第6話

僕は、バザールで屋台の羊を焼く匂いに誘われて、ふらふらと近づいて行くとそこのテーブルに着いている1人の青年から手招きをされた。

えっ僕?

「さぁ早く座れよ。久しぶりだな。今度はいつ来るかと楽しみに待っていたんだ。先ずは腹拵えだ。」と言って店の人にドンドンと注文を出す。

「やぁハキム元気だったかい?頼まれたもの手に入れたよ。会えて良かった。」そう言ったのは僕の様だった。

でも、この声はおじいさんの声かも。そうかコレはおじいさんの記憶の中に紛れ込んだのかもしれない。そういえばいつのまにかおじさんの姿が消えている。視線を彼方此方に向けてもやはりおじいさんの姿は見えない。

握ったら開いたりしながら手を見ると、明らかに大人のそれも力仕事が得意そうな厚みのある大きな手だ。

僕は、自分の感情を仕舞い込んで、おじいさんの記憶の中に沈んで行こうと緊張していた心を解き放した。

「何をキョロキョロしたり手を見たりしてるんだ。」呟いてからハキムと呼ばれた浅黒い肌の目鼻立ちのハッキリとした青年は、「さぁその話は腹拵えをしてからだ。」そう大きな声で言ってから、目を眇めて「後でだ」と音を出さず言った。


腹が膨れた2人は、銀の月広場に張られたテントの中で大勢の観客と同じように簡素な板敷のベンチに折り重なる様に座って大道芸を観ていた。

テントの中は熱気で破裂しそうだ。

体に油を塗った大男が、黒い剛鉄の玉を抱えて頭上持ち上げる。

歓声が湧き上がり、人々の意識が集中している時にハキムが、

「では、いただこうか」と耳に小声で話しかける。

「先ずは代金だ」おじいさんである僕は前を見たままそう呟く。

ハキムは、バンバンと僕の背を叩きながら、「そりゃそうだな。じゃその首に下がっているものは何だい?」とウィンクをよこす。

僕の首には、さっきまで無かった太い金鎖が掛かっていた。

「なるほどね。」

僕はそう言って手妻の様に、今度は金鎖を取られては敵わないので、金鎖を首から外し鞄の中に結わい付けた。

それから、鞄の奥から一枚の紙を取り出し、折り鶴を折る。

それをハキムの掌に乗せて、「そこに在りかが書いてある」と告げ、ショーの終わりにの人の波に乗ってテントを後にした。

ハキムは英語が読めない。

それを読むには寸の間かかるだろう。

僕は宿に帰って、金鎖の真贋を確かめ、必要な物に変えなければならない。そうハキムには必要の無い物に。長く友情を続けるには、コツがいる。

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