第11話
ウアンバの声がどんどんと遠のいていって僕は、重力を感じずに大地に吸い込まれていく。
それは上なのか、下なのかも分からぬ深い闇の向こうに、僅かな光が見える。ゆらゆらとその光の中へ吸い込まれていく。キラキラと黄金に輝く空間を俯瞰している僕がいる。
王宮であると一目で分かる豪奢な作りの柱や壁の装飾が見えてきた。その美しさに目を奪われる。ウアンバに似た者が派手では無いのに豪奢な布に包まれて、玉座の脇に控えている。
ハキムの声が蘇る。
「ウアンバは、王家のシャーマンの末裔」
玉座に座るオドオドと目を小刻みに揺らす男に何かを囁く背の高い髭の男が見える。眉根を寄せるウアンバ似た老婆。
「ウンドゥバ、とうか占っておくれ、この国の未来を。」裏返った声で懇願する王の目には涙が滲み、額には脂汗が光る。
「其れには及びますまい。なにせもうあの丘の向こうには100万の敵が押し寄せて来ておるのですから。軍事大臣である私が、この脅威を取り除いてご覧に入れまする。」背の高い他の者たちとは全く違う装いの髭の男は、そう言って王に擦り寄る。
「成りませぬ。占いには戦う事はならぬと出ております。
昔からの同盟である隣国が飢饉にあって動揺しておるだけのこと。ここは恩を売って同盟の絆をより太く強固なものにするのが得策かと。今一度、確かなる未来を占い申し上げます。」そうシャーマンは声を限りに訴える。しかし占うには静かな場所と時間が必要なのだ。
「何を柔な事を言っておる。あの丘の向こうまで隣国の兵が火器を持って迫っておるのだぞ。」
「いえいえそれは単なる噂。」そうシャーマンは強く反抗するが、昨日出発させた伝令は未だ帰って来る様子はなく、シャーマンはヤキモキと手の中で棗椰子の種をクルクルと回す。
「どっちなのだ。儂はどうすれば良いのじゃ。」地団駄を踏む姿は、幼き頃の王子を彷彿とさせ、周りにいた家臣達は、何故兄者達が次々と斃れて逝ってしまったのかと嘆く。
長身の髭を生やした軍事大臣は、窓に寄って自らの卒兵が煙を上げて馬走らせ戻ってくるのを認めると、ニヤリと笑い、表情を硬くしてからクルリと王の方へ振り向き「すぐに答えは出ます。暫くお待ち下さい。」と恭しく頭を下げてた。
その時シャーマンは、目を瞑り何かを唱えていたが、クゥっと苦しそうな声を出して目から血の涙を流した。
「お、オマエは何者だ。何をした。この国をどうする気なのじゃ。」と軍事大臣へ言い募ったが、その声は弱々しく王や他の家臣には届かなかった。
昏倒したシャーマンを汚いものでも見るように一瞥をくれてから、演技がかった声で
「おぉ、大事ないか、具合が悪そうだ。目から血まで流れているではないか。誰か。誰かこの者を王様の前から立ち退かせよ。」と命じた。
場面は一転して、殺伐とした城内を苦々しい顔で歩き回る軍事大臣。その頭には黄金に輝く王冠がのっている。傍には先の王によく似た細く幼さの残る女王となった先の王の妹君が、不安げに立ち尽くしている。
「何故皆の者は分からぬのだ。あの愚かな王よりわしの方が偉大で先を見る目があるということが。国土は広がったと言うのに、なぜ我が国からことごとく逃げて行くのだ。」戦いを終え国は焼かれ民は散り散りに逃げた。隣国の飢饉に加え戦いで畑は焼けた。働き手である者達も半数以下となってしまった。そして戦いの後、豊かな平和は訪れなかったのだ。
その愚かな偽王の声に朦朧としていた目がカッと見開き瞬時にこの状況を理解した。目の覚めた女王は怒りを押し殺し、か細いしかし凜とした声で
「何故?何故と聞くのですか、自らを賢いとそう仰るその口で。貴方は知らないのですか。平和を守ることの強さを。それこそが、王たる者の真の強さであるということを。
そのことも知らずに、我が兄を貶めて玉座に座る算段をするなど、なんと愚かなこと。
私にまで呪をかけ操るとは許さぬ。」
そう言うと、玉座に座りこの国でしか取れぬ石で内側を覆った金の冠を頭から下ろし手に持った。そして王笏を高く掲げ
「今ここに、この国を閉じる。」と厳かに宣言した。その声は国の隅々まで響き渡り僅かに残っていた善良なる国民は、城へと一目散に集まって来た。
平和を願う民達がひしめき合う城の中女王は、
「これへ」と地方を司るっていたシャーマン達を全て謁見の間に集めて呪文を唱えさせる。
女王は、玉座の後ろに飾ってあったタぺストリーを手に取る。怒りに狂った様に叫びながら自らを王と名乗る軍事大臣はただただ狼狽えながら、財宝を我が物にしようと集めさせている。その愚かな偽王に女王はタペストリーを手ずから被せた。タペストリーにはプァーハの棘が裏側にビッシリと編み込んであるのだ。
呻く長身の髭の男は、ダラダラと血を流し呻き声を上げながら正体を現し始めた。
人とは思えぬ形相の醜き姿を見て王女は、何故もっと早く此奴の正体を見抜けなかったのかと悔やんでも悔やみきれぬと涙を流した。
ウアンバに似たシャーマンが目に包帯を巻きながら、古くから伝わる一子相伝の秘中の呪文を唱えた。それは一の谷、ニの谷、三の谷のシャーマンと繋ぎながら、女王に伝わる。そして女王が皆に聞こえぬ声で「バラサノニコク」と唱え王笏で大きく床を打った。
城壁は下から隆起した土で崩れ、小さな王国は、みるみると持ち上がる山の中に飲み込まれていった。
外界からは窺い知れぬ小さな城だけがそうやって残ったのだ。
雷の音がした。激しく大地を揺るがす程の。
僕は驚いて眼を開ける。真っ暗闇だ。稲妻の光が目に飛び込んでくる。そしてまた気が遠のく。
「起きなさい。こんな所で寝ないで。今日は雨も降って来ちゃったし帰るよ。」そう言って体を揺り動かされて、僕は覚醒する。
アリかと思ったが、お母さんだった。
板の間に寝て強ばった身体をウーンと言って伸ばす。
「早く降りて来なさいよ。」
「うん」と生返事をしながら手の中を見ると、干からびた棗椰子の実が一つと、ズシリと思い緑青の浮いた鍵が握られていた。
おじいさんの屋根裏部屋 小花 鹿Q 4 @shikaku4
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