2.魔法の練習とライバル登場

俺たちは冒険者パーティー『月光ムーンライト』として、冒険者の仕事をしてはいるが、冒険者クラン『ヒカリエ』の業務であるカフェの仕事が無くなった訳ではない。


エルシア王国の暦はルブルと同じ。

七日で一週間、四週間で一ヶ月、十二ヶ月で一年となる。


ヒカリエのカフェには定休日というものがあった。


ルブルでは毎日働くのが当たり前だったし、それはこの国でもそう変わりはない。


「定休日って何?」


俺の疑問に答えてくれたのはルージュさんだった。


これはヒカリエメンバー会議で決まったことらしい。

ルージュさんの負担を減らすことと、冒険者としての仕事をするためだそうだ。


この日が休みだと前もって決まっていれば、予定が立ちやすいというのは理解できる。


今では他所の店でもヒカリエに習って定休日を作っている。

たまたま週末と呼ばれる一週間の最後の日に定休日を設けていたヒカリエを町のみんなが真似したことで、週末はゆっくりと休むという風習が出来つつあるのだとか。


「のんびりした町だな」


フッと笑った俺に、


「アンタほどじゃないよ」と、リリィ。

「ハルには言われたくない」と、ルナ。

「ハルも相当間の抜けた顔をしてますわ」と、マリン。


それぞれにツッコミ返したいが、面倒なので我慢する。


すっかり定着した定休日は今でも変わらず存在するため、カフェは一週間のうち六日間営業している。

そのうちの三日を俺たち月光ムーンライトで受け持つことになった。


カフェの仕事は三人で済むので、ローテーションを組んで四回に一回休めるようにした。

運が良ければ依頼クエストで疲れて帰ってきた次の日も休めるかもしれない。


俺たちのシフトは週初めからの三日間。

週中から週末までの四日間が依頼クエストを受けられる期間になる。


難易度ランク依頼クエストは拘束時間が結構長い。


移動を考えるとあまり遠出はできない。

基本的にはハルジオン近辺や馬車で半日〜一日程度の範囲が活動可能エリアになる。


ルージュさんに頼めば融通してくれるだろうけど、これ以上彼女に負担はかけられないというのが俺たちの総意だ。


俺たちが冒険者の仕事をしている間、カフェの仕事はルージュさんがやっている。

助っ人が二人いるらしいけど、きっと大変だと思う。


そういえば助っ人って誰だろ?


「ルージュさんの助っ人ってどんな人か知ってる?」

「え!? 何で知らないの!?」

「会ったことある」

「間抜けなのは顔だけにしてください」

 

俺の疑問に呆れ顔のメンバー。


え?

会ったことあるの?

常連のおばさんかな?

見当がつかない。


今度タイミングが合えば、こっそり覗きに来よう。



――



休みの日は魔法の練習だ。


ルナに貸してもらった『初心者でも簡単! カッコいい初級魔法』という本を参考にしている。

タイトルはアレだが、中身は結構親切に書かれていて分かりやすい。


ルナと一緒に野盗と戦った夜、俺は咄嗟に初級氷魔法【アイス】を無詠唱で行使することができた。

無詠唱は非常に難易度の高い技術らしく、初級でさえ、習得には数年かかるらしい。


「氷魔法を補助する魔道具『アイスリング』があるとはいえ、二度目の魔法で無詠唱ができるのはすごい」と、ルナから大層褒められた。


本来なら魔法を使う時は、リリィのように詠唱を行う必要がある。

が、前衛の俺がいちいち長い詠唱なんてしていられない。

無詠唱が使えるのは本当に便利だ。


現在は火、水、風、土魔法の初級である【ファイヤー】、【ウォーター】、【ウィンド】、【アース】の練習中だ。


大した威力もない生活魔法みたいなものだが、野盗襲撃時のように、使い方次第では活用できるかもしれない。


ルナに他の指輪ももらえないかな?


『アイスリング』のような魔法を補助する魔道具があれば、簡単にできるのではと考えた俺は、ルナに尋ねることにした。


「なぁルナ。『アイスリング』みたいに魔法を補助する道具って他に持ってないのか?」

「今はない。作ればあるけど、次は有料」


なんと、ルナは魔道具が作れるらしい。


『アイスリング』だけでなく、羽で飛ぶことができる『フライングブローチ』も、リリィにプレゼントした杖も、全部ルナが独自の魔法技術マジックアーツ付与エンチャントして作った魔道具だった。


ルブルの金しかない俺には、高価な魔道具を買う余裕はない。


俺でも作れないかと思ってルナに聞いてみたのだが、


「この指輪ってどうなってんの?」

「えっと……その指輪の意味は……」


差し出した左手を見て、ルナは急に顔を赤くし、そっぽを向いて前髪を触り始めてしまう。


オリジナルの魔法技術マジックアーツを説明するのは恥ずかしいことなのだろうか?

すごいことだと思うんだけどな。


結局分からないままだった。



――



「今日はこの辺にしとくか」


魔法の練習に区切りをつけ、昼食を済ませた俺はヒカリエに顔を出すことにした。


カランカラーン


「いらっしゃい……何だハルか」

「何だとは何だよ」


ホールのリリィがさっそく舐めたことを言ってくる。


「今日は休みじゃん。どうしたの?」

「魔法の練習もひと段落したから、お前がサボってないから監視に来たんだよ。あ、紅茶一つ」


騒がしく抗議するリリィを尻目に、俺は空いているカウンターに腰掛けてマリンに注文する。

カウンターに座ると、ちょうど目線の高さにマリンの豊満な胸があった。


「あなたが日に何度わたくしの胸をチラ見するのか、数えて差し上げましょうか?」

「べべ別に見てねぇよ? ち、ちょうど目の前にあっただけだし」


挙動不審になる俺を見て、マリンがうふふと瞳を輝かせる。


「……」


リリィがうつむき黙る。


「どうかしたか?」

「……アタシも二年後にはマリンみたいになってるかな……?」


目を潤ませるリリィに、俺はかける言葉が見つからなかった。


今日のシフトはルナ、リリィ、マリンの三人だ。

リリィがホール、マリンがカウンター、ルナは奥のキッチンにいる。

この三人ではほぼ固定のポジション。


本来キッチンが一番得意なのは、意外なことにリリィだが、このポジションには理由がある。


まず、ルナは基本的にホールをやりたがらない。

仕事自体は一番正確で早いんだけど、客との会話が全くできないんだから、任せる方も気が気ではない。


ルージュさんが無理矢理やらせない限り逃げる。


そしてマリンもホールは嫌がる。

俺とはこうして普通?に会話してくれるけど、初対面の男性相手だと自分からは声がかけられない。


さらにマリンは料理が全く出来ない。

裁縫が得意だから料理も得意なのかと思ったらそうではなかった。


一度だけ、キッチンで四苦八苦するマリンを見たことがあるが、決まった固定メニューすらまともに仕上げられない。


ルナといいマリンといい、二年も続けていて何やってたんだか。

リリィも案外苦労人なのかもな。


俺は未だ自分の絶壁を見下ろし、落ち込んだままのリリィを内心でねぎらった。


紅茶を飲みながら、カウンターのマリンと雑談していると、突然店の扉がバンと開かれ、如何にも怪しげな男が入店してきた。


「ふっふっふ、ヒカリエの諸君! ご機嫌麗しゅう!」


その男は長身で、派手な黄色の道化服にマントを羽織り、人を小馬鹿にしたような笑みを模った仮面をつけている。


何だこいつ?


ヤバそうなのが来たなと思っていると、


「げ! アンタまた来たの!?」


嫌そうな顔をするリリィ。


「あなたのような者が立ち入っていい場所ではありません。即刻立ち去りなさい」


不機嫌そうにその男を睨むマリン。


ふとキッチンを見ると、チラッとこちらを見に来たルナがため息を吐き、面倒臭そうに奥へと逃げ込むのが見えた。


本当に何なんだこいつ?


「相変わらず散々な物言いだねー。だがしかし! 今回こそは私が勝利する!」


腰に手を当て、もう一方の手で俺たちを指差しながら高らかに宣言した。


「こいつ……誰?」


俺の疑問に男は驚いた顔をする。

笑った顔の仮面から一瞬で驚いた顔の仮面に変化していた。


器用だな。

これも魔法なのか?


「んんー? 見ない顔ですねー。私はヒカリエのライバルである冒険者クラン『キャッスル』のマスター・カーネルと申します。そういうあなたはどちら様で?」


片手を胸に当て、頭を下げながら自己紹介したカーネルは、顔だけバッと上げ俺を見据えて聞いてきた。


「俺はハル。最近このクランに入れてもらった者だ。よろしくな」


俺も適当に挨拶を返す。


「むむむ? ハル? はて、どこかで聞いたことがありますねー」


ふっふっふと笑うカーネルの顔はいつの間にか笑顔の仮面に戻っている。


「なるほどなるほどー。これはこれは。なんとも面白い」


俺をじっと覗き見ながら、カーネルは一人で盛り上がっている。


マジで何なんだこいつ?


「さっきから何なのアンタ?」

「とうとう頭が沸きましたか?」


俺とカーネルの間にリリィとマリンが割って入る。

いつの間にかキッチンから出てきていたルナも、俺の背後、カウンター越しにカーネルを睨んでいた。


「ふっふっふ。どうやら今年の収穫祭は楽しめそうですねー。さらに待ち遠しくなりました」


仮面の模様は変化していないはずなのに、カーネルがニヤリと笑ったように見えた。


「それでは! ヒカリエの諸君! アーンドハルよ! 収穫祭で会おう!」


カーネルはマントをバサリとひるがすと、そのままきびすを返して店を後にした。


いやいやいや、マジで本当に何だったんだアイツ?


俺はただ呆然と、開け放たれたままの扉を見つめるのだった。

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