第2話

懐かしい手旗信号。

2本を手に取って、姿勢を正して梁の位置を確認しながら、「オジイサン、イッテシマッタンダネ、イママデアリガトウ、サビシイヨ」と旗を振ってみた。

自然と涙が頬を伝い、嗚咽している僕が居た。

こんな事ではおじいさんに笑われると涙を拭って、手帳を手に取る。


革の手触り、手帳の重さ、懐かしい香り。それだけではないこの不思議な感触。光に包み込まれているような錯覚に捉われる。自然と目を閉じてしまうとおじいさんの優しく微笑む顔が光の中に浮かび上がる。

目を開けると、周りの闇が一段階深くなったと思ったのは気のせいだろうか。

片手に懐中電灯を持って、表紙をめくると、中表紙に万年筆で書いた細いがクッキリとした線で「ようこそ、さぁ旅に出よう。」と書いてある。

カサカサと鳴る薄い紙をめくると、そこには何も書かれていないように見えた。

アレ、こんなに使い込まれているのに使っていなかったのかなと不思議に思って、最初のページを指でなぞると、文字が滲むように出てきた。

「えっ」

固まって立ち尽くす僕の前に、なぞった指先の跡が「左端の木製の箱を開ける鍵は、正面のタンスの上に在る」

そう読めた。

テーブルの向こうに飴色に光る重そうなチェストがあって、その上に小さな木製のトランクが置いてあった。

もう一度ノートを見ると文字は綺麗さっぱり消え失せて、羊皮紙のような色の無地の頁が開かれているばかりだった。

テーブルの向こうに回り込んで、そのトランクに近づくと回転式のナンバーキーが付いている。まずはそれをそっと回転させずに開けてみるがビクともしなかった。

番号か、おじいさんが好きだった数字?それとも何かにまつわる数字?

もう一度手帳のところに戻って掌をのせて眼を瞑ると、おじいさんの声が「最初に乗った飛行機」と頭の中で甦る。


そう言えば、おじいさんと会うとその時の話をよくしたっけ、嵐の中をウワァンウワァン揺れながら、プロペラ機の「YS11」で三宅島に行ったのが、僕とおじいさんの初めての旅行だった。


ハッとして、回転盤を見ると全て数字だ。

「よし」声に出してそう言ってから、アルファベットを数字に置き換えて、511911と合わせるとカチリと鍵が開く音が響いた。

おじいさんとよくやったスパイごっこの暗号解き。胸が躍るあの時の感覚が蘇る。


ペンキを何度も塗り直した古い赤ワイン色のトランクを開けるとその中には古そうな、大きな装飾が施されている燻し銀色の鍵が1つだけ入っていた。

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