05話.[そうでもないよ]
「おはよー」
「本当に来るとは思わなかった」
十二月二十六日、寂しい二日間を過ごした後にこれだからありがたい。
家族と過ごすというのは嘘で男と過ごしていると思った。
疑いたくはないが、ひとりの時間が多くてついついそんなことを考えてしまったことになる。
「二十六日からは大丈夫って言ったじゃん、それにこれをやろうと思ってね」
「おでんか、分からないなりに手伝うぞ」
「うん、食材も買ってきたから頑張ろう」
って、金は出さないと不味いだろ。
今日は丁度買い物にに行こうとしていたところだからレシートを見せてもらってその分を渡そ――うとしたら断られてしまった。
「さて、手を洗――」
「貫井は座ってて、私が全部やるから」
なんてことだ、まだ朝なのに戦力外通告を受けてしまった。
下手に動こうものならやっぱりなしとなりそうだから大人しく座っておくことにするが、時間が経過する度に落ち着かなくなってくる。
もしこれもこちらを試してきているとしたらどうする? そのまま鵜呑みにして休んでしまった時点で終わりだろう。
「結構時間がかかるんだよな?」
「んー、そうでもないよ? だからひとりでも全く問題がないんだよ」
だからって本当になにも動かないのは問題だろう。
とはいえ、勉強をしたわけでもないから邪魔になるところしか想像することができないため、家の掃除でもしておくことにした、なにもしないで見ているぐらいなら動いている方がマシだった。
「寂しかった?」
「寂しくなかった、それどころか戎谷がこっちと過ごすことを決めなくて本当によかったと思ったぞ」
それどころかあのとき残念とか寂しいとか言ってしまったことを後悔した。
これからは余計なことを言わないようにする、……俺にできるだろうか。
まあでも、やるしかないよな、そうしないと気になっている異性に迷惑をかけてしまうことになるのだから。
「む、なにそれ」
「俺と過ごすことで時間を無駄に消費するのはもったいないしな、それにクリスマスなんかに異性と過ごせたら俺は調子に乗ってしまうからあれでよかったんだよ」
普段は掃き掃除ぐらいしかしないから拭き掃除もすることにした。
もう年末だからタイミング的にもいい、汚い家というわけではないが奇麗な状態で新年を迎えたい。
軽い掃除と軽い家事ができれば一ミリぐらいは父のために動けているということになる……よな? とにかく信じてやっていくだけだ。
「じゃあ私は現在進行系で無駄なことをしているってこと?」
「もったいない状態ではあるな、俺的にはありがたいけど」
「それなら余計なことを言わないでよ」
「悪い、まあでも俺なりに依存しないように気をつけているんだよ、自分から近づかないようにしているのはそういうところからきているぞ」
「はあ~、どうすればあなたは自信を持って行動できるようになるんですかね」
どうすればって……どうすればいいんだろうな。
露骨な感じの戎谷がこうして来てくれてもこれなのだから、距離が少しでもできればあっという間に終わるだろう。
女子のことが信じられないとかそんなレベルになることはないだろうが、やっぱり俺に恋愛は無理だと諦めることになる。
「離れたくなったらいつでも言ってくれ」
「はあ~」
こういうことに関しては何度も言っていけばいい。
そうしたらいつかそのときがきても想定外のことではなくなるから、彼女は自分のためにそう行動したのだと諦められるから。
一緒にいてくれ、離れないでくれ、そんなことを言う人間より遥かにマシだ。
「……物理的接触をしても不安になるだけだろうしなー」
「だな」
「だな……って」
黙ってしまったから廊下の掃除をしていく。
掃除は気持ちがいい、気まずい空気もなんとかしてもらえる。
しかもやればやるほど奇麗になるのだからやらなければ損というものだろう。
「貫井」
「帰るのか?」
「違う、ちゃんとこっちを見て」
手を止めて見てみたら腹に拳を突きつけられた。
「私はあんたがいいの、だからなんとかしてよ」
「そうか」
それからこっちの手を握ってきて中途半端な顔で笑った。
こういう顔はあまり見たくないな……って、俺のせいだよな。
落ち着こう、こちらが常に冷静でいられればそれでいいのだ。
「うん、というかひとりにしないで、なんか不安になってくるから」
「ここを終えたら戻るよ」
「早く戻ってきてよ」
頷いて掃除を再開。
甘い、自分に甘すぎて笑えてくる。
でも、もうこうなったらとにかく信じて行動するしかない。
俺がしっかりしていないと岡倉の手伝いもできなくなる。
「うーん」
「どうした?」
早くも後悔したとかそういうのは勘弁してほしかった。
これからマジで頑張るから離れないでほしい、自分のためで悪いが信じて行動すると決めた瞬間にそれだときつい。
「あ、私流だと一時間ぐらいでできちゃうから夕方頃に作るべきだったかなーって」
「戎谷……」
「え、な、なにその顔……」
「いや、父さんのことも考えてくれているんだなって思ってさ」
「そ、そりゃまあこうして使わせてもらっているわけだからね」
もうこれだけで父は泣くことだろう。
ついでに俺も安心から泣きそう――なんてことはなく、ほっとしたのだった。
「うぅ、可愛くて若い女の子が作ってくれたご飯を食べられるなんて……」
「お、大袈裟ですよ、どうぞ」
「ありがとう!」
父はいつもこんな感じだから気にならなかったが、戎谷が困っていそうだったら動こうと決めた。
「宗典も」
「ありがとう」
「じゃ、いただきましょうか」
ただ、父もいい大人だから困らせるようなことはなかった。
今日以外は避けられ気味というのも影響していたのかもしれない。
しかし、こうして同じ料理を一緒に食べているというのは不思議だ。
「味がよくしみているな」
「でしょ? なんかネットで煮込みすぎない方がいいって書いてあってね」
「上手なんだな、羨ましいよ」
彼女みたいな人間ではなくても父的には娘がいてくれた方がよかっただろう。
残念ながらいまからなにを言ったところで変わらないのが現実だが、こうして何度か連れてきてやれば喜んでくれそうな気がする。
「いや、宗典だってご飯を作れるでしょ」
「それでも丁寧さが全く違うからな」
「もう、別にお世辞とかいいから……」
やはりあれか、父がいると気になるのか。
俺だって彼女の母とか家族がいたらこうなることは確定している。
「酒が飲みたくなったから買ってくるわ、一時間ぐらいしたら帰るからよろしく」
「は? 明日も仕事だろ」
「まあまあ、せっかくこんなに美味しいおでんがあるのに酒がないともったいないだろうが」
ああ、これも父なりに考えてというやつか、「気をつけてくださいね」と彼女に言われてやらしい笑みを浮かべて出ていったが。
「空気を読んだつもりなんだよ、なんか悪い」
「もう慣れてきたから大丈夫だったんだけどな」
「嫌わないでやってくれ、いい人なんだ」
「分かってるよ、それに宗典のお父さんだしね」
いや別にそこは=として繋がっているわけではない。
父は父、俺は俺だ、俺のいいところは……あるのか?
それよりもだ、こうしてふたりきりになったからってなにかができるわけではないわけだが……。
「食べ終えたら送る、これ以上は多分怒られる」
「え、そんなのないよ?」
「それでも朝からずっといるわけだからさ」
「なるほど、じゃあ送ってもらおうかな」
丁度いい量だった、父もまだまだ楽しめる量が残っている。
鍋を返すのは明日にして、彼女を家に返すことにした。
「あのときは泊まれなかったから冬休みは再チャレンジするよ」
「はは、いつでも来てくれ、俺と父さん的には来てくれた方がありがたい」
「うん」
長くなったら意味がないから自宅前ですぐに別れた。
寄り道をしないと決めていたものの、戻っているときに岡倉を発見して近づく。
「あ、貫井君だ、こんばんは」
「おう、それよりこんなところでどうしたんだ?」
ここは戎谷といつも集まっているところではあるから距離が遠いわけではないが、もう既に暗いから帰るべきだ、女子なのだから言われる前に自分で帰ってほしいところだった。
「ちょっとゲーム依存症気味になっているからなるべく外で過ごすことにしているんだ、貫井君はどこかに行っていたの?」
「戎谷を家まで送ってきたんだ」
「おお、冬休みでも真彩ちゃんといられているんだね」
「おう、それより送るよ」
相手が戎谷でなければこうして簡単に動くことができる、仮にこれで気持ちが悪い人間だと判断されても俺的には無傷で済む、それよりもこうして話したのに見て見ぬふりをする方が嫌だった。
「んー、確かにそうだね、そろそろ帰る――ん?」
「送る、別に変なことはしないぞ」
「い、いや、そうじゃなくて……」
彼女が指をさした方を見てみると腕を組んで立っている戎谷が見えた。
先程確かに別れたはずなのになにをしているのかと言いたくなったものの、別に変なことをしているわけではないから挨拶をしておいた。
「風遊、私も付いていくから」
「う、うん」
「宗典もいい?」
「おう、行こうぜ」
雰囲気は悪くなかった、彼女と戎谷はすっかり仲良くなっている。
お互いに名前で呼んでいるところからもよく分かるだろう。
個人的には彼女の寂しそうな顔を見たくはないから戎谷には感謝したい。
「でも驚いたよ、まさか風遊が宗典といるなんてね」
「私はずっとひとりでいたけどね」
「で、送るとか言い出してしまったわけですか」
「貫井君は私にも優しいからね」
「ま、そういうところはいいところなんだけどさ」
戎谷ではないから好感度稼ぎと見られないのもいい、また、彼女は彼女でこちらに興味なんか抱いていないからやりやすかった。
友達……というわけではないものの、まあそういうことになる。
「あ、ここだよ、送ってくれてありがとう」
「おう、風邪を引くなよ」
「うん、ふたりもね、じゃあね!」
彼女が家の中に入ってから戎谷の腕を優しく突っついておいた。
「痛い!?」とか大袈裟に言ってくれている存在は放置をして歩き始める。
「暗いのにひとりで出歩くな、危ないだろ」
「嫌な予感がしたんだよ、家の中に入った瞬間にさ」
「俺は戎谷以外にアピールとかしないぞ」
もうやるなということなら……いや、相手が嫌そうにしていなかったらするつもりでいる。
とはいえ、こういうことは少ないから気にする必要はない。
「アピールなんかしてくれていないでしょ、それどころか『離れたくなったらいつでも言ってくれ』とか言いやがって!」
「痛っ!? ぼ、暴力キャラにはならないでくれ……」
また彼女の家に向かって歩いていく。
そのときの雰囲気は腕を掴まれているのもあって俺的にはあまりよくなかった。
「こない……」
連絡先を交換したのに全くこれでやり取りができていなかった。
二十七、二十八、二十九――どんどんと時間が経過しているのにこれだ。
もしかしたらあのときの絡み方がよくなかったのかもしれない。
「行くか……?」
それとも、諦めて自分から送る方がいいのだろうか……って、
「こんなことをしている時点で無駄でしょ、行こう」
ひとりで考えたところで意味がないからちゃんと着込んでから外に出る。
相変わらず寒いけどいまはそんなことは全く気にならなかった。
自分のためにしなければいけないことをする、ただそれだけでいいのだ。
「はい――あ、戎谷ちゃんか」
「こんにちは、宗典はいますか?」
「それが今日はいないんだよ、岡倉ちゃんと遊びに行ったんだ」
「そ、そうですか」
ぬわあ! 面倒くさい絡み方をしたせいでやられているんじゃないのこれ!
膝から崩れ落ちそうになっていたら「もう少しで帰ってくるから家の中で待っているといいぞ」と誘ってくれたから上がらせてもらった。
か、勝手に悪く考えて勝手に距離を作るとか馬鹿らしいからね、ちゃんと本人から聞いてからにしないとね。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「じゃ、気になるだろうから俺は部屋に行ってるよ」
「あ、気にしないでください、寧ろ話し相手になってください」
「そうか? じゃあいさせてもらうよ」
よし、これでひとりで帰ったときよりはいい時間となる。
早く帰ってこい宗典っ、そうしないと今日を終えることができないでしょうが。
「俺は嬉しいよ、戎谷ちゃんと一緒にいられるようになってから宗典が分かりやすく楽しそうだからさ」
「それならそれでもうちょっと笑ってほしいですけどね」
それと連絡先を交換しているんだからちゃんとメッセージを送ってきてほしい。
分からないということなら直接家に来てほしい、どうせ出るのは私だから私の家族が出てきて気まずい! なんてことにはならないし。
「あー、だけどちゃんと見れば分かりやすいぞ」
「じゃあ帰ってきたらじっと見てみます、言いたいこともありますからね」
「ははは、言葉責めされているところが簡単に想像できるよ」
「いや、別にそういうわけではないですけど……」
このままなにもないまま冬休みを終えるということだけにはしたくなかった。
というかね、興味があるとか言ってくれているくせに行動が伴っていない。
上着を貸してくれたり、荷物を持ってくれたときぐらいだろう。
名前でだって呼んでこないし、なんなら風遊と遊びに行くしで向こうに興味があるんじゃないのかなと言いたくなる。
「あー……」
「ん? どうしたんですか?」
「酒、飲んでいいか?」
「どうぞ」
と、言ってから少し不安になってきた。
だから黙って見ていると「で、戎谷ちゃんは宗典が好きなのか?」とあまり変わらない感じで聞いてきたから首を振っておく。
「そうか、まあ、そういうものだよな」
あ、寂しそうな顔をしている、若い頃のことを思い出して微妙な気分になっている可能性もある。
でも、いまのままだとそう答えるしかないのだ。
なんにもしてこないから不安になる、ある意味、宗典の父とふたりきりでいるときよりもよっぽどだった。
「こんなことを言われても知らねえって思うかもしれないけど、それでも友達ではいてやってくれないか?」
「それは大丈夫です」
「そうか、ありがとう」
無駄に警戒していたのが馬鹿らしくなってきた。
この人はあくまで親として、息子のことを考えて会いたいなどと言っていただけなのだ。
「ただいま」
「お、帰ってきたな」
言ってしまえば息子が帰宅しただけ、当たり前のことをしただけだというのに凄く嬉しそうだった。
「よう、父さんから連絡がきたから帰ってきたぞ」
「風遊とはよかったの?」
「母親への誕生日プレゼント選びを手伝ってきただけだからな」
それでも敢えて彼に頼るというところが、ねえ。
「戎谷さん派だから」などと言っていた割にはあまり来ないというのも、ね。
まあ、私が彼とばかりいるというのも影響しているだろうけど、それにしたって露骨すぎるというか……。
「さてと、それじゃあゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
さて、こっちはどうしようか。
彼は「全然来ていなかったのに今日来るなんてな」などと言って笑っていた。
そう、笑うときは彼だって笑うんだよ。
だけどね……。
「なんでメッセージを送ってこないの」
「直接話せるからだ」
「ふーん、だけど今日みたいに連絡もしないで行ったら他の女の子と遊んでいて相手をしてもらえなさそうだけど」
「たまたま今日は誘われたというだけだよ」
たまたま、たまたまねえ。
最近は何故かそのたまたまが多いことになる。
それが何回も起こるのならたまたまとは言えないだろう。
「だが、これからもないとは言えないな」
「はぁ、分かったよ、もういいよ」
「そうか」
彼はもうこちらを見ていなかった。
膨らんできた怒りを表には出さずに自分が表に出た。
結局、今日のこれは失敗としか言えなかった。
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