04話.[今日はこのまま]

「た、食べたけど……」

「食べすぎだろ……」


 彼女は膨らんだ腹の上に手を置いて苦しそうな顔をしている、ここだけで一万円以上使うなんてなにを考えているのか。

 まあ、ニ時間ぐらいは経過したからこのまま帰ることになっても構わないと言えば構わないが……。


「お、おんぶして……」

「分かったよ」


 で、結局帰ることになった。

 正直、地元の方が落ち着けるから文句はない。

 電車も難しく考えすぎなければ案内に従っているだけでトラブルには繋がらない。

 流石に電車内では下ろしたものの、着いてからはまた背負って歩いていた。


「最初からあそこに行きたかったのか?」

「違うよ、だって土曜日に行くということになったじゃん」

「ああ、そうか」

「そ、だからたまたまやっていたというだけだよ」


 彼女は少し腕に力を込めてから「大体、一駅後にするかいまにするかって聞いたでしょ、最初からあれが目的なら無理やりあそこで降ろしてるよ」と。


「はあ~、楽しかったな~」

「つまらないとか言われなくてよかったよ」

「貫井がイケメンムーブもしてくれたからね」

「あれがイケメンムーブに該当するならこれまで何回もそういうことをされていそうだな」


 いまのままでも分かる、あれは分かりやすい好感度稼ぎだ。

 俺自身は違うと断言したいところだが、他者からしたら、特にやられた本人からしたらそうとしか見えないだろう。


「私、思い切り他の子から逃げていたからそんなことは一度もなかったけどね」

「一緒にいたいのに申し訳ない気持ちになってくるよ――あ、でも、初めてがこれなら簡単に上書きできるよな」


 つまり、そういう存在が現れてくれればいまからでも俺から彼女を守れるということになる。

 来いよイケメン、同じ学年に数人はいるから可能性はあるだろ。

 他の男と話して女の顔をしている彼女はあまり見たくはないが、間違いなくそっちの方がいいから仕方がない。


「自分の行為で? ははは、貫井は私に興味がありすぎ」

「違うよ、他の男子がやったら瞬殺だろって話だ」


「え? 貫井宗典って誰だったっけ?」となるのが容易に想像できる。

 俺はそういうところをどういう面をして見ることになるのだろうか。

 悔しそうだったり、苦しそうだったり、そういうことはあるのだろうか。


「む、そんなに簡単な女じゃないんですけど」

「ぐ、ぐるじ……」

「ふんっ、あんたが悪いんだからね」


 ま、まあ、そんなやり取りはともかくとして、


「着いたぞ」


 家に着いてしまったからこれで終わりだ。

 楽しかった、毎回これならまた遊びに行きたい。

 矛盾しているが彼女との時間を増やしたい、仲良くなりたい。


「あんたの家に行く」

「またか? それに今日は父さんもいないからさ」


 揶揄されることはないが気になることは気になる。

 しかも先程まで一緒にいたのにまだ一緒にいたいとかどういうことだ、更に言えば腹いっぱいの状態なのだから帰ろうとはならないのか……。


「なに? もしかしてふたりきりだと緊張しちゃうのかな?」

「するな、外で過ごすのとはまた違うだろ」

「ふふ、いいから行こうよ」


 ……本人がいるとはいえ、異性の家の前でずっと立っていたら変な噂が出る、仕方がないから離れない彼女を連れて家に向かうことにした。

 結構移動、立つ、移動の連続だったから足を伸ばして休みたいというのもあったからだった。


「「ただいま」」


 ……今回も飲み物を渡して休憩タイムに突入。


「そういえばあんたのこれが暖かくて後半、全く寒くなかったよ」

「違うだろ、食べ物に夢中になりすぎてどうでもよくなっていただけだ」


 辛い食べ物もあったからそれがいい方に働いたというだけのこと、いちいちそういうことを言うのはやめてもらいたい。

 ただまあ、上がった体温がまた寒さで下がってしまうのはちょっとあれだから満腹になってくれてよかったと思う。

 引くときは簡単に風邪を引くからな、連れて行っておきながらそんな状態にして帰したりなんかしたら親から禁止令が出る。


「もう動きたくなーい、今日はこのまま泊まろうかなー」

「父さんが許可したらいいんじゃないか、部屋だって余っているしな」


 どんどん連れてこいと最近はうるさいからそうしてくれると助かるというところ、あれを止めるには誰かの協力なしではできないのだ。


「私にだけ許可する?」

「というか、戎谷以外の女子友達がいないぞ」

「そ、だからあの子が油断ならないんだよ」


 俺と彼女の前でばっさり振ったぐらいだから心配する必要はない、ではなく、俺が彼女にしか興味を持っていないから意味がない。

 女子なら誰でもいいというわけではないのだ、非モテだからってそんな人間だと思われたら嫌だった。


「この前の『は?』はそこからきているの、気づいた?」

「戎谷が恋大好き人間だからかと思った」

「ま、あんたはそれでいいよ」


 貫井君から貫井に、それからあんたにってこれは悪くなっているのだろうか。

 いやでも、信用してくれていなければ遊びになんか行かないだろうし、こうして家に来ることも――ではない。

 想像や妄想なんかしたって虚しくなるだけだ、気になるなら聞けばいい。


「俺のこと、信用してくれているか?」


 って、こんなことを聞いている時点でもう話にならない気が……。


「当たり前でしょ、本当に臆病なんだね」

「答えてくれてありがとう」


 なんとかやっていけそうだった。

 これで「あんたとかありえないから、あれは遊びでやっていただけだから」とか言われなければ精神がイカれることは絶対にないと言えた。




「腹減った」


 朝飯もちゃんと食べてきたのに何故か猛烈に腹が減っていた。

 教室から逃げることでぱくぱく昼飯を食べている人間達を直視しないようにしているが、正直あまり効果は感じられない。


「ぬ、貫井君、これをあげるから相手をしておくれよ……」

「なんでそんなに弱っているんだ?」

「あれから戎谷さんが冷たいんだよ……」


 とはいえ、貰うわけにはいかないからとりあえず食べさせることにした。

 彼女のことを嫌っているというわけではないから相手をするぐらいなら構わない。


「はぁ、前のが悪かったよね」

「いや、別にきみは悪くないよ」


 戎谷が悪いというわけでもないから誰も気にする必要はない。

 それでもどうしても気になるということなら戎谷の前でああいう話をやめるのが一番だと思う。

 きっかけを作らなければ怖い顔をされたり、冷たい声音で「は?」と言われてしまうことはないから。


「というか……なんでずっときみ?」

「名字を知らないからだ」


 意識して覚えないようにしていたわけではないのにこんなことになっている。

 戎谷以外のクラスメイトのことは全く知らないと言ってもいい。

 まあ、この時点でなんで夏休みまでひとりだったのかははっきりしていることになるわけだが。


「えぇ、岡倉だよ、岡倉風遊ふゆ

「そうか、戎谷のことは戎谷真彩まあやって分かっていたけどさ」


 それだって学校が始まってから先生に聞いた結果、なんだよな。

 呆れられたような顔をされたし、近くにいるから直接聞けとも言われたものの、そこはなにかを手伝うということで教えてもらった。

 もちろん見ての通り、現在になっても活かせないままでいる。


「ひぃぇ、さ、寒い……」

「戻った方がいいぞ」

「……戻ってもどうせひとりだから」

「じゃあ一緒に戻ろう、で、戎谷と話そうぜ」


 十五分ぐらいが経過したいまなら食べているところを見て腹を鳴らすなんてことにはならない。


「あっ、いた――や、やっと見つけました」

「丁度いい、戎谷、どうして岡倉に冷たくしているんだ?」

「え? 別にそんなことはしていませんけど」


 横にいる彼女の方を見ても困ったような顔をしているだけ、これはしっかり話し合った方がよさそうだ。

 というわけで教室がある階の廊下で話すことにした。


「なるほどな、戎谷は俺を探していたからか」

「はい、確かに私は後でもいいですかとは言いましたが冷たくはしていません」

「岡倉の考え過ぎだな」

「……これは恥ずかしいね」


 これも誰かが悪いというわけではないから終わりとなる。

 だが、岡倉の方はやたらとしょんぼりとした感じで歩いていってしまった。

 あれは間違いなく翌日などに影響が出るだろう、変な遠慮をして戎谷に近づかなくなるなんてこともあるかもしれない。

 そうなったらちょっと動いてやればいいか、少しだけでも世話になったからな。


「私の方はある程度攻略できたから次は岡倉さんにって行動してんの?」

「違うよ」

「はぁ、いまのは心臓に悪かったな~、だって探していた男の子が他の女の子といたんだからさ~」

「そこに入ろう」

「……話を逸らすし……」


 適当なところに座って息を吐く。

 これなら意地を張っていないで昼飯を作ってくるべきかもしれない。

 おかずがなくても白米さえ容器に突っ込んでしまえば弁当となる、それだけで腹は満たせるというものだ。


「あっ、はは、大きなお腹の音だね」

「違う、いまのは俺のあくびだ」

「いや、そんな嘘をついても無駄だから」


 彼女に沢山絡まれて疲れたというわけでも、体育で無理をして疲れたというわけでもないのにどうして今日はこうなってしまったのだろうか。

 今日は帰宅したらすぐに作って先に食べさせてもらおう。

 あと今日の気分的にカレーだ、幸い、ルーはもうあるから楽でいい。

 ふふふ、沢山の米と一緒に食べれば最高の時間となることだろう。


「このお腹さん、お腹が減っているんですかー?」

「触るな触るな」


 そんなことはしなくていいから普通に存在していてもらいたい、距離が近いと逆に不安になる。


「貫井ってさ、もしかしなくてもお昼ご飯を食べてないよね?」

「節約だ、だが、明日からはふりかけご飯を持ってくるよ」

「そっか、じゃなくて、ご飯、私が作ってあげようか?」

「いやいい、疑っているとかではなくてそういうのは嫌なんだ」


 返せないというのもあるが、甘える自分を直視したくないからだった。

 当たり前という考えになってしまうのも怖い。

 その点ではいまのこれもそうだ、彼女が自然と来てくれると期待してしまっているからこれに関しては手遅れかもしれない。


「ふーん、それは私にだけじゃないよね?」

「ああ」

「ならいいや、へへ」


 それより先程のあれは岡倉のためとはいえ、ルールを破ったことになるな。

 自分から近づいてしまった、でも、特に変わった感じはしない。

 だけどもし悪い状態だったのなら? もしそうだったらここまで平和には終わっていなかった。




「寒いー、上着貸して」

「おう」


 当たり前のように一緒に帰るようになっていた。

 しかもそれだけではなく、毎日家に来るようになっていた。

 残念な点は父が苦手なのか父が帰宅するまでに帰ってしまうということだ。


「十二月になったのはいいけどテストが目の前にあるんだよね、うへぇって感じ」

「自分のできる範囲でやればいい」

「そうだけどさー」


 帰宅して一時間ぐらい彼女と集中して勉強、食事や入浴を終えてからはニ時間ぐらいやって二十二時には寝るという毎日を続けている。

 暑さや寒さに耐性があるのと同じで、テストも特に嫌だと感じたことはなかった。


「あ、そうそう、残念ながらクリスマスは一緒に過ごせないんだよ」

「それは寂しいな」


 父は仕事仲間と飲みに行くからひとりか。


「毎年、家族と過ごすことになっているんだ」

「残念だけどそれぞれ別々に楽しもう」

「うん、あ、だけどその後は大丈夫だから家に行くね、二十六日からさ」

「分かった」


 正直に言うと本当に残念だった、が、いまからやる気をなくしていると問題にやられるから集中をする。

 こういうことから関係が消滅、なんてこともあるんだよな。


「って、駄目だな……」


 ちらりと確認してみると俺の声にも反応せずに頑張っている戎谷が見えた。

 それを見ていたら馬鹿らしくなってきて、今度こそしっかり集中をする。

 自分が決めたなにもかもを守れなくなっている現在にとってこれほどいいことはないだろ。

 これで戻すのだ、そうすればいい自分で彼女と接することができる。


「あのさ」

「ん?」

「……当たり前のように貫井の部屋でやっているけど、よく考えてみるとこれって結構大胆……だよね」


 彼女は横髪を弄りながら「部屋でやりたいって言ったのも私だし」と。

 友達なら普通云々と言ってみたものの、首を振られてしまった。


「しかもこれ、借りたままだし……」

「俺的にはなにも問題はないぞ」

「うーん……」


 嫌な予感しかしない、ここで帰らせてしまったらきっと終わる。

 でも、触れることはできないし、掴んで止めようものならその瞬間にそれでも終わることになる。

 言葉で止められるような感じもしないから、久々にやってきた詰んでいる状態なのかもしれない。


「ま、いっか、私は貫井って決めてやっているんだから」

「そ、そうなのか?」

「当たり前でしょ、二股をかけるような人間に見える?」

「容姿や性格から余裕だろうな、ましてや片方が俺となれば」

「はいそこマイナス、もう……」


 なんとかなった……のか? 彼女は先程と違って笑っているが。


「終わり、そろそろお父さんが帰ってくるから送ってよ」

「少し会ってやってくれないか?」

「ごめん、悪い人ではないのは分かっているんだけど……」

「分かった、じゃあ行こう」


 これも当たり前となった、一緒にいられている時間だけ安心することができる。

 反対側だからすぐに別れるということにはならないし、歩いているときも会話があるから楽しい。


「外に出たくなくなるから自然と屋内で過ごすことが増えるよね」

「ああ」

「屋内と言えばこの前貰って食べたコンビニのおでん、温かくて美味しかったな」

「ああいうのは中々食べられないから新鮮だったよ」

「ふむ」


 食べられないは言いすぎだったか。


「テストが終わったらおでん作って食べよ」

「作る?」

「うん、大根とかも時間をかけて味しみしみ状態にするんだよ」


 おお、そういうのも経験がないから新鮮でいい。

 ただ問題なのがどこでやるのかということだった。


「……って、どっちで?」

「そんなの貫井の家だよ、私の家でやったら……ひぃぃ」


 ひぃぃってどういうことだ、気になるが聞きたくない怖さがある。

 母が厳しいとか父が厳しいということなら最近のこれを絶対によくは思っていないだろう。

 流石に頻度が高すぎる、彼女ももう少しぐらいコントロールしてほしいところだ。


「分かったと言いたいところだけど、大きめの鍋とかもないんだよ」

「持っていくから大丈夫だよ」

「そうか、なんか色々と悪いな」


 世話になってばかりで恥ずかしい。

 当日になったら準備を頑張ろう――当日では遅いのか。


「着いたー」

「お疲れさん」

「貫井もね、送ってくれてありがとう」

「風邪を引いてくれるなよ、戎谷がいないとつまらないから」

「はーい、またね!」


 特に急いで帰る必要もないからゆっくり歩いていたら風が吹いてきてあのときの微妙さが出てきた。

 ま、まあでも自宅近くだから問題にはならなかったが。


「おかえり」

「ただいま、戎谷を送ってきたんだ」

「最近会えないなあ、避けられているよな」


 聞かなかったことにして飯作りを始める。

 そう時間が経過しない内にできたから父と一緒に食べた。

「美味しいぞ」といつも言ってくれるからそれもモチベーションとなっている。


「やっぱり顔か? それとも……あ、声がでかいのか」

「分からない、でも、嫌われているわけではないぞ」

「じゃあ会おうとするのが気持ち悪いんだろうな、反省するぜ」

「あんまり悪く考えるなよ? それと今度家でおでんを作るから、そのときは多分戎谷もいてくれるよ」

「おでんかあ、作るやつなんていつぶりだ……」


 そんなの母がいてくれたときが最後だろ、それからとにかく金を使わないようにとこっちが気をつけてきたから。

 それだというのに父が使いたがりで困る。

 自分のためではなくこっちのためばかりで本当に大変な人だった。

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