06話.[頑張りますかね]

「喧嘩しちゃったの?」

「え? また急だな」


 放課後の教室で適当に休んでいたら岡倉が変なことを言ってきた――いや、戎谷のことを言っているのは分かるが……。


「あれだけ一緒にいたのに新しい年になってからは一緒にいないから心配になるよ」

「喧嘩をしたわけではないぞ、それよりももう暗くなるから帰った方がいい」

「そうなんだ、それならよかったよ」


 あれから来ていないというだけでこちらとしては喧嘩したつもりはなかった。

 でも、この感じだともしかしたら岡倉の発言通りなのかもしれない。

 とはいえ、俺からは近づかないというルールはいまでもあるからどうしようもないので、俺は俺らしくここでぼうっとしているというわけだ。


「ふぅ、やっぱり人がいないと落ち着くよ」

「帰らなくていいのか?」

「うん、ちょっとゆっくりしていこうと思ってね」


 それならこっちは離れるとするか。

 まだ帰るわけではないが、人がいない方がいいだろうから。

 戎谷に勘違いされないためにとかそういうことでもない。


「あ、もう帰るの? 気をつけてね」

「岡倉もな、またな」


 父の帰宅時間が結構早いから十七時ぐらいまで時間をつぶしてから帰ろう。

 十七時に終わるといってもそこから徒歩で帰宅だからその瞬間に帰ってくるわけではないからこれでいい。

 家で休めばいいだろと言われてしまいそうなことではあるが、なんとなく残っていきたくなったから仕方がないのだ。


「やっぱり帰るか」


 さっさと帰って飯を作ってから休んだ方が遥かに効率的だ。


「あ、貫井だ」

「戎谷か、そろそろ暗くなるのにどうした?」


 普通に話しかけてくるのか。

 来なくなったと思ったらこれだからよく分からない子ということになる。


「いまから貫井の家に行こうとしていたんだ、だから丁度よかったよ」

「そうか、じゃあ行こうぜ」


 合流した場所が自宅近くだったからすぐに着いた。

 飲み物を渡してから休まずに飯を作り始める。

 なんのために来たのか、ここではっきりとしてくれればいいが。


「色々なものを整理するために行っていなかったんだ、だけど片付いたからまた貫井と一緒に過ごすよ」

「岡倉が喧嘩したのかってさっき言ってきたよ」


 これまで一緒にいた人間達がいきなり一緒にいなくなったら気になる……のかもしれない。


「喧嘩か、確かに私的にはそうだったのかもしれないね」

「そうか、じゃあ無理をするなよ」

「もう、だからそれやめてよ」

「悪い」


 とりあえずそんな会話をしている間に作り終え、リビングの方に戻った。

 ソファに座っている彼女の横にはなんとなく座りにくかったから近くの床に座る。

 彼女と過ごして初めて気まずさを感じているような……気がする。


「できるだけ他の女の子と過ごしてほしくないのさ」

「岡倉ぐらいしかいないし、岡倉は俺に興味がないからいいだろ?」


 友達ではないとか言っておいてあれだが、やっぱり話せる存在が他にもいてくれるというのはありがたいことなのだ。

 俺みたいな関係を長期化できない人間なら尚更のこと、自然と来てくれる存在に適当なことはしたくない。


「うーん、私と仲良くしたいなら他の女の子と仲良くするのはやめてとか言うつもりはないけどさ……」

「俺は戎谷がいいんだ」

「うーん、その割にはなんにもアピールしてくれていないけど……」

「アピールってどうすればいいんだ?」

「えー、それを相手である私に聞くの……」


 彼女がいいんだと言い続けることがアピールになっていると思うが。

 だけど本人的には違うらしい、分からないなら聞くしかない。

 分からないなら聞くというのは普通のことなのだ、いつまでもごちゃごちゃ考えてなんにも行動できずに終わるよりはよっぽどいいはずだった。


「これからは一緒に登校しよう」

「場所的に難しくないか?」

「確かに、じゃあ……え、どうやってアピールをすればいいんだろう」


 イケメンでもあるまいし、頭を撫でたり手をぎゅっと握ったりしたところでいい反応はしてもらえないだろう。

 つまり俺から動くことを期待していることがおかしいということになる。

 というか、そうやってさらっとできてしまえるような人間ならここまで非モテではなかった。


「その点、戎谷は簡単だよな、だって俺的には一緒にいてくれるだけでありがたい」

「な、なんかそれだと私がわがままみたいじゃん」

「別にそんなことは言わないよ」


 これからどう変わっていくのかは全て彼女次第だ。

 俺は付いていくだけで精一杯、口先だけで信じられないから離れるということなら仕方がないと思う。

 俺だって相手の行動を制限したいわけではないから、そんなことになるぐらいなら一緒にいられない方がいい。


「えー、もしかして初めてなのに自分から動かないといけないやつ……? はぁ、貫井が情けないばかりに……」

「悪い」

「って、冗談だよっ、ふぅ、ま、頑張りますかね」


 名字呼びに戻っているのは最初からやり直しをしたいからだろうか。

 とにかく、俺はいつものように相手をさせてもらうだけだった。




「おかずをどうぞ、いつもご飯だけで気になっていたので」

「ありがとう」


 おかずがあるというだけで結構変わってくるものだ、彼女が作ってくれたというのも影響していると思う。

 だけどこれだとまたしてもらうだけになってしまうのが気になるところだった。


「あの、風遊を呼んできましょうか?」

「なんで敬語なんだ? それに自分から来ない限りはいいよ」

「なんとなく言ってみただけ」


 彼女は立ち上がるとこっちの肩に両手を置いてきた。

 隣に座っていたのだから座りながらでもできたのに何故だろうか。


「結局、まだ泊まれてもいないよね」

「そうだな」

「だからそろそろ本当に泊まろうと思って」

「おう、いいぞ、今日にするか?」

「うん、今日こそ絶対に泊まるから」


 それなら彼女が荷物を取りに行っている間に菓子でも買ってくるか、ついでに買い物も済ませてしまえばかなり楽になる。

 外にいるのは好きだが何回も何回もスーパーに行かなければならないというのは流石に面倒くさいしな。


「じゃ、俺は菓子とか買ってくるよ」


 なんにも変わらない一日だから常に冷静にいられる、放課後までなんのトラブルもなく過ごせるっていいことだ。


「私も行く、いちいち別行動とか必要ないでしょ」

「そうか」


 スーパーは彼女の家の方にあるから面倒くさいことにはならない。

 それに不安定といえば不安定だからなるべく一緒にいた方がいい。

 あとは普段菓子とか買わないから選ぶのを任せられるというのもよかった。


「私は貫井って決めているから部屋で寝るからね」

「それなら布団を持って上がらないとな」

「客間があるならそこでもいいよ? 一緒の部屋ならそれでいいんだし」

「俺の部屋は残念ながらなにもないからじゃあ客間にするか」


 必要な物を買ってから彼女の家へ。

 正直、泊まらせるとか言ってこなくてよかった。

 もしそうだったら断って、また一緒に過ごさない日々になるから。


「お待たせー」

「荷物持つよ」

「それならお菓子は私が持ってあげる」

「はは、これは戎谷のだから頼んだ」


 気にせず追いかけることができる人間だったらこうはなっていない。

 でも、言い訳をしないでそろそろ変えるべきなのかもしれない。

 極端なことをするつもりはないが、いまよりも少し積極的なところを見せておかないと本当に去られてしまうような気がする。

 離れたがっているのなら仕方がないとかああいうのはただ言い聞かせているだけにすぎない。


「戎谷、俺は戎谷のことが気になっている、八月からずっとそうだ」


 夏祭りの日まではただのクラスメイトでしかなかったのに一気に変わったのだ。

 細かく言えば翌日からだが、それでもあれがきっかけだったことには変わらない。

 こんなことは初めてだった、昔の俺なら早々に諦めていたはずなのだが……。


「うん」

「少しだけでも相手をしてくれるだけで俺は嬉しかった」

「毎日朝は話しかけてきていたよね」

「ああ、途中からはそのために早く登校していたわけだからな」


 まあそれは戎谷の態度、行動も影響している。

 分かりやすく警戒などをされていたらここまで頑張れてはいない。


「思い出してみると課題が出ているときだけではなかったよね、雨とか体育がある日はそれ関連のことだったし」

「俺が突っ伏している相手に、しかも異性に話しかけるなんてレアだぞ」

「直接話すようにしてよかったよ、あれがなかったら……はぁ」


 俺の腕に優しく拳を当ててから「勇気がない子が相手だからねー」と。

 だけど確かにあれがなかったら出かけたりとかはできていなかったことになる。

 そうしたら一緒にいられる機会も減って、俺のことだから友達のままでいいとか諦めていたことだろう。


「あのときはドキドキしていたけどね、何事もなく終わった後も心臓は速く動いていてさ」

「俺としては紙での会話をやめてくれて嬉しい、それだけだったぞ」

「うん、貫井ってそういう子だよね」


 ただただ面倒くさかったからだとしてもどうでもよかった。

 敬語もやめてくれたし、はっきり言ってくれそうだったから期待した。

 ただ、残念ながらあまりはっきりと言ってくれてはいないが。

 分かりやすく距離を作ったり、○○は駄目だと言ってくれていいのだ。

 一緒にいられるのなら直そうと努力をする。


「着いたな、いま開けるよ」


 変わらないからこそ落ち着く空間となる。

 いつも通りリビングに上がってもらって、飲み物を渡しておいた。

 制服から着替えるために部屋に移動したら何故か彼女も付いてきてしまった。


「やっぱりこっちで寝ようかな」

「どっちでもいいぞ」


 彼女はベッドの端に座って「ここにはもう慣れたから」と。

 テスト期間中はずっとここに来ていたからそういうものなのだろう。

 ソファだろうが床だろうが寝られる自分としては屋内ならどこでも――トイレとか風呂場とか以外ならどこでもよかった。


「でも、貫井はドキドキして寝られないかもよ?」

「もしそうなったら戎谷に相手になってもらうからいいよ」

「あ、相手になってもらうって……なんの?」

「会話相手だろ、それ以外にあるか?」

「はぁ、そうですか」


 とはいえ、明日も学校があるから夜更かしはさせられない。

 だからまあそうなってもひとりで頑張って寝ようと決めたのだった。




「貫井、起きてる?」

「ああ、目を閉じてから三秒とかで寝られる人間ではないからな」


 ちなみにこれ、数秒前にも聞かれた形になる。

 どうやら戎谷の方が寝られないみたいだった。

 ドキドキしているのか、それとも後悔をしているのか、本人ではないから本当のところは分からない。

 分からないが、このままだと寝不足になってしまうことは確定しているわけで。


「寝られないよ……」

「目を閉じて集中していれば気づけば朝になるだろ」

「自分から距離を作っていたくせにいざこうなったらこうだから馬鹿だよね」

「そんなことはないよ」


 自分のことを悪く言っていたって仕方がない、変えたいならこれから気をつけるしかない。

 自分の選択を後悔することはこれからもあるだろうが、まあ、先にできないから後悔なのだ。


「そうだっ、ちょっと外を歩こうよ」

「別にいいけど終わったらちゃんと寝てくれよ、寝不足の状態で学校に行ってほしくない」

「う、うん、ちゃんと守るから行こう」


 今日も上着を貸すことになったものの、この前と違って着ていた物を貸すことになったわけではないから気にならなかった。

 時間も時間だから少し後ろを歩くことにする、並んでいたら急襲された場合守れないからな。


「そうだ、真彩って呼んでいいか?」

「い、いいけど?」

「あと、心配だから手を掴んでおく」

「……それは貫井が触れたいだけでしょ」

「時間を考えてくれ、まあ、許可した俺もあれだけど」


 いつものあの場所まで行って帰ってくればいいか。

 というか家だって全然違う場所にあるのによく来ていたよな、両方の家からそう近くもないというのに面白い偶然もあったものだ。


「で、どうした?」

「余裕で寝られると思っていたんだけど、さ」

「信用できないってことか?」

「はあ~、違いますっ」

「じゃあ……緊張ってところか」


 彼女はこっちの手を思い切り握ってきてから「それしかないでしょ」と。

 信用できないなら色々理由を作って夜中とはいっても走り帰っているか。


「離れていたからかな、なんか余計に意識しちゃうんだよね」

「どうしても寝られないなら別々の方がいいな、さっきも言ったけど寝不足状態で通うことになってほしくないから」

「うーん、そこまでではないんだけど……」

「それならこうして寝るとかどうだ?」

「すぐそこにいるだけでも意識しちゃうのに手なんか握っていたら寝られないでしょうが」


 なんて言っていた彼女だったが、


「三分もかからなかったな」


 すーすーと気持ち良さそうに寝息を立てている少女の完成となった。

 俺の方は全く問題ないからそのまま朝まで寝て、家事をするために移動しようとしたらできなかった。


「器用だな」


 もうこっちは握っているというわけでもないのに繋がったままだ。

 起こすのも申し訳ない、ただ、いつまでもここにいるわけにはいかない。


「おーっす」

「父さんか、おはよう」


 実行のために結局客間になったわけだが、父に教えたわけでもないのによく分かったなと言いたくなった。

 部屋をいちいち確認するタイプというわけでもないし、ただの勘で行ってみたらというやつだろうか。


「おう、俺はもう行くから鍵とか頼んだぞ」

「まだ六時だぞ?」

「ちょっと用事があってな」


 怪しいな、用事ってなんだよ。

 まあでも行ってしまったから諦めて真彩を起こすことにする。

 ずっと手を握られたまま起きるのを待っていたらふたりとも揃って遅刻だ。


「真彩、起きろ」

「……あ、そういえば……」


 彼女は静かに体を起こすと「おはよう」と挨拶をしてきたから返しておいた。

 寝相がいいのか、元々関係ないのか、髪の毛が爆発していたりはしない。


「俺が無理やり泊まらせたわけではないぞ」

「分かってるよ……」

「じゃ、洗面所に行こうぜ」


 必要なことを済ませた後にそういえば昼飯はどうするのかと考えることになった。

 俺だけならいつも通りふりかけご飯でいいものの、彼女の分まで用意することはできないから。


「このままだと昼、困るよな」

「あー、確かに」

「休日にするべきだったか、悪い」

「貫井――宗典が謝る必要はないでしょ、泊まることを決めたのは私なんだから」


 これまでずっと食べないで過ごしてきたのだから半分でも我慢できるか。

 なので、今日は彼女にもふりかけご飯を食べてもらうことにした。

 残念ながらそれで朝食分がなくなったが、彼女は「気にしなくていいよ」と笑って終わらせてくれた。


「我慢させているということだからあまりいいことではないけど、俺は真彩のそういうところが好きだ」

「だからさ、そもそもわがままを言っているのは私なんだから当たり前でしょ」

「違うよ、当たり前のことなんかない」

「むぅ、なんか変わりすぎてキモい……」


 仲良くなれることはなくても悪口を言われたことはほとんどなかったからいまのは最高に傷ついた。

 いざ実際に動いたら動いたでこれだから余計にというか……。


「い、行くか」

「ふふ、着替えてくるから待ってて」

「あ、そうだな、じゃあ外で待ってる」


 しかも悪く言った後に笑うとかSなのだろうか……。

 俺はMではないから普通に優しくしてほしい。

 それとも俺がMになるように敢えてしているとか? もしそうなら異性が怖くなるだけだからやめてほしかった。


「お待たせ」

「真彩、俺はMじゃないし、M男にはならないぞ」

「は?」

「な、なんでもない、行こう」


 朝は危険なことなどは全くないだろうから少し前を歩いていた。

「待ってよ」と声をかけてくる真彩が怖くて仕方がなかった。

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