【第二章】ハルジオンの収穫祭
1.ムーンライトの日常と収穫祭
ハルジオンへやって来てひと月が経過した。
「……あっという間だったな」
横に並ぶパーティーメンバーを見ながら、俺はしみじみとそう呟いた。
冒険者ギルドハルジオン支部にて、今日の
「ん? 今日の仕事も楽勝だったってこと? アタシがいるんだから当然だよ!」
毛先の跳ねた赤毛の少女が腕を組み、無い胸を張って自慢げに俺の呟きに答える。
「リリィ、油断禁物」
少女の隣に立つ眠たげな目をした黒髪の美女が、慢心する少女を
「ルナ!? アタシ結構活躍してるよ!?」
そんな美女に自身の功績を涙ながらに訴える少女。
「うふふ、いつ見てもリリィの泣き顔には
黒髪の美女に泣きつく少女を見て、神官衣を着た桃色の髪の美女が、恍惚とした表情で頬に手を当てている。
「マリン、外ではあまり……それはしない方がいい」
黒髪美女の一歩引いた言葉にショックを受ける桃髪の美女。
「ドSのくせに打たれ弱いってなんだよ」
俺はしょげる桃色の髪の美女に、ここぞとばかりに追い討ちをかけた。
冒険者クラン『ヒカリエ』に所属するルナ、リリィ、マリン。
リーダーであるルージュさんの提案で、俺たちはパーティーで
その方が高ランク・高報酬な
それに何より安全だ。
「ねぇねぇ! 明日はこの
リリィが背伸びをしながら、上の方に貼ってある依頼書を指差した。
「えーと、『謎の森の調査』。町外れに目に見えない森があるという目撃情報が上がっています。見つけ出し調査を希望。
「面白そうじゃない? ルナがいるからSランクの
リリィが明日が待ちどうしいと言わんばかりに、ソワソワしながら嬉しそうに言ってくる。
ギルドを通して受ける
原則、自身の冒険者
そのため俺やリリィではSランクの
「お馬鹿。ルナ一人ならともかく、わたくしたちが一緒では足手まといになりますわ」
舞い上がるリリィにマリンが現実を叩きつける。
俺たち『
ランクは
メンバー個人のランクは……
ハル:Cランク
リリィ:Cランク
マリン:Eランク
ルナ:Sランク
俺たちは当然S
しかし、ルナだけは最高ランクのS。
つまり、ルナ個人が受注した
ルールの抜け道のようだが、この行為は黙認されている。
元々命がけの冒険者稼業。
自身の力を見誤って命を落としたとしても、それは自己責任と判断されてしまう。
金に困った者やリリィのように調子に乗った者以外は、自分たちの力と相談しながら安全マージンを取るのが一般的な考え方になる。
というか、ベヒモスを簡単に倒したり、三十人近い野盗を一人で全滅させたりと、すごい奴だとは思っていたが、まさかSランクだったとは。
「S
ルナもマリンに同調するような発言をして、リリィの提案を却下する。
正直者のルナが言うのだから、S
「えー! 早く有名になりたいじゃん! アタシたちが活躍して有名になれば、ルー
「確かに、忙しいルージュさんのことを案じる気持ちも大切だけどさ、ルージュさんの願いはみんなが安全に仕事することだと思うんだ。きっとそのためのパーティーなんだよ」
「うう……それは、そうかもだけど」
ふふふ、俺のリーダーらしい言葉に反論できないみたいだ。
「まぁコツコツ
みんなが俺の意見に頷き返す。
嫌々引き受けたリーダーだったけど、勇者パーティー時代も暴走する仲間たちをまとめてたし、意外と性に合ってるのかもしれない。
俺はため息交じりにそう思うのだった。
――
「こっちだ豚野郎! こっちに来やがれ!」
「ブヒィィィィィイイイイ!!!」
二本の大きな牙を持つ
俺はその牙を剣で受け流しつつ、身を反転して斬撃をカウンターを決める。
急所を狙ったのだが……浅いか。
剣の扱いにも慣れてきたが、まだまだのようだ。
「大地を守護する四つ柱にして、火を司る女神、ヘルメザードよ。我らが祈りを聞き届け、神聖なる御身の
「ハル! ルナ! リリィの詠唱が済みましたわ!」
「〈
マリンの声に合わせて、ルナが俺を抱えて前線から離脱する。
「ブィ!?」
急に標的だった俺の姿が消えたことで、
「リリィ! 側面からだ! 前足の付け根少し上だ!」
「くらえええ! 【トリプルファイヤーボール】!」
驚きで一瞬足を止めた
高速で走りまわる猪に
急所に火球の直撃を受けた
起き上がれずにもがき、そのまま炎に飲まれた。
「ふぅ、上手くいったな」
地面に下ろされた俺は、その場に腰を落としながら言う。
「作戦通り」
ルナも俺の横に立ち誇らしげに言う。
ちなみに作戦を考えたのは俺な。
「ねぇねぇ! 見た見た! 今の魔法! 上手く制御できてたでしょ!」
リリィが嬉しそうに駆け寄ってくる。
改良された新品の杖を嬉しそうに振り回している姿は、実に子供らしいと思う。
「ハルはもう少し剣の腕を磨いた方がよいのでは? 『聖剣ハルスカリバー』が泣いていますわよ?」
駆け寄るリリィの後ろから、マリンがうふふと笑いながら言ってくる。
「俺の愛剣をその名で呼ぶなよ」
俺が憮然としていると、「いい名前だと思う」と、ルナが熱視線を送ってきた。
ルナの視線の先は俺の腰に携えられた剣に向いている。
そう、謎の老人に餞別として渡されたあの剣だ。
先日、この名もなき剣に名前をつけようというメンバー会議が行われ、『聖剣ハルスカリバー』とかいう馬鹿みたいな名前を付けられたのだ。
俺は、ルナの言葉にニヤニヤと笑みを深めるリリィとマリンを睨んだが、もうこのやり取りにも飽きたので、これ以上は取り合わないことにする。
今日は畑に出没する魔物の討伐
Eランクパーティーであるにもかかわらず、格上の魔物でも安定して討伐できている現状を鑑みると、もしかするとこのパーティーは強いのかもしれない。
リリィに言うとまた調子に乗るから絶対言わないが、かなりバランスがいいと思う。
まず俺が前衛に出て敵の注意を引き付ける。
今までとは正反対のポジションだけど、敵に近ければ近いほど『マナ視の魔眼』が効果を発揮できるため、前に出ても不意打ちを受けにくいし、弱点も探りやすい。
パーティーで最強のルナは中衛として俺や他のメンバーのフォローをする。
俺が対処しきれない時は前衛に、火力や支援が足りない時は後衛に、と忙しいポジションのはずだが、ルナは難なくこなしている。
リリィとマリンは後衛。
リリィは強力な火属性魔法によるアタッカー。
改良された杖をルナからもらったリリィは、高火力の魔法も制御できるようになった。
マリンは得意な光属性魔法の回復魔法で、みんな体力管理をしている。
回復魔法に関して、マリンの右に出る者はいない。
これはSランク冒険者であるルナのお言葉。
その言葉の通り、俺が猪に受けた傷もあっという間に癒してくれた。
魔法の有無も勿論あるが、近接戦闘しかできなかった勇者パーティーと比べると、総合力には雲泥の差があると感じた。
俺がそう自分たちの力を分析していると、
「ヒカリエのみなさん。ありがとうございます。これで安心して仕事が続けられます」
「お役に立ててよかったですよ」
近くで見ていた依頼主が深々と頭を下げてくる。
俺は笑って感謝の言葉を受け取った。
「そういえば、もうすぐ収穫祭ですね。またみなさんの仮装が見られると思うと楽しみで」
「収穫祭? 仮装?」
新出単語だ。
俺は周りのメンバーに説明を求めた。
リリィがやれやれと呆れ顔で説明してくれる。
いちいち
「収穫祭ってのはね、いろんな服を着て遊ぶお祭りだよ」
……なるほど、分からん。
マリンの補足説明によると、収穫祭は一年の豊作を神に感謝し、来年の実りを祈る行事らしい。
その祭りの一環として、様々な衣装を着て町を散策したり、露店を巡って楽しむそうだ。
「ハルジオンの名物行事なのです。わたくしも楽しみで楽しみで。みなさまの衣装も準備中ですわ」
マリンはうふふと笑いながら、そう締めくくった。
「それは楽しみだな」
何の気なしに俺はそう言ったけど、他の二人は何やら静かだ。
「どうした?」
気になって聞いてみる。
「いやぁ、マリンが作ってくれる衣装は毎回すごくてね……」
本人の前で言いにくいのか、リリィが目を泳がせながら曖昧な返事をする。
すごく気になったけど、何があったのかは結局聞けずに終わった。
なんか不安なんだけど……
まぁ名物イベントらしいし、それはそれで楽しみだ。
俺はそう思うことにした。
ちなみに、依頼主がいる間、ルナは一言も発することはなかった。
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