第9話

砂岩が切り立つ細い道をしばらく行くと、アリは駱駝達を表からは見えない岩の陰に繋いだ。水と飼葉を置いてそこから3人は徒歩で奥へ進む。


洞穴の様な岩が覆いかぶさった道の先に、今度は大小の本物の洞穴が開き、ハキムとアリは一つ一つ確かめながら何かを小声で呟いて確認を取っている。

カンテラを出して壁を照らす。

どうやら目当ての洞窟が見つかったようだが、目印になるものがあったのかは分からなかった。

僕に見えないように用心したのかもしれない。

「ここだ。」ハキムがやけにはっきりした声で顎をしゃくって示した洞窟は、細くて真っ暗闇だ。本当こんな所入って大丈夫なのかと足を震わせながら前へ進むと存外短いトンネルで緩くカーブした先に丸窓のくらいの光が見えてきた。


トンネルを抜け崖の突端まで行くとそこは、砂岩の谷に囲まれている盆地の様な、大地の裂け目だった。木々の間から村が在るのが眼下に見える。


見渡した一番奥の岩盤には滝が白い筋を作り、徐々に大地に吸い込まれながらも川が流れ、その周りには日干しレンガの家が軒を連ねている。

滝⁇川⁇村⁇そしてこんもりと繁る木々。

余りにも、予想だにしなかったその景色に圧倒され僕は立ち竦むしかなかった。


ハキムにバシッと肩を抱かれ、「どうだ、驚いたか」

そう聞かれてもすぐにには声が出ない。

砂に覆われた細い道を下りながら、ハキムが話したのは、此処が彼等の故郷だという事。

知るのはごく限られた者たちのみであるという事。

そしてこの秘密は、誰にも話さないと約束も交わした。

あの滝の水が、地下水になり川を作りオアシスの噴水を作り上げているのさ。とアリが何故か得意そうに鼻をチョイと上げて言う。


僕達が道を下っていくと、家々から歓待の声を上げ人が出て来る。

その人達に、2人は棗椰子を分けながら、「どうだい元気だったか。」「今年は何を収穫する予定なんだい。」「山羊は何頭生まれたのさ。」と楽しそうに話しかけている。

小さな丸太で出来た簡素な橋を渡ると、ガラリと空気が森の匂いに変わった。

何という木なのだろう、緑の濃い細長い葉に小粒のオレンジや濃いピンクの花をつけ、上の方には沢山の実を付けていた。山かと見紛うようなその木の脇のな小さな踏み分け道があってそこへハキム達は入っていった。

湿り気はあるもののやはり道はきめの細かな砂質で、踏むとギュッと沈み込む。

微かに勾配のある道を5分も上がっただろうか、日干しレンガと木をふんだんに使った家の前に出た。


アリが軽い足取りでヒョイと玄関ポーチに上がるとそのまま扉の中に入っていってしまった。

ハキムも「ただいま。」と声を掛けながら家の中に消えていった。


僕はといえば、振り返り街の様子を見ようとしたが、目の前には先程見上げた木が目の前に広がり見渡すことが出来ない。

梢はまだ少し上の方に有る。

こんな大きな木ってあるんだと感動しながら、先程は届きようの無かった実が目の前で「お取りなさいよ」と言いたげに揺れている。


「ダメだ」

ハキムの声にドキリと手を止めると。

「良かった間に合ったな。説明するのを忘れていたが、コレはプァーハの実で、薬草だが皮に棘があり手に刺さると1週間は痺れて使い物にならなくなる。それにウアンバが術もかけているからな、触るのは危険だ。」

「ウアンバ?」

「私だよ、」と腰の曲がった背の小さお婆さんがこちらを見ている。


「オレのばあちゃんだ」アリが言う。

「遠い海の向こうからやって来て、この子らと親しくなった不思議な御仁よ、よくおいでなさった。さぁ中にお入り。」そう言ってウアンバは、瞬きする間にもう扉の中に入って行ってしまった。


一歩扉の中に入ると、不思議と心の休まる薬草の香りが部屋に充満している。


ハキムが語る。

ウアンバは、昔々の王宮に仕えたたシャーマンの末裔。

王宮のなくなった今は、占いや祈祷をして、村の相談役をしているのだ。

そのウアンバが近頃年には負けてしまうのか、元気が無いと人伝に聞いて今回大好きな棗椰子を沢山もって戻ってきた。

僕から手に入れた薬をあげたかったのも帰郷した理由だと。


ウアンバから手渡されたお茶は、不思議な香りがして一口飲むと、砂嵐で痛んだ目の腫れが収まり、二口飲むと疲れが流れ出ていくような感覚になった。

驚いて瞬きをしていると、アリがクルリと目を回して、

「どうだい。お口に合ったかい?」と愛嬌たっぷりに聞いて来た。

「あぁ」と答えながらも体から力が抜けて行って深い眠りの淵に誘い込まれてしまった。

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