08話.[それなら帰るか]
「はいこれ」
「ありがとう」
バレンタインデーで初めて異性からチョコを貰った。
母がいたときは母がくれていたが、いなくなってからはそれすらもなくなっていたから新鮮どころの話ではない。
まあ、貰えないからといって醜い発言をしたわけでもないがな。
「どうせそろそろ風遊も――」
「宗典君、これを貰ってー」
「おう、ありがとう」
真彩と付き合っていない状態でこうなっていたら間違いなく変な反応をしているところだった。
あまりの変化に付いていけずに結局受け取らないまま帰る、なんてこともあったかもしれない。
もしそうなっていたら馬鹿すぎるので、真彩が付き合ってくれて本当にありがたいことだった。
「真彩ちゃんもね」
「え、私、風遊には……」
女子は同性に渡す人間もいると知っていたが、真彩は違うみたいだ。
風遊からのそれを受け取ったものの、物凄く困ったような顔をしていた。
「いいよいいよ、いつも相手をしてくれているお礼ということでね」
「そっか、ありがとう」
「うんっ、じゃあねー!」
相手をしてくれている礼ということなら俺も買ってくるべきだっただろうか。
この日に渡さなければ変な感じにもならない、というか、別に男子が用意してはならないなんてルールはないのだから気にする必要はなかったというのに。
しかも相手は彼女と風遊だ、もっと考えて動くべきだった。
「よかった、風遊からのが手作りじゃなくて」
「本命が相手でもないのに手作りなんかしないだろ」
「いや、私がいて無理だっただけで本命じゃん」
手作りをすることが全てというわけではない、俺からすれば異性から貰えたというだけで十分なのだ。
なにか下心があって話しかけたわけではないものの、あのときの俺をナイスと褒めてやりたい。
いやでも、困っていそうだったからってよく話しかけたよ。
「あ、私のやつもおすすめされていたのを買ったから美味しいと思うよ」
「放課後になったら食べさせてもらうよ」
「あと、手作りというわけではないけど私の方から食べてね」
「おう」
さて、没収されても困るから早くしまってしまおう。
まだまだ授業はあるから元々教室に戻らなければいけないのもあったから。
「あ、貫井お前……」
「み、見なかったことにしてください」
「はは、分かったよ」
久しぶりに戸坂先生と話せたのもよかった。
というのも、最近はクラスメイトが早めに登校してくるようになって他の生徒と話すことが多くなったからだ、俺が真彩と廊下に出てしまうというのもあるがな。
「戸坂先生って優しいよね」
「ああ、好きな先生だ」
でも、卒業をしてしまえば関わることもできなくなる。
外で一緒に過ごせるような関係というわけでもないし、先生はこれからも教師を続けるだろうから卒業生なんかに構っている時間はないだろう。
しかもこっちが勝手に気に入っているだけで向こうからしたらどうかは分からないのが怖いところだった。
授業中に騒いで授業を止めたり、頻繁に提出物なんかを忘れたりなんかはしていないからそういう点での問題はないだろうが、ほとんどひとりでいたということでどういう評価になっているのかは分からない。
教師からすれば少し前までの俺みたいな人間はどういう評価になるのだろうか。
「厳しい人だといるだけでうへぇってなるしね」
「中学一年のときの先生は厳しかったな、俺は一年生が早く終わってくれと毎日願っていたよ」
「へえ、なんか意外だ」
「誰かと一緒にいろと何回も言われたからな」
意識して行動して誰かといられるのであれば誰も苦労はしない、ひとりでいる人間なんて出てこない。
ただ、俺はあくまで嫌われていないと考えていたが嫌われていたのだろうか。
そうでもなければ三年間でひとりぐらいはそういうことで話しかけてくれるはずだ……よな。
「あー、そういうの私は無理、もし戸坂先生がそういう人だったらさっさとどこかに行けって言っていたよ」
「怖いな、俺もそう時間が経過しない内に言われそうだ」
「だるいことをしてこなければ言わないよ」
だが、その人間にとってなにがだるい絡み方に該当するのかは分からないから失敗を繰り返しそうだった。
そうしたら俺はいつものように彼女のためだからとか内で言って動こうとはしないのだろう。
もうそうなった時点で詰みだ、でも、恐れすぎていてもそれがまた彼女にとってはだるいことに該当するのかもしれないし……。
「そんな顔をしなくて大丈夫だよ、宗典は宗典らしく過ごしているだけで大丈夫なんだからさ」
「そ、そうか」
「戻ろ、早くしないと学校にいるのに授業を受けられなくなるよ」
そうだな、いま大事なのはそれだ。
あとはこのふたつの食べ物をしっかり家まで持ち帰らなければならないからさっさとしまわなければならない。
俺らしく過ごしているだけでいいと言ってもらえてありがたかった。
ただ大丈夫と言われるよりは自信を持てる言葉だった。
「電車ー、電車ー、電車ー」
「今日は反対側に行くんだよな?」
「うん、特に目的地は決めていないけどね」
これで人生で電車に乗った回数は五回目となる。
人によっては私立受験のために電車に乗ったみたいだが、俺の場合は近い私立だったから利用することもなかった。
まあだからこそ慣れていなくて緊張するものの、そこは経験値が高い彼女がいてくれているからなんとかなっている。
「この前みたいに色々な食べ物が食べられるとかないかなー」
「俺としてはない方がいいな、自分が使っているわけでもないのに一万円とか使っているのを見ると不安になる」
「ははは、さすがに諭吉クラスはあのときだけだよ」
なんて言っていたくせに、
「あはは……」
今度は食べ物ではなく限定品の魔力に負けて簡単に諭吉を手放したことになる。
母もそうだったが異性は限定という言葉に弱すぎだ。
「ま、まあほら、片方は宗典に持ってもらっておけばお揃いだから」
「そんなに高い物を貰えないよ」
「ですよね~……」
価値があるとか説明をされたら壺でも絵画でも買ってしまいそうな怖さがあった。
あんな発言をしていた後すぐにこれだったから気まずくなったのか、彼女はこちらの手を引っ張ってから「あそこでご飯を食べよっ」と誘ってきたが。
「向こうでも食べられるファストフード店でよかったのか? 時間はまだまだあるから付き合うぞ?」
「うーん、どうしよう」
「一旦外に出るか」
この店が悪いわけではないものの、それでも敢えてここでなくてもいいだろう。
まあでもその県でしか食べられない料理を求めているというわけではない、流石にそこまで拘ったら次の日になってしまうから。
ただ、どうせ来たからにはとわがまななことを考えている自分がいるのだ。
「なんてね、実は宗典に持ってもらっているバッグの中にお弁当があるんですよ」
「え、じゃあなんで入ったんだよ……」
「き、気まずかったから? ま、まあ、近くに大きな広場があるみたいだからそこで食べようか」
あ、じゃあまた彼女が作ってくれた料理を食べられるということか。
あのときおかずを貰ったのが最後だったからこれは嬉しいことだった。
自分で作ることが多いからこそだ、誰かに作ってもらった飯を食べられるのはありがたい。
「じゃーん」
「おお、美味しそうだな」
ふりかけご飯ばかりを食べている人間からすれば眩しかった。
肉だけではなくちゃんと野菜もある、ついつい優先してしまうから体的にもいい。
「朝から頑張ったから褒めてください、ほらほら、まだ一度もしてくれていない頭を撫でるという行為もしてくれていいんですよ?」
「ありがとう」
「……宗典はいつも真顔だなー」
美味しいからどんどん次へ次へと食べ進めてしまう、で、気づいたときにはもう遅かった。
「わ、悪いっ、なんか買うから許してくれっ」
数分もしない内にふたり分を食べて終えてしまったのだ。
恥ずかしいし、怖くて顔が見られない、それこそ大人に叱られそうになっている子どもみたいになっていた。
「ふふ、いいよ、それだけ美味しかったということでしょ?」
「美味しかったっ」
「だからいいの、食べてくれてありがとね」
……誤魔化したかっただけではない、俺がそうしたくてこうしている。
人がいるところだったからなのか「ちょ、ちょっと宗典っ」と久しぶりに慌てている彼女だったが、気にせずに続けていた。
「わ、分かったから離して」
「おう」
流石にそう言われたら離すしかなくて離れると、これまで見たこともないぐらい顔を赤くしている彼女が目の前に……。
「……場所を考えてよね、ここをどこだと思っているの」
「外だな」
違う方に意識を向けてみると休日だからか沢山の人間が歩いていた。
そのど真ん中でしていたというわけではないものの、普通に見られるような場所だから彼女がそう言いたくなる気持ちは分かる。
だが、しておきながら謝罪なんてできないからそう返したことになる。
「はぁ、なにひとりですっきりしたような顔をしているの」
「真彩が好きだ」
「はいはい、もう何回も言われているから分かっていますよ」
告白をされて受け入れたときは後悔しないならとか真彩だからいいとかで済ませてしまったからだった。
何回もといっても本当になにかがあるときだけ言っているから適当感は恐らく出ていないはずだ。
「あーあ、誰かさんのせいでお昼ご飯は食べられなくなるし、こんなところで恥ずかしい気持ちにさせられるわで大変だなー」
「それなら帰るか」
「今日も泊まってなにかしてもらわないと今日を終われないよ」
「分かった」
で、帰っている途中で自然と彼女の家に泊まることになっていたが文句は言えなかった。
この前泊まってもらったというのもある、普段からこっちにばかり来てもらっているのもある、となれば、たまにはこちらから動く必要があるだろう。
「今日は寝かせないからね」
「明日はまだ休日だからそれでいいよ」
騒がしくしなければ彼女の両親に怒られるということもない。
だからできる限り付き合おうと決めたのだった。
「寝られないんだけどっ」
今日は彼女の部屋で、彼女はベッドで寝ているのに寝られないみたいだった。
ちなみにこちらとしては先程両親と話すことになったせいで心臓がまだまだ落ち着かないでいる、つまりこっちも寝られない状態だった。
「なんでかな、いつも寝ている場所なのに」
「両親が気にしているからじゃないか」
「悪いことをしているわけではないんだから気にならないよ、それよりもこのままだと日曜日を寝不足状態で過ごすことになるんだけど……」
「前みたいにするか?」
「あれはふたりともお布団で寝ていないと厳しいよ」
確かにそうか、高低差があるからきっと辛くなる。
彼女は寝相がいいから不意に腕を引っ張られて痛い! とはならないだろうが、こっちはずっと腕を上げておかなければならないわけだからな。
「はっ、宗典にベッドで寝てもらえばいいのかっ」
「付き合っているけどそれっていいのか?」
「じゃあそっちのお布団に入るね」
まあ、ベッドよりはマシ……か。
変なことをするわけではないから反対を向いてさっさと寝てしまえばいい。
先程まで忙しかった心臓も落ち着いてきたからこのまま朝までぐっすりと、
「くっつき虫に進化しました」
「暖かいな」
この暖かさも影響して朝まで寝た。
朝まで寝かさないとか言っていた割にはあの時点で照明を消していたから彼女的にも問題はないはずだった。
「相変わらず器用だな」
早起きをしたところで自由にこの家の中を移動できるわけではないから構わないと言えば構わない。
とはいえ、ここに両親が来たりするとまた違うからなるべく早く起きてほしいところだ。
朝が苦手な人間というわけではないから声をかけなくても起きるだろと考えていた自分、結果、それから十分もしない内に起きて離してくれた。
「朝まで起きておくつもりだったのに宗典の寝息を聞いたらこうだったんだよね」
「いいさ、一緒にいたいならまだまだ付き合うぞ」
「それなら宗典の家に行くよ、お父さんも宗典に会いたいだろうから」
「分かった、じゃあ出るか」
外は段々と暖かくなってきている気がした。
彼女はまだ駄目なのか「寒いぃ」などと言っている。
「ででーん、引っ付き虫に退化した」
「運ぶよ、ちゃんとくっついておけ」
「うん、レッツゴー!」
朝からそのような馬鹿みたいなことをして家へ。
家に着いたら今日も早起きな父に挨拶をしてから部屋に移動した。
「え、やだ、部屋に連れ込んでなにをする気なんです……?」
「朝飯もお互いに食べないから休憩だな、今日もゆっくりしようぜ」
「じゃあくっつき虫に進化するよ」
引っ付き虫は退化なのにくっつき虫は何故進化となるのだろうか。
まあそれはいいとして、昨日と一緒で安心できる時間だ。
いまこのときだけは彼女はこっちに意識を向けてくれているから。
「ふぅ、昨日は本当に大変な一日だったよ。何故かお財布からは諭吉さんが消えていたし、誰かさんが人がいるところで抱きしめてきたりしてきたからさ」
「作ってきてくれたうえに全部食べてしまっても責めることなく笑ってくれたからだよ、俺は真彩の笑顔が特に好きだから抑えられなかった」
もちろんあんなことはもうしない、学習能力はある人間だから同じ失敗は繰り返さない。
ただ彼女が求めてきた場合には簡単に変えるだろうな。
「そりゃ責めるわけがないでしょ、宗典に『美味しい』と言ってもらいたくて朝から頑張ったんだから」
「いつもありがとう、俺は真彩が――」
「はい禁止、さすがに言い過ぎ……」
好きとか言うと微妙な顔をされるのが当然になってきた。
いやでも、あの約束があるから俺は自信を持って行動すればいい。
本当に嫌なら彼女は黙って離れる、そうなっていないということは不安になる必要はないということなのだ。
「宗典、風遊に優しいままでいてね」
「でも、気をつけるよ」
ついついなにかしてやりたくなるから気をつけなければならない。
風遊も求めていないだろうし、悪いことへのきっかけになる可能性があるから。
「うん、放課後とかはこっちを優先してほしい」
「するよ、別々に行動をしてやりたいことなんてないから」
「じゃ、今日はこのままずっとくっついているよ」
だが、くっつかれている間はなにもできないから困りものだった。
何度も言うが漫画やゲームなどがあるわけではない、でも、なにもないからってこちらも触れていたら自分が決めたことを破ることになる。
だからいいことのはずなのに少しだけ大変な時間となったのだった。
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