9.月夜に煌めく氷の華
あっという間に日が落ちる。
今晩の夜営地はグローム山の方から流れるダラム川のほとり。
行商隊は馬車を円形に並べて陣を取り、
「味付け単純だけど美味いなこれ」
「モークは私も好き」
今食べているのはモークと呼ばれる牛に似た魔物の肉を串に刺し、焚き火で炙っただけの串焼きだ。
ルブルにも生息していた魔物だが、こんなに美味いかったとは。
モークは気性が荒く家畜にすることが難しいため高級品らしいけど、行商隊のリーダーが奮発したみたいだ。
野外でのキャンプという雰囲気も相まって、やたら美味しく感じる。
たらふくご馳走を食べた俺とルナは、見張り番が後半ということで、仕事に備えて早めに休むことにした。
そして深夜。
もうすぐ交代の時間だ。
俺は眠気を覚ますべく、
そんな俺に、背後から声がかかる。
「ハル」
「お、ルナも起きたのか。もうすぐ交代だな」
振り返ると、いつにも増して眠たげなルナがそこにいた。
「お前も顔洗って目を覚ませよ」
「うん」
俺の誘いにルナはコクリと頷くと、隣にしゃがみ込んで顔を顔を洗いだす。
女性が顔を洗うところをまじまじと見るのは失礼かもしれないと思い、俺は慌てて立ち上がる。
目のやり場に困った俺は少し視線を彷徨わせた後、とりあえず空を見上げた。
そこには夜空を飾り付けるように、たくさんの星が瞬いていた。
「ルブルでは空に輝く星々にはそれぞれ違う世界があるって言われてるんだ」
「違う世界?」
「ああ。俺たちが今いるこの世界とは別に、それぞれの星で全く違う世界がある……らしい。こうして俺は星を眺めてるけど、どこか違う世界の人も俺たちの世界を眺めてるのかもな」
「なんか……ロマンティック」
「あはは、なんか恥ずかしいこと言っちまったな」
「ううん、そんなことない。私はそういうの好き」
ルナが言いたいのは星に世界があるという考え方が好きってことだと思うんだけど、どうしても美少女であるルナの口から好きと言われると、期待してドキドキしてしまう自分がいる。
「大丈夫?」
「あ、ああ。いいよな、そういうの」
俺はかぶりを振って童貞思考を振り払う。
改めて星空を眺めると、その真ん中に綺麗に輝く三日月が浮かんでいた。
「そういえば、ルブルではルナって言葉には月って意味があるんだ。月って綺麗でいいよな」
「私は、明るく照らす太陽の方が好き」
「そうか? 俺は綺麗で落ち着く夜の月の方が好きだけどな」
「…………」
今度はルナからの返事がない。
どうしたのかとルナを見ると、しゃがみ込んだまま顔だけこちらに向けている。
その顔はさっきまでの眠たげな顔から一変。
月明かりだけなのではっきりとは見えないが、目を見開き、顔を赤くしていた。
怒っているのか?
太陽の方が好きだって言ってたもんな。
「だ、大丈夫か? 何か悪いことを言ったなら謝るよ」
俺は慌てて謝罪した。
「ううん。少し、驚いた。」
目を逸らし、前髪をいじりながら答えるルナ。
……照れてるのか?
すぐにルナは立ち上がると、
「も、戻ろう」
そう言って
河原は大きめの石がゴロゴロしていて足場が悪い。
慌てて歩き出したルナは、不安定な石に足を取られて体勢を崩した。
「危ない!」
咄嗟に倒れかけたルナを抱き寄せる。
「だ、大丈夫か?」
ルナを案じた言葉をかけたところで、ふと我に返る。
手はルナの腰に回されていて、ルナと見つめ合う体勢になっていた。
どどどどうしよう。
咄嗟のこととはいえこんな……
さすがに怒られるかと思い身構えたが、ルナからの言葉は意外なものだった。
「あ、ありがとう……助かった」
ルナは顔を少し
あ、あれ?
怒ってない?
というか照れてる?
あれ?
状況を理解すると同時、俺は自分の心臓がドキンと飛び出すかと思うほど高鳴ったのを感じた。
もしかして……いい雰囲気なのでは?
先日の失態を取り返す時なのでは?
今か?
今がその時なのか?
鼓膜が突き破れるかと思うほど、俺の心臓は速く、そして強く鼓動している。
「ル、ルナ……さん」
絞り出した声が上ずる。
は、恥ずかしい。
ルナの顔を直視できない。
「は、はい」
返事をしたルナの声も少しおかしいが、そんなことろには気付けない。
俺は意を決してルナに視線を向ける……と、
ルナの背後に刃物を振り上げた男がいた。
「あ、危ない!」
俺はルナを右手で抱き寄せながら、左手を男の前に出し魔法を発動させた。
「【アイス】!」
手のひらに固い氷の幕を張り、振り下ろされた刃物を受け止め、そのまま刃物を凍結させた。
咄嗟に自分の手のひらを凍らせてみたが、上手くいってよかった。
動揺しながら後退る男を、凍った拳で追撃する。
「うぐぉ!?」
刃物を通さない硬い拳で顔面を殴打された男は、そのまま後ろに吹き飛んだ。
すぐさま思考を巡らせる。
集中して周囲に目を凝らすと、少量だがマナを放つ人形の影を複数確認できた。
10……20……数が多い。
昼間、町で聞いた野盗の集団だと思われるそれらは、30人以上の大所帯だった。
すでに俺たちの周りにも数人の新手が迫っていた。
「くそっ! 囲まれてる! あっちのみんなにも知らせないと!」
「
俺が焦っていると、すぐ横から静かに震える声が聞こえた。
それと同時、俺たちを囲んでいた野盗は一瞬にして氷の華に閉じ込められた。
「……さない、ハルとの……許さない!」
声は相変わらず小さいが、その言葉はとても力強く、怒りで震えていた。
普段のボーッとした顔からは想像できないくらい、ルナは怒りをあらわにしながら行商隊の
激高するルナに若干ビビりながらも、俺も後を追う。
そこでは今にも襲いかかろうかと下卑た笑いを浮かべる野盗たちが
「氷の華は罪深き咎人を糧として大輪を咲かさん。永久の時を凍てつく冷気に閉ざされよ……
魔法を発動させたルナを中心として、巨大な魔法陣が地面に出現した。
その大きさは
魔法陣が出現した次の瞬間、地面が凍り始めたかと思うと、一瞬のうちに一輪の巨大な氷の華が、野盗だけでなく俺や行商隊の人たちすらも飲み込んだ。
「な、なんともない……のか」
全員を飲み込んだと思われた氷の華は、見事に行商人たちを避け、野盗だけを氷漬けにしていた。
「す、すごい……」
「なんてすごい魔法だ!」
護衛者や行商人たちが口々に驚きの声を上げる。
俺は氷の華をよじ登り、頂上に立つルナを見上げた。
満点の星空。
綺麗に輝く月の光に照らされた美しい氷の華。
そこに立つルナは、まるで女神が降りてきたのかと見間違うほどの神々しさを帯びていた。
俺は少しの間、声をかけることもでないまま、ルナに見惚れていた。
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