10.ツンデレ爆炎少女

「ねぇ! ねぇってば! アタシを無視すんな!」

「いでっ!」


怒鳴り声と共に足に蹴りを入れられる。


「何すんだよいきなり」

「アンタが無視すんのが悪いよ! ……はぁ、ただでさえアンタと一緒に依頼クエストに行くなんてストレスなのに」


プンプンと怒りながら、再び前を歩き出す少女。


彼女はルナと同じ冒険者クラン『ヒカリエ』に所属する冒険者だ。


毛先が外に跳ねた赤毛のショートボブと、髪と同じ真紅の瞳が特徴的な女の子だ。


服装は店で見たカジュアルな制服姿ではない。

ルナが着ていた服と似たデザインの黒と赤を基調とした服を着ている。

クールなルナとは違い、どちらかというと情熱的な雰囲気だ。


杖を怒りのまま振り回して歩くこの少女の名前は……


「リリィ、悪かったよ。ちょっと考え事をしてただけだって」

「ヘラヘラしないで! それにリリーナだよ! アタシの方が先輩なんだから、馴れ馴れしく呼ばないで!」


イライラした様子で、リリィはさらに俺を怒鳴りつけてくる。


「そんなこと言われてもなぁ」


リリィはかなり俺のことを嫌っているみたいだ。

せっかくの可愛らしい顔が、ずっと眉間にシワが寄っているせいでとても怖い。


「ルナはなんでこんな奴のことを……」


リリィは不機嫌そうにズンズンと前を歩きながら、ブツブツと何かを言っている。


「機嫌直してくれよ。今日は魔物の討伐なんだろ? 慎重に行動しないと危険だぞ」

「分かってるよ! アタシに指図しないで!」


落ち着かせたいのに、どんどんボルテージを上げてしまっている。


ルージュさん教えてくれ、どうしたらいいんだよ……



――



冒険者クラン『ヒカリエ』のリーダーであるルージュさんの発案で、今回はリリィの依頼クエストに同行することになった。


町を出て数時間。

目撃情報があった地点に到着した俺たちは、相変わらず言い合いを続けながらも目的の魔物を捜索していた。


ちなみに、可愛いとはいえまだ幼いリリィだけが相手なら、俺の思春期童貞心ピュアハートにはさざなみ一つ起きない。

紳士な俺はお子様をたしなめつつリードすることにした。


「まぁブラックベアなら俺も討伐したことがあるから、きっと力になれると思うよ。子供一人に魔物と戦わせるのは、さすがに大人として見過ごせないし」


ルブルでもブラックベアが人里へやってくことがあった。

危険等級はたしか中の上あたりだったはず。


リリィの実力はまだ分からないけど、元々一人で行くつもりだったらしいから大丈夫だとは思う。


それでも、子供が一人で魔物退治ってのは、やっぱり抵抗がある。


そう思っていると、


「うるさいうるさいうるさーい!」


我慢が限界に達したのか、突然リリィが絶叫した。


それと同時、まるで火山が噴火したかのように、リリィの体から炎が噴き上がった。


「アンタ本当にうるさい! アタシはもう16だ! 子供じゃない! それにいきなり現れてルナのことっちゃうし! 大っ嫌い! アタシはアンタのこと仲間だなんて思ってないから! ルーねぇの頼みだから仕方なく連れてきただけ! 分かったらアンタは後ろで黙っててよ!」


まさに怒り心頭。

涙目になりながら怒鳴り散らし、俺を睨みつけてくる。


確かに突然やってきて勝手に仲間に加わるとか、嫌がられて当然だよな。


というか、16ってことはタメってことか?

嘘だろ?

12歳くらいだと思ってた。


「わ、悪い。俺と歳変わらないんだな。知らなかったよ」


怒りで燃え上がるリリィに俺は頭を下げようと……


「グオオォォォォオオオオオ!!!!」


した瞬間、突然リリィの背後の岩陰から、巨大な黒い影が雄叫びを上げながら飛びかかってきた。


「んな!? いつの間にこんな!?」


リリィが振り向き様、その影に杖を向けた。


ガシィッ!


影の主はブラックベアだった。

横に振り払われた大きな前足の攻撃を受け、リリィの持つ杖は叩き折られた。


「嘘!? ルナにもらった杖が!」


慌てて後退するリリィ。

そんなリリィをブラックベアは躊躇なく追撃する。


「リリィ! 危ない!」


咄嗟にリリィを抱きかかえ、俺は潜り込むように倒れ込んでブラックベアの追撃を回避する。


「うぐっ!」


背中が熱い!

爪で背中が抉られたか!?


「ちょっ! アンタ血が! 何してんの!?」


動揺した声を上げるリリィ。


「アタシのことはいいから逃げなよ!」

「う……そんなこと……」


できるわけがない!


心の中でそう叫ぶと、焼けるような背中の痛みに耐えながら、リリィをもう一度抱き上げる。


俺はブラックベアを『マナ視の魔眼』を開眼し、マナの動きに注意しながら攻撃をなんとかさばきつつ、少しずつ距離を取った。


「おいリリィ! お前の魔法であいつをなんとかできないのか!?」


俺の初級氷魔法じゃどうしようもない。

そう思った俺は、頼みの綱のリリィに攻撃するよう頼んだ。


「む、無理だよ。杖壊れちゃったし……。アタシはあの杖がないと、自分の魔力を制御できないんだ」


俺に抱えられたまま、泣き出しそうになるリリィ。

興奮するにつれ、リリィの体温が上昇していくのを感じた。


「やっぱりダメだ……できないよ! 早くアタシを下ろして! じゃないと、アタシの炎でアンタも殺しちゃう!」


苦しそうに額に汗を滲ませながら、俺の腕から飛び降りようもがくリリィ。

俺はそんなリリィを注視した。


通常は魔法を使おうとすると、マナが魔力へと変換される。


しかし、リリィの場合は常にマナが魔力へと変換されている。

小さな体には収まりきれないほどの魔力が、どんどんと漏れ出している。


さっき壊された杖。

ルナからもらったと言っていたが、おそらくあれは魔力を制御する道具ではない。

持ち主の魔力を霧散させる道具だったんだ。

マナを見ることができる彼女ルナからの贈り物なら、その可能性が高い。

だから発散できなくなった魔力が体に溜まり、溢れそうになっているんだ。


腕の中で必死に魔力を制御しようとするリリィを見て、俺は一か八かの賭けに出た。


「大丈夫だ! 俺はお前の炎じゃ死なない!」

「な、何言ってんだよ! 意味分かんないこと言ってないで早く下ろしてよ!」


体から炎を噴き出しながら、リリィはさらに強くもがき、


「……え? アンタ、なんでアタシの炎が燃え移らないの?」


炎を噴き出すリリィを抱えているというのに、全く影響を受けていない俺を見て、リリィが目を見開きながら言った。


「俺に炎は効かないんだ。それどころか操れる」

「はぁ!? そんなの聞いてないよ!」


言ってないもんな。

実際は初級氷魔法【アイス】で手のひらを凍らせた要領で、リリィに触れている皮膚を凍らせて相殺しているだけだ。


「リリィ、もう一度だ! 俺が炎を制御してやるから、お前の魔法であのクマを仕留めてくれ! 先輩なのに、まさか出来ないなんて言わないよな!?」

「……で、出来るに決まってんじゃん! ……やってやる、もうどうなったって知らないから!」


俺の挑発に乗ったリリィは、腕の中で抱えられたまま、ギュッと目をつむって集中しだす。

魔法の詠唱が始まるとともに、巨大な火球が俺たちの頭上に生成されていく。

うねうねと形を歪ませ、今にも暴発しそうな不細工な火の玉だが、ものすごい熱を感じる。


「巨大な火球にて、全ての悪を灰燼かいじんに帰せ! いっけーー!! 【ビッグファイヤーボール】!」


大音声で唱えられた魔法は、ゴォゴォと燃え盛る火球を見事に作り出した。

リリィの炎に怯えていたブラックベアは、なす術なく迫りくる巨大な火の玉に飲み込まれ、一瞬の内に燃え尽きた。


「や、やった……? で、きた? 出来た出来た! 杖なしで魔法が使えた! やったー!」


バッと両手を上げて万歳するリリィ。

急にリリィが動いたことで、俺はバランスを崩し、同時に背中の痛みに踏ん張りがきかず、リリィを抱えたまま仰向けに倒れた。


「だ、大丈夫!?」

「いででで! う、動かないでくれ! 背中が……」

「ごめん!」


リリィはおそるおそる身を起こし、俺の体を見てギョッとした。

そして、一度目を伏せてからぽつりと言う。


「火傷……してんじゃん」

「すごい炎だったからな」

「炎効かないって、嘘じゃん」

「嘘じゃないだろ。生きてるんだから」


俺の屁理屈に、リリィはムッと顔を顰めたが、すぐに目に涙を浮かべた。


「……あんなにたくさん、酷いこと言ったのに……ごめん……それに、助けてくれて、ありがと」


今にも泣き出しそうにしながら、リリィは俺に感謝を告げる。


「気にするなって」


言いながら俺は、リリィの頭を手でポンポンと撫でて笑った。


「ちょっ、子供扱いしないで」


リリィは俺の手を払い除けて立ち上がると、腕を組み、無い胸を張って俺を見下ろした。


「アンタ……ハル。助けてくれたお礼もあるし、仕方ないからハルを仲間として認めてあげる。本当に仕方なくだからね! 変な勘違いしないでよね!」


リリィはフンとそっぽを向き、少し顔を赤くした。


どうやら俺のことを認めてくれたらしい。

あんなにツンツンしてたのに。

見事なツンデレ、いただきました。


「子供にツンデレされてもな」

「だーかーらー! 子供扱いしないで!」

「おい! 怪我人にこれ以上乱暴すんなよ!」

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