おじいさんの屋根裏部屋
小花 鹿Q 4
第1話
船乗りのだったおじいさんの家を片付けに行くことになった。
僕が知っているおじさんの家は、海のそばではなく、高台からなら秩父連山が見える武蔵野に在った。
東川という小さな川が庭の端から見えて、川沿いにずっと桜の木が植っている。桜の季節にはみんなで集まって、おじいさんのイングリッシュガーデンでよく花見をした。
風が吹くと花吹雪がそれはそれは見事だった。
お母さんは目を腫らして、お父さんはいつになく気難しい顔をしてハンドルを握り、いつものようにふざけることもなく前ばかりを見ていた。
陽気で作り話の好きだったおじいさんは、お母さんのおじいさんで僕からしたらひいじいちゃんだ。
僕が行くといつも、昔乗っていた船の話や外国の面白い話をしてくれた。
こざっぱりした、1人では充分すぎるその家は腰板も床もオークで出来てきて、ツヤツヤと光っていた。
オークは船にも使う木材だから、とても丈夫なんだぞと、僕の頭を大きな掌でグリグリとしながら、何度も何度も行くたびに教えてくれたんだ。
おじいさんの家には屋根裏部屋が有って、そこには色々な国のお土産が仕舞ってある。季節や気分によって、リビングや玄関に飾るものを屋根裏部屋から持ってきて並べていた。だから、行く度にそのお土産にまつわる違う話が聞けるのを楽しみにしていたんだ。
お母さんもいつも目をキラキラと子供の様に輝かせて
「その話初めてだよ」などと言ってとニコニコして耳を傾けていた。
もうそんなお話も聞けない。
「私は書斎に」とお母さんは言い、「じゃリビングは僕が」とお父さんが行ってしまったので、今日はお姉ちゃんが来なかったから独り言になっちゃったけど、「僕は屋根裏部屋へ」と声に出して言うと、頭の中でおじいさんの笑い声が聞こえた気がした。
屋根裏部屋に上がるのは2階の、もう物置みたいになってしまっているゲストルームの天井にある扉階段を降ろさなくてはならない。
壁にかけてある専用の棒でギュギュと取っ手を回すとかチャリと乾いた音がした。
埃っぽい匂いの中におじいさんの気配を感じる。
小さな明かり取り窓から、溢れる日差しの中で僕が動いた風でキラキラとチンダル現象が起こる。
屋根の傾斜のままの天井に下がる電灯は、ベネチアで手に入れたランプを改造した笠で覆われていて、妙にキラキラと屈折した光をは放っていた。
ポケットから小型の懐中電気を取り出して隅の方から照らしていくと、さまざまなな形や装飾を施した箱やタンスが、整然と並んでいる。
おじいさんは、整理好きでいつも何がどこにあるかキチンと記憶していたなと、改めて懐かしく思う。
ハッキリとひいじいちゃんの事を認識したと思っているのは、5歳の保育園の運動会で、僕は全員リレーという園庭を一回りする学年毎の駆けっこで、張り切り過ぎて頭から前転をする様に転んでしまった時だ。痛いし恥ずかしいし脱げた靴は直ぐには見つからないしメソメソと泣きはじめた時、ラッパの音が響いた。プップルーと鳴り響く音の方へ顔を向けると、ニヤリと笑ったおじいさんが手に旗をもって、立っているのが目に入った。
僕が見たと認識するやいなや、おじいさんは旗をビュッンと音がする位の勢いで、振り始めたんだ。
僕はすぐにそれが手旗信号だと気付いて、「マケルナ、タッテハシレ」と示されているのを理解した。
観客席に居た誰もが、ちょっとおかしな爺さんが紛れ込んで来たのだと思ったのか、おじいさんに目が釘付けになっているのを、僕はなんだか無性に可笑しくなって、笑いながら立ち上がって、片方の靴が脱げているのも気にせず走り出した。
ゴールした時、またおじいさんの方を見ると、お母さん達が先生にぺこぺこと頭を下げている。
おじいさんは、僕がゴールしたのを見届けると、「ヨクヤッタ」と今度は手元で小さく旗を振りウィンクして白い歯を見せて笑った。
僕は嬉しくなって、手をバタバタと振りながら「おじいさぁーん」と大きな声を張り上げたことを覚えている。
きっと手旗信号を教えて貰う程、それまでも可愛がってもらっていたのだろうが、僕の中の大好きなおじいさんとの思い出はここから始まる。
誰?と聞かれてひいじいちゃんと何度も説明したせいで、祖父ではなく、曽祖父だという認識がその時に生まれたからかもしれない。
部屋真ん中に目を戻すと、ランプの下に小さな丸テーブルが置いてあり年季の入った旗が二本と、革張りの手帳がスポットライトを浴びるよに置いてあった。
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