」

「別にいいけど」


 物、アイスを受け取って近くに設置してあるベンチに座る。

 あまり無駄遣いをしているところを見られたくなかったが、食べたくなってしまったから仕方がないということにしている。


「あ、同じ味だから交換することができないね」

「だな」

「まあいいや、いただきまーす」


 寒い中敢えて冷たいアイスを食べるのもまたいい行為だ。

 誰かがいてくれているのも影響している……よな。

 ひとりでぼそぼそ美味しいとか吐いていたら変人になるから。


「このことは私から真彩ちゃんに言っておくから安心してね」

「そうか」


 というか先程別れたはずなのにどうしてここにいるのかという話だ。

 別れたところを見て追ってきたのか? あれが嘘でなければ俺に興味があったというわけだから違和感はないが。


「美味しい、やっぱり甘い食べ物は最高だね」

「俺も好きだぞ、あんまり買わないけど」

「はは、ちょっとお高いからね」


 今月分はこれで使い終わってしまった。

 なにが起こるかは分からないからしっかり貯めておかなければならない。

 真彩とデート、とかになったときに使えるようにしたいというのもあった。

 まあでも、少しケチくさいところもあるのは分かっている。

 友達といるときぐらいはもう少しぐらい……。


「あ、いま大丈夫?」

「大丈夫だけどどうしたの?」


 まだ寝られていなかったみたいだ、声もいつも通りでしかない。

 ただ後で怒られそうだ、夜になったら「どうしてあんたから言ってこないの」とかぶつけられそうだ。


「いま宗典君といるけど怒らないでね、別に狙ってはいないから」


 狙ってはいないからは余計だろう、風遊と過ごす度に振られることになることを考えると気分が下がる。


「これ、宗典は聞こえてる?」

「うん、スピーカーモードで話しているから」

「宗典、やっぱり眠たくなくなったから終わったら家に寄って」

「分かった」


 回数が少ないのもあって真彩の家に上がらせてもらうのはまだ微妙だ。

 あ、でも、関係も変わったから別にいいのだろうか。


「じゃ、いまからは風遊にだけ聞いてほしいから解除して」

「え、だ、だから狙ってはいないってっ」

「違うよ、女子トークというやつですよ」


 アイスを食べ終えたのと、真彩に頼まれたからなのか風遊とは分かりやすく距離ができた。

 なんとなく先に帰るのも違う気がして待っていたら三十分も経過したという……。


「ご、ごめん」

「いいよ、風遊を送ったら真彩の家に行くわ」

「いつもありがとう」


 スーパーからの真彩の家みたいにスムーズにはいかないが関係ない。

 こういうことになったらなる度に送ればいい。

 嫌だと言われれば俺だって無理やりやろうとしないし、逃げられても追おうとはしないから安心してほしかった。


「じゃあな」

「うん、また明日ね」


 距離は遠いわけではないから真彩の家にはすぐに着いた。

 インターホンを鳴らす必要はなく、近づいたら「よ」と言ってきたから返した。


「中にいればよかったのに、寒かっただろ」

「大丈夫、風遊と女子トークで盛り上がっていたからね」

「じゃ、どうする?」

「そんなの部屋に連れ込むに決まっているでしょ」


 あぁ、結局上がることになるのか。


「リビングよりは落ち着くでしょ?」

「そうだな、リビングよりはいい」

「じゃ、一時間ぐらいゆっくりしようか」


 彼女の両親は俺の父みたいにあまり帰宅時間が早くないから急ぐ必要はない、しかもいまここにいるのは真彩だけだ。


「宗典の足を貸して、よいしょっと」

「臭くないか?」

「うん、それどころか楽だよ」


 してもらう側になるよりする側になった方が気楽だった。

 問題な点を挙げるとすればこのときはちょくちょく攻撃されるということ、何故か腹を優しく叩かれたり腕をぺちぺち叩かれたりするから困ることにもなる。


「ゾンビが襲ってきたら宗典が盾になってね」

「俺なんかすぐに食われて終わるだろうな、それで真彩とか他の強い生きている人間が俺を殺すんだ」


 なんの躊躇もなく化け物だからということでとどめを刺されそうだった。

 なんか痛そうだからハンマーとかよりも銃で脳を破壊された方がいいな。

 踏み潰されたり、粉砕されたりしたら流石に悲しすぎる。


「私も俊敏に動けるわけじゃないからあっという間に死にそう」

「いっそのことさっさとゾンビになって仲間を増やすか」

「えぇ、少しは頑張ろうよ」


 頑張って頑張って頑張った先で死ぬぐらいならって考えてしまう。


「気になって一緒に過ごして仲良くなってこうして付き合えたんだから真彩とはずっといたいぞ」

「な、なんですぐにそっちに持っていくの……」


 いざこうすると微妙そうな顔をするのは何故だろうか。


「ちゃんと言っておかないと後悔するからだ、今日のも風遊に言わせたのは失敗だったよな」

「あーまあ、確かにそういうのはちょっとね」

「だから今度からはあのときみたいに言うよ……というか、聞くよ」


 それで喧嘩をせずにいられるのなら一番いいやり方だ。

 勘違いしないでほしいのは風遊とふたりきりがいいというわけではないということだった。

 どんどん来てくれればいいではなく、どんどん来てくれないと困る。

 拗ねて距離を作られることだけは避けたかった。

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