11.桃色のサディスティック

リリィとも一緒に仕事をするようになった。

年が近いと判明したことで思春期童貞心ピュアハートをくすぐられてしまうかとも思ったが、どうみても子供にしか見えないリリィ相手では、紳士な俺をドキドキさせることはできないらしい。


それどころか、相変わらず何かにつけて言い合いになった。


この国もルブル王国と同じで、雪解け後の落ち着くタイミングである四月が一年の始まりになっている。

そのため来年の三月で17歳になる俺は、先月16歳になったばかりのリリィより一つ年上ということになる。

先輩だ後輩だとか、年上だ年下だとかでよくケンカになるが、以前のような壁は感じない。

なんやかんや仲間として認めてくれたのだと嬉しく思う。


ちなみにルナはもうすぐ17歳なので同い年らしい。

それを聞いてまたドキッとしたが、カフェの接客で一言も発することなく、身振り手振りで悪戦苦闘していた残念なルナを見て、そのドキドキもすぐに収まった。


リリィが持ってくる依頼クエストは討伐系がほとんどだった。

好んで選んでいる節もあるが、聞いてみると他にも理由があった。

なんでも『ヒカリエ』がハルジオンへやって来た当初、この町はとても平和で魔物の魔の字もなかったらしい。

魔物の発生が活発化し始めたのはここ数ヶ月の話で、それまでは農家の手伝いといった収入の少ない低ランク依頼クエストしかなく、泣くほど貧乏だったとか。

討伐依頼クエストは危険は多いが、収入が上がって極貧生活から抜け出せたことの方が嬉しいと笑っていた。



――



「次はマリンとペアを組んでもらいます」


カフェに呼び出された俺は、ニッコリと笑うルージュさんからそう言われた。


ルージュさんの隣で「うふふ」と笑う美少女は、ゆっくりと丁寧に、まるで春の訪れを感じさせるような優しく温かい声音でルージュさんに続いて説明する。


「わたくしはまだ冒険者になったばかりですので、ギルドでの仕事は基本的に町内の手伝いになります。あとはこの店の仕事ですわ」


このご令嬢みたいな喋り方の美少女がマリンさん。


全体的にフワッとした桃色の髪を腰の辺りでまとめていて、花のようにいい匂いがする。

サファイアのような綺麗な青い瞳は優しく細められ、美しい顔が笑顔で飾られている。

白地に青と黄色の刺繍を施された神官衣が、白く透き通っているであろう素肌を隠している。

背はルージュさんと同じくらいで、多分165センチ前後だろうか。

優しそうな雰囲気があり、服装も相まって、まるで聖女様だ。


でも、それだけじゃない。


左目の泣きぼくろやぷるんとした桜色の唇が妙にエロい。


いや、それより何より、ある部分がすごい。

その部分のせいで、エロく見えてしまう。


……はっきり言おう。


おっぱいがすごい!


隣に立つルージュさんも相当すごくて、多分、Eはある。

そんなルージュさんよりすごいんだ。

Fか?いや、Gか?


肌を一切見せない神官衣を着ているはずなのに、ゆったりとした服の上からでも分かるほど窮屈そうだ。


「そ、そうなんですか。よよ、よろしく、お願いします」


二人の美少女に対し、俺はさっきから緊張しっぱなしでろくに喋れない。

気を付けてはいるつもりだが、きっと目が泳いでいるだろう。

目の前に4つも大きな果実があれば、男だったら嫌でも視界に入ってしまうし、視界に入ればつい見てしまう。

俺だけが変なわけではない……はずだ。


俺が挙動不審になっているのを気に留めず、ルージュさんは笑いながら言った。


「ふふ、ハルくんはあのリリィと仲良くなれたんだから、きっとマリンとも上手くやっていけるわ。だから頑張ってね」



――



「えーっと、モークシチューのドリンクセットをお願いします」

「か、かしこまりました」

「すみませーん、さっき頼んだ紅茶まだですかー?」

「も、申し訳ありません。ただいまお持ちします」


ぎこちない接客だと我ながら思う。

自分がこんなに接客が下手だなんて思ってもみなかった。

ルナの接客を笑えない。


ただ、慣れない仕事にしても、こんなに緊張してしまうのには理由があった。


「マ、マリンさん。あの、こ、紅茶を一杯お願いします」

「あのお客様は紅茶はジリーヌの葉ということを知っているのでよいですが、次は紅茶の種類も確認して下さい」


マリンさんは冷たい口調でそう言うと、既に用意していた紅茶をカウンターの上に置いた。


カウンターでドリンクを担当しているマリンさんは、ルージュさんいなくなった途端、ガラリと態度が変わった。


開口一番、「わたくしはあなたのことが気に入りません」とハッキリ言われ、それ以降は表情のない顔で、冷たい視線をカウンターからずっと向けれれている。


その視線が気になって、正直仕事どころではない。



――



「はぁーーー」


俺は深くため息をついた。


疲れた。

肉体的な疲れではなく、精神的に、だ。

理由は言わずもがな……


現在、俺は小休憩をもらい二階に上がってきたところだ。


この店の二階はクランスペースになっていて、テーブルや休憩用のソファーなどが置いてある。

壁のボードにはメンバーの予定が書いてあり、全員の動向を確認する事が出来た。


ルージュ:買い出し

ルナ  :依頼クエスト

リリィ :カフェ

マリン :カフェ

ティア :休み(長期)

ハル  :カフェ


自分の名前があることに少し嬉しくなり、元気が出た。


ティアって人は会ったことないな。

名前からして女の人か。


……あれ?

このクランって女性しかいないの?

聞いてないんだけど。

もしかして男子禁制だったのでは?

そこにルナが無理矢理……


リリィもそうだったけど、みんなが怒るのも当然か。


せっかく元気になってきたというのに、またしても不安が襲ってきた。


憂鬱な気分で残り時間を過ごしていると、下から男の怒鳴り声が聞こえてきた。


「てめぇ! 俺を誰だと思ってんだ!? 舐めてんじゃねぇぞ!」


一階のホールは吹き抜けになっているので、男の声は二階までよく響いた。


何事かと思い覗き込むと、マリンさんに詰め寄るガラの悪そうな冒険者風の男が、他の客からの迷惑そうな視線も気にせず声を荒げていた。


「ふざけんじゃねぇぞ! 紅茶が熱すぎんだよ! 舌火傷しただろーが!」


何て言いがかりだ。

冷めるまで待てよ。


俺はやれやれと思いながらもその猫舌男の心配もした。

不機嫌なマリンさんに酷い目に遭わされるんじゃないか、と。


そう思いマリンさんを見ると、さっきまで俺を冷たく睨んでいた怖いマリンさんはどこにもいない。

怒鳴り声が上がるたびに肩を震わせ、怯えて今にも泣き出しそうなマリンさんがそこにいた。


「黙ってねぇでなんとか言えやこら! ……ん? 何だてめぇ?」


気が付くと俺は、マリンさんを庇うようにして猫舌男の前に立っていた。


「猫舌のお客様、他のお客様のご迷惑になりますので、少し落ち着いてください」

「猫!? なんだとぉ! 俺様を馬鹿にしてんのか!? 俺様はバーリーだぞ!?」

「申し訳ございません。存じ上げません、猫舌のお客様」


誰だお前。


俺はそう思いながら、挑発しつつ頭を下げた。

周囲からも笑い声が上がる。


「黙れ黙れ! てめぇら俺様を馬鹿にして生きて帰れると思うなよ!」


猫舌男は怒りに任せて剣を抜こうとした。


その瞬間、俺は一歩で間合いを詰め、男の足を払ってうつ伏せに倒し、剣を抜こうとしていた右腕の関節をキメる。

マナの動きで男の行動が手にとるように分かる俺は、一切無駄のない動きで男を無力化した。


「く、くそっ! こんなチビにいでででで!」


チビという言葉につい力が入り、男は苦しそうな声を上げる。


「猫舌のお客様、当店での暴力行為はご遠慮願います。ご承知いただけないのであれば、さっさとお引き取りください」


俺はそう言って男を店の外に追い出した。



――



「ありがとうございました」


俺は本日最後の客に頭を下げて見送った。


やっと終わった。

長かった。

本当に長かった。


客が見えなくなったところで、俺はまた深々とため息をついた。


さっきの騒動の後、カッコよく助けに入った俺のことを見直し、マリンさんが心を開いてくれるのではと期待したけど、感謝されるどころかすぐにさっきの冷たい表情に戻り、無言でカウンターに戻ってしまったのだ。


そして、休憩前と変わらぬまま、今の今までずっと重圧と闘った。


ただ、時折困惑した顔を見せたり、肩を震わせていた。

怒鳴られた恐怖がまだ残っているのかもしれない。


ぐったりしながら片付けを進めていると、いつの間にかマリンさんが俺の横に立っていた。


「あの……先程は申し訳ございませんでした。そして、助けていただき、ありがとうございます」


突然の謝罪と感謝の言葉に驚く俺。


「え? い、いや、気にしないでください」

「実はわたくし、男性が苦手でして、お客様に詰め寄られた時も何も言えずにいたのです」


仕事中に見せた怖い顔ではなく、申し訳なさそうな顔でマリンさんはそう告げた。


男性が苦手。

だから女性ばかりのクランなのか……


「そ、そうだったんですか。そうとは知らずに……すみませんでした」


彼女にとって女性しかいないこのクランは、きっと心の拠り所だったのかもしれない。

そんなところに男の俺が入ってきた。

嫌われて当然か。


俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


ところが、


「いえ、確かにルナが連れてきた時、怒りは湧いてきたのですが、何故かあなたには嫌悪感が湧かず……それで逆に警戒してしまっていたのですわ」


マリンさんは困り顔でそう言ってきた。


何で困るの?

良いことじゃん。


「嫌われていた訳じゃなかったんですね。それを聞けて安心しました」


安堵した俺はホッと息を吐き笑った。


「気持ちの悪い笑顔をわたくしに向けないでください」

「え?」


態度が急変するマリンさんに、今度は俺が困惑した。


「男性としての嫌悪感が湧かなかっただけで、ルナを奪ったあなたのことは嫌いですわ」


そうハッキリ宣言された。


つい数秒前まで喜びに満ちていた俺の心は、一気に奈落の底まで急降下した。

その落差に思わず俺は膝から崩れ落ち、床に手をついてうなだれた。


「うふふ……」


そんな中、小さく笑うマリンさんの声が聞こえた。


マリンさんを見上げると、彼女は片手を頬に当て、恍惚とした表情で俺を見下していた。

その目は光を失い、まるで欲望が渦巻いているようだった。


「あ、あの……マ、マリンさん?」

「わたくしの胸をチラチラと見ないでください」


グサッと俺の心が言葉のナイフで貫かれる。


そんな俺にさらにマリンさんが追い討ちをかける。


「女性に対して挙動不審すぎですわ」


グサッ


「女性のお客様も引いてましたわよ?」


グサッグサッ


「もしかして童貞ですか?」


グサッグサッグサッ


俺は……ショックで地に伏していた。


やばい、泣きそう。


「うふふ……何故でしょう。あなたを見た時からこうして責めてみたかったのです。ああ……男性相手にこんなに気持ちがいいのは初めてですわ」


マリンがさらに恍惚としながら言う。


こ、この人……やばい……

超ドSだ。


「あなたのことは嫌いですが、どうやら相性は良いみたいですね。気に入りました。わたくしのことはマリン様と呼びなさい。これからよろしくお願いしますわ……ハル」

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