18.勇者達のその後⑦

俺はとうとうグランズロック山脈で最も標高の高い山、グローム山に入っていた。

雪の積もる足場の悪い獣道を、一歩一歩確認しながら進んでいく。


この山は以前、ハルを追い出し見殺しにした場所だ。

あの時は降り積もる雪でも清々しく感じていたってのに、今はここにいるだけで無性に腹が立ってくる。


苛立ちの原因はいくつかあるが、気が立っているのは二つ。


一つはクソ野郎ハルのことを思い出させること。

大臣の言葉とセットで俺の頭の中をぐるぐると反響し続けている。


そしてもう一つ。


「おい勇者! もう食糧を隠し持ってはいないだろうな!? 空腹でどうにかなりそうだぞ!」

「ねぇ! この服じゃこれ以上の寒さには耐えられないんですけど! 勇者何か持ってるんじゃないの!?」


後ろから聞こえる騒がしい声を俺はシカトして進む。


声の主は脳筋馬鹿ダン成金馬鹿アスカ

コイツらがもう一つの原因だ。

何もできないくせに文句だけは一丁前。


昨晩、俺が村で手に入れていた保存食を隠れて食べていたことを根に持っている二人が、失礼なことに他にも何か隠し持ってると疑ってくるのだ。


馬鹿かコイツらは。


これは俺が山を越えるために必要な物を村で調達していた成果だ。

俺が懐に持つ発熱する石も。


準備不足な馬鹿共を助けてやる義理はない。


俺が答えずに進んでいると、後ろからありえない言葉が聞こえてくる。


「くそ! ハルがいればこんなことにはならなかったぞ! いつだって必要な分の食糧を持っていた!」

「本当ね! 前にこの山に来た時も、ハルがちゃんとみんなの防寒装備を用意してた!」


こいつら、とうとう本当に狂ったか?


ハルがいればとか聞こえた気がした。


「おい……今なんて……?」


俺は二人の言っていることが理解できず、振り返りながら驚愕に震える声で言葉を返した。


「こんな何もできない勇者なんかより!」

「ハルがいてくれた方がよかったぞ!」


俺の中で、何かの糸が切れた音がした。


「壁用と見栄え用の分際でぇぇえ!! てめぇぇええらぁあ!! ブッ殺してやらぁぁぁぁあああああ!!」


俺は聖剣を抜いて振り上げた。


二人に向けて掲げた聖剣を振り下ろそうとした時、ふと二人の表情が目に飛び込んできた。


驚愕し怯える顔。


ククク……ザマァねぇな。


そう思った俺だったが、違和感を感じた。

二人の視線の位置が少し高い。

俺を見ているのではない。

俺の掲げる聖剣でもない。

もう少し上を……


「グオオォォォォオオオオオ!!!」


俺の背後から何かの咆哮。

同時に咆哮の風圧なのか、背後から突き飛ばされた。


「うわぁ!?」

「きゃぁ!!」


俺の前にいたダンとアスカも同様に吹き飛ばされる。


雪が積もっていたのが幸いし、地面に叩きつけられても大して痛みはなかった。


俺は雪に埋もれた体をガバッと起こし、何が起こったのかを確認すべく周囲を見回し……


「グルルルルル」


目と鼻の先、涎を滴らせた剥き出しの牙、その奥から吹き付ける獣臭い吐息……


目線を少し上げると、獲物を前に血走った凶悪で邪悪な瞳と目があった。


「何でまたこんなところに!」


アスカが悲痛に叫ぶ。


「くそ! 先日のベヒモスか!?」


ダンは立ち上がり、丸腰ながら臨戦態勢をとる。


そんな中俺は、動けずにいた。

目の前で大きく開かれた凶暴な口を見て、絶望していた。


役立たずのくせに口ばかりな仲間たちに。

勇者である俺を裏切ったこの国に。


後ろで何かを叫ぶ声が聞こえる気がするが、俺はろくに言葉も出てこず、ただ黙ったまま涙を流し、開かれた口を見つめていた。


最後に残す言葉も出てこねぇとは……つまらねぇ人間だな……


俺はそう思いながら目を閉じた。



――



気付くと真っ暗な場所にいた。


周囲を見回しても、何もない。

見えない、というより、どこまでも黒い。


そして俺の体からは、黒いモヤが漏れ出している。


なんだここは?

死後の世界か?


なぜだろう……

ここにいると、無性にイライラしてきやがる。

心の底から、黒い感情が噴き出し、体に留めておけず、漏れ出ている感覚だ。


このイライラの原因は何だ?


分かってる。

ハルだ。


どいつもこいつも、ハルハルハル。


あの野郎は死んだ。

もういないんだ。

いないはずなのに、なんで俺の邪魔をする。


憎い。

ハルが憎い。


ふと頭上を見上げると、沸々と湧き上がる憎悪のモヤが、天に登っていることに気付いた……



――



「ふっふっふ、どうやら目が覚めたみたいですねー。ゴホン、勇者よ、こんなところで倒れてしまうとは情けない。再び立ち上がるのです!」


人を小馬鹿にしたような笑みを象った仮面の男が、よく分からない事を言いながら俺を覗き込むように見ている。


……夢か?

目が覚めたばかりでふわふわした感覚だ。


そんなことを考えていると、体に何かがしがみついた。


「よかった! 本当にダメかと思ったんですけど!」

「無事か勇者!?」


声がする方へ目を向けると、そこにはダンとアスカがいた。


ダンは膝立ちで横になっている俺のそばで笑い、アスカは俺に抱きつきながら泣いていた。


「これは……一体……」


あたりを見渡すと、薄暗い洞窟のようなところにいる。


よく見ると満身創痍だったダンとアスカの体には傷一つない。

アスカに至っては膿んで見れたものではなかった顔面の怪我もきれいさっぱりなくなっていて、可愛らしい顔に戻っていた。


俺はそこで何があったのかを思い出す。

ルブル王国からの逃亡中、ベヒモスに遭遇したことを。


「ベヒモスはどうなった? 何で俺は生きてるんだ? ……でめぇらの傷も」

「この男が助けてくれたのだ! 勇者に食らいつく寸前、彼がベヒモスの首を落としたんだぞ!」

「勇者はお腹に牙が食い込んでて死にかけてたんだけど、この人が助けてくれたのよ! 私の顔の傷も!」


二人が興奮気味に言ってくる。


「私は大したことはしていませんよー。あなたの腹部の傷も魔法でちょちょいのちょいでしたー」


仮面の男は大したことはしていないと、手のひらを前で振って大げさな身振りで謙虚そうに振る舞う。

だがその口調は謙虚とは真逆で、人をおちょくるようだった。


変な奴だな。

それに魔法だと?


「そうだったのか、助かった。で、てめぇは何者だ?」


俺は感謝はしつつもこの超がつくほど怪しいこの人物について言及した。


仮面の男はふっふっふと笑いながら話を始めたのだった。

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