03話.[していたんかい]

「は――」

「なんで来ないの! 私、ずっと待っていたんだけど!」


 目の前にいるのに無駄に大声のせいで唾が沢山飛んできた。

 俺は変態ではないからとりあえず洗ってから再度彼女と向き合う。

 まあそれよりも日曜は父も休みで先に父が出る可能性もあるのによくやるよなという感想と、本当に家を知っていたんだなという感想が出てきたが。


「日曜の朝からハイテンションだな」

「貫井のせいなんだけど!」


 自分から近づかないと決めているのにあそこに行ったらルールを破ったことになってしまう。

 自分のためならルール破り大歓迎という人間でもないからこうするのが正解だ。


「……大きな声だな」

「あっ、お、おはようございます」


 流石に父が相手なら同じようなテンションではやれないみたいだった。

 強いのか弱いのかよく分からない、彼女のことで知っていることなんてあるのだろうか。


「ん? おお! 宗典の友達か?」

「はい、三ヶ月前ぐらいから仲良くやらせてもらっています」

「上がってくれ、いまからいいやつを買ってくるからさ」


 いいやつってなんだよ、曖昧すぎる。

 本当に出ていってしまったから最低限の常識として飲み物は出しておいた。


「はあ、貫井のせいでこんなことになったじゃん」

「なにを気にしているんだ? あれは元々約束なんかしていなかっただろ」

「それでも毎週来ていたんだよ? それなら今日もって……なるでしょ」


 こうなってくるとあれも演技だったということか。

 なんのためにしたのかは知らんが、本当はひとりで行けるのに何故かあんなことをした。

 ということは誰でもよかったってことだよな、たまたまクラスメイトの俺だったというだけでさ。


「なんで戎谷も俺で妥協したんだ? もう少し待っていれば俺なんかよりもっといいイケメンなんかが声をかけてきたのかもしれないのに」


 ナンパなんてこともあるかもしれないからあまり褒められた行為ではない。

 女子ならもっと気をつけるべきだろう、体目的で近づくような人間だってゼロではないだろうから。

 つか思い出せば思い出すほどださい自分を直視することになって恥ずかしい。


「なんの話?」

「夏祭りのときの話だ、本当はひとりで行けるのに計算してあんなことをしていたんだろ? でもさ、それならもっといいのが来るまで待てばよかっただろ」

「は? 私が演技で止まったり進んだりしていたと思ってんの?」

「それしかないだろ」


 いやまああれはある意味勇気がいることだから俺にはできないことだった。

 だからそういう点では強いのかもしれない、あとはそれだけ異性を求めているということになる。

 だが、残念ながらこんなのじゃ釣り合わないわけで、俺といくら時間を重ねても無駄にしかならないというのが現実なのだ。


「そんなことするわけがないでしょ」

「計算してしていなかったのであれば俺に声をかけられた時点で逃げているだろ、怖がっているときに変な野郎から話しかけられたらな」

「いや、私は貫井のことを知っていたし……」

「じゃあ俺が話しかけてくるように計算してやったということか?」

「あー、そう言われると計算して動いたことになるね」


 なんだそれ、それなら学校で話しかけてくればいいのに、夏休みに急に動こうとするよりも遥かに難易度が低いだろうに。


「じゃあ制服を着ていてよかったな、あれがなかったらスルーしていたから」

「やっぱり? って、それ以外だったらスルーしていたんかい……」

「そりゃそうだ、それまで全く関わっていなかったんだから」


 で、翌日が日曜であそこに行ったら彼女がいたということになる。

 それから自然と関わるようになって……って、そういえば夏祭りの日に声は聞けていたことを思い出した。

 まあそれでも彼女はすぐに紙にしてしまったからあまり意味はなかったが。


「私の選択は間違っていなかったっ、あーはっはっは!」

「今日はハイテンションだなー」


 そんなことを話している間に父が帰宅してコンビニのおでんをくれた。

 父が現れるとすぐに慌てる彼女が不思議だったが、冷めてしまったらもったいないから気にせずに食べた。

 それから空気を読めていると勘違いしたのかリビングから退室、単純に眠たかったのもあるのかもしれない。


「で、なんで俺だったんだ?」

「え、興味があったからだけど」

「おいおい、自分で言うのもなんだけどいつもひとりでいる――」

「私もそうでしょ、あの子だってそうだよ」

「あのクラスぼっちがいすぎだろ……」


 まだまだ探してみたらぼっちが見つかりそうだが悲しくなるだけだからやめた。

 そもそも急に関わる人間が増えても失敗するだけだから意味がない。

 俺はやっぱり彼女とだけ仲良くなれればそれで十分だった。


「いつもつまらなかったけどね、課題のことでしか話しかけてくれないから」

「ああ、頭がいいことはすぐに分かったから自分のために必要なことだったんだ」

「貫井だってできるでしょ」

「まあ、それでも不安になるからな」


 その点、頭のいい他者を頼ればそんな不安も消えるとなれば動くさ。

 恥ずかしがっていたって仕方がない、あとは俺が単純に彼女と会話をしたかっただけではある。

 実際のところは頷くか紙でかというところだったから望み通りになっていたのかは分からなかったが。




「ほらよ、あまりにも言うことを聞かないから勝手に契約してきたぜ」

「なんでだよ……」


 登校しようとしたときに渡してきやがった。

 なにかをしなければならないときなら文句を言っている場合ではないからか。

 父と俺って血が繋がっているのにあまり似ていない、こういう変なことを多くするのは父ばかりだ。


「つか、どうやればいいのか分かんねえよ……」


 充電器をさして充電するぐらいなら俺でも分かるが……。


「おはよ」

「これを売って多少の金にしたところで無駄だよな、つか、契約をしてしまっているからただ端末を売るのとは違うんだぞ」


 俺が無駄遣いをして後悔しているわけではないからなにも意味がない、壊したところで○○年○○月までの金を払わなければならないのだから。

 それなら部屋に置いておくとするか。

 どうせ持っていたって無駄に電気を消費するだけでなんの役にも、


「無視すんな!」

「ぐはあ!? ふ、普通に声をかけろよ……」


 立たないから。

 はぁ、これだったらまだ前の戎谷の方がよかった。

 暴力キャラになられても困る、ましてや後ろから攻撃するなんて卑怯すぎる。


「おはよって言ったのにあんたは無視をした、悪いのはあんただよ」

「はあ? はぁ、それでも手を出してしまったら駄目なんだよ、勉強はできるのにそういうところはまだ甘いな」

「なっ、むかつく!」


 とにかくツルツルしていて落としそうだったから鞄の中に――しまえなかった。

「スマホ持ってるじゃん!」と今日も今日とてハイテンションな戎谷。


「父さんが勝手に契約してきてさ」

「それなら連絡先交換ね!」

「操作方法は全く分からないから頼む」

「任せなさい!」


 俺とこんなことをしてどうするのか。

 もう自衛していても仕方がないから聞いてみることにした。


「俺と連絡先なんか交換してどうしたいんだ? もしかしてデートとか?」

「デート? デートかー、私、一回もしたことがないんだよね」

「世の中には経験者がいっぱいいるんだろうな」


 恋をしたい人間にとってはそれは羨ましいことに該当するのだろう。

 俺にとっては……どうなのだろうか。

 この前は父の会社仲間の話を聞いて少し羨ましいなどと考えたが、本当にそうなのだろうか。

 まあでも一方通行、ひとりではどうにもならないことだからこれから次第というのがいまの答えだよな。


「貫井は興味がある? 私は興味があるけど」

「まあ、気になる異性とのだったらな」

「貫井は私に興味があるんでしょ? じゃあしようよ」


 興味はある、でも、デートということになると話は変わってくる。

 経験はないがそれなりには想像することができる、そしてどこかのタイミングでつまらないとか言われるのだ。


「リードとかできないぞ、俺の経験値のなさを舐めるな」

「いやだから私も経験値ゼロだって」

「それならいい奴が現れたときのために取っておけよ、もったいない」


 なにもいま消費する必要はない、何故それが分からないのか。

 勉強ができるのとはまた違った頭のよさが必要なのか。


「興味があるって言っていたのは嘘だったのかよー」

「嘘じゃない、俺は戎谷のために言っているんだ」

「その私がこうして言っているんだから信じなよ」

「戎谷のことは信じている、これは戎谷の今後のためにだ」


 でも、彼女が納得してくれるようなことはなく、微妙そうな顔でこちらを見てくるだけだった。

 この先も同じようなことが何回もありそうだが、それがいいのかどうかは俺にも戎谷にも分からない。


「臆病なの?」

「違う、戎谷のために言っている」

「そんなのいらないよ、だって私の目的は他の子と仲良くすることではなく貫井と仲良くすることなんだから」

「なんでだよ?」


 非モテ野郎の俺が気にするのとでは全く違う、なにかいいことができたわけでもないのにどこに興味を持つのか。

 俺は前にも言ったように彼女の表情がころころ変わるからだ、特にその中で笑顔が気に入っている。

 俺基準で話して申し訳ないものの、男子なんて所詮そんなものなのだ。

 可愛い女子に優しくしてもらった日にはそれはもう、なあ。


「べ、別にいいじゃん、興味があるのは本当なんだから」

「はぁ、喋るようになってくれたと思ったら今度は相手をするのが大変になったな」

「それだって相手が貫井だからなんだよ?」


 だからなんで俺にはそれを見せてくれているのかという話だろ。

 非モテ野郎なのだからこうなって当然だ、期待するのと同時になんで自分なのかと考えてしまう人間なのだ。

 そりゃ誰だって百パーセント信じて相手をさせてもらいたいさ、でも、実際にそんなことをしようものならぎゃははと笑われて終わるだけ、かもしれない。

 俺はそういう経験すらもないから分からないというのが本当のところだが。


「後悔しないか?」

「しない」

「じゃ、土曜日になったら行くか」

「おっ、行こう!」


 金はこういうときのために一応貯めてある。

 あまり無駄遣いはできないからなるべく優しくしてほしいところだった。




「電車ー、電車ー、電車ー」

「なんで俺らは電車に乗っているんだ?」

「なにも考えずに本当に楽しみたいときはこうしているんだ」


 ほとんど知らない場所に行くことで対策をしようということか。

 まあ、それはいいとして、俺はこういう乗り物に乗ることが滅多にないから正直不安だ。

 車すら父が持っていないから乗ることもない、だけど電車は車とはまた違うわな。


「時間は一時間から十時間まで、たまに一時間で帰ることもあるけどね」

「それなら一時間は嫌だな」

「なるほどね」


 ただひとつだけ問題があってそれは金をあまり持ってきていないということだ。

 遠くになればなるほど移動だけで金が終わる、そうしたら結局一時間とかそれぐらいで帰ることになってしまう。


「あともう一駅にします? それとも、もう降ります?」

「金の余裕的にいまがいいな」

「よし、じゃあ降りよう」


 同じ県内だが離れてしまえば結局知らない土地であることには変わらない。

 三千円は持っているからこれで少しぐらいは他に使えることになる。


「何円持ってるの?」

「三千円だ、いまので三百二十円消えたが」

「なるほど、ま、お店に寄らなければ楽しめないなんてことはないからね、気にしなくていいよ」


 だが、歩いてばかりというのも疲れてしまうだけだ。

 どこかの店に寄ってなにかを飲みながら、食べながら時間経過を待つのが一番いいと思う。

 無言になったからって気まずいということはないものの、なるべくなんらかのことをしながらの方が問題になりにくいから。


「あ、あっちの方で食べ物が食べられるんだって」

「ほう、なんか色々集まっているみたいだな」

「行ってみよっ」


 店内で時間経過を待つよりは外で食べられるこっちの方がいいか。

 これを意識して来たわけではないだろうが、食べ物に興味があるのか戎谷は物凄く楽しそうだった。


「うーん、結構お高めだなー」

「そこは仕方がないな、祭りみたいなものだ」

「でも、この雰囲気だと買っちゃうね、私もみんなも」

「まあ、ここに来て買わずに帰るってことは中々ないだろ」


 通り道にあるのであれば少し寄って、あ、高いとなって帰る可能性はあるが。

 しかし、いい匂いばかりで食べたくなるな。

 色々な匂いが混ざっているのに臭いということがないのは奇跡だろう。


「とりあえずあれとあれとあれを買うよ、貫井はどうする?」

「俺はとりあえず付いていくだけにする、ちゃんと選んでこれだって物を買わないと金が終わる……」


 なんなら帰ることができなくなりそうだから軍資金が多そうな彼女みたいにはできないのだ。

 それだったら多少空気が読めなくても全部我慢をしてちゃんと帰宅した方がいい。

 絶対に回避したいのは彼女に金を借りるということだった。


「ははは、分かった」

「あ、荷物持つぞ」

「あ、じゃあお願いしようかな――くしゅっ!」


 これはまた大きいくしゃみだ。


「上着、貸してやるよ」

「え、だけど貫井が寒いでしょ?」

「俺は寒さに耐性があるから大丈夫、あ、嫌なら別にいいけど」

「それなら借りようかな、リュックがなくなると背中が寒くてね」


 並ぶ必要が出てくるからいまは我慢してほしい。

 風邪を引いてほしくなかった、だって明後日からまた学校があるから。

 彼女は皆勤状態だからこんなことで休んでしまうのはもったいない。


「やっと買えた、えっと、あそこに座って食べようかな」

「おう」


 並んで並んで並んででやっと食べられるから勝手に時間が沢山経過していく。

 一時間は避けたかったからこれはありがたい、だって一時間だったらつまらないと判断されたってことだからな。

 気になる異性との出かけでそんな結果は嫌だろう。


「うぅ、あげたくない……けど、貫井は荷物を持ってくれたりしたからなあ……」

「いいよ、ゆっくり食べてくれ」


 じっと見ているのもできないから色々なところを見ておくことにした。

 まあ、どこも人人人で目のやり場に困るわけだが。

 それでもプールとかよりはマシだし、もうこの先会うこともないから気にせずに続けていた。


「貫井、はい」

「狙ったりしないよ」

「いいから食べて、まだまだこっちもあるんだからさ」

「じゃあ……」


 味が分からないとかそういうことはないが、なんとも気恥ずかしいものだ。

 ひとつ言えるのは自分が買うためには並びたくないということか、美味しいがスーパーとかの方が気楽でよかった。


「これ、間接キスだね」

「気になるか? それなら買ってきて新しい箸を渡すけど」

「いいよ、というかそこは狼狽えてほしかったけどね」


 非モテだからってなんに対してでもオーバーリアクションをするわけではない……よな? まあ、俺はしないという話だった。

 それに狼狽えたら絶対に笑われる、そうしたら帰りたくなる。

 そういうことにだけは絶対にしたくない、だからこれでいいのだ。


「ひとりよりふたりの方がいいよね」

「そりゃまあそうだな、俺だってできれば夏祭りとかは誰かと行きたいぞ」

「相手が私ならもっといい?」

「そりゃそうだろ、適当にあれを言ったわけではないぞ」


 誰かと仲良くしながら他の誰かとも仲良くなんてできる人間ではないんだよ。

 そのため自然とこうなる、だからいまの戎谷の状態は助かるわけだ。

 紙モード戎谷だと断れなさそうだからな……。


「表情も変えずにアピールしてくるね」

「笑った方がいいか? にこー」

「ぶへえ!? や、やめてよっ」


 こっちは表情があまり変わらない人間でよかった。

 もし変わる人間だったら怖がられていただろうから。

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