6.勇者達のその後②
「こ、ここは……?」
目を覚ますと、隅々まで掃除の行き届いた、整った部屋にいた。
周囲を見回した俺は現状を把握する。
どうやら俺は王都にある城にいるらしい。
この部屋はいつも城に滞在する時に使用していた部屋だ。
体を起こそうとして腹部に痛みが走り、ここに来る前のことを思い出す。
くそっ!
使えない仲間のせいで俺までこんな目に!
沸々と湧き上がる怒りを噛み殺していると、隣のベッドから声がした。
「……やっと目が覚めたか」
声の方に目を向けると、そこには体のあちこちに治療の痕があるダンが、上体だけを起こして俺をじっと見ていた。
「ダンか……無事でなによ……」
「なぜあんな定石を無視した行動を取った! お前のせいで死にかけたぞ!」
俺のねぎらいを遮ったダンの叫びは続く。
「いつも俺が前に出て囮になり、俺に向かってきた敵を脇から倒していく戦法だった! 今回もそうしていれば、こんな事にはならなかったぞ!」
「……てめぇは馬鹿か?」
俺の言葉でさらに
「馬鹿によく考えろと言っても無駄かもしれねぇが、よく考えろ? その作戦を考えたのは誰だ?」
冷静な俺の質問に落ち着きを取り戻したか、ダンは少し考えて、
「……ハルだったな」
不満そうに答える。
「そうだ、あの雑魚だ。雑魚が考えた作戦じゃ今までの雑魚には通用しても、これから対峙するであろう強敵には通用しない。分かるか?」
ダンは腕を組んだまま黙って首をかしげる。
こいつは本当にただの馬鹿だな。
「いいか? 俺が敵を吹き飛ばして数を減らす。敵が怯んだところでてめぇらが畳み掛ければ今までより早く、効率よく討伐ができるだろ? これからの強敵相手にはそうやってスピードを重視しないとダメだ。ダンも守るだけでなく、大剣で敵を切り刻むことだってできる」
しばらく考え込んでいたダンだが、やがて大きく頷き、
「なるほど! さすがだぞ勇者! あれは先を見据えての行動だったのか!」
ダンは腕を組みながらがははと笑った。
「分かったら俺様の足を引っ張らないようにしっかりついてこい」
ったく、少しは考えて行動してほしいもんだ。
俺が呆れなが横目でダンを見ていると、
「……ここは……お城……?」
反対側のベッドからアスカの声が聞こえた。
「アスカも無事で……」
「何これ?」
上体を起こしたアスカは、自分の顔をペタペタと手で触って確かめている。
アスカの顔の半分近くが包帯に覆われていた。
そういえばこいつは顔を殴られてたな。
パーティーの見栄え用として、顔だけはいいこいつを入れてやってたが、傷物にされたとなればもう不要かもな。
俺がそんなことを考えていると、
「アスカも無事でよかった! 実は今ちょうどゴブリンとの戦闘を勇者と振り返っていたんだ!」
「や、やめてよ! 思い出させないで!」
ゴブリンという言葉にピクリと反応したアスカは、肩を震わせながら言った。
「いやしかし、これからのためにも聞いてくれ!」
単細胞のダンが嫌がるアスカに先程俺が説いてやった考えをそのまま伝えた。
「何それ……リスキー過ぎない? 今まで通りの戦法の方が確実じゃ……」
ダンの話を聞いたアスカは、眉をひそめて
そこへ、
「おお勇者よ。目覚めたか」
ノックもせずに部屋に入ってきたのはこの国の大臣だ。
こいつとは俺たちが勇者として城に集められた時からの付き合いだ。
「ちょうどいいところに。なんで俺様の怪我は完治してねぇんだ? 城の医療技術ならこれくらいの傷治せんだろ?」
町村の医療事情は酷いもんだが、税が肥されたこの城には、非常に強力な回復薬が常備されている。
「……勇者よ。ハルはどうした?」
「おい。何質問で返してんだ。まず俺様の質問に答えろよ」
しばらく黙っていた大臣はため息を吐きながら口を開いた。
「お前たちの実力に王は疑問を抱いておる」
は?
俺様の実力に疑問?
「何言ってんだよ大臣。それは俺様についてこれなかったこいつらが原因だぜ?」
俺様の正論に二人はただ黙ってうつむいた。
「……ハルはどうした?」
またあの野郎のことか……
まぁこいつはハルと仲が良かったからな。
俺たちはグローム山での出来事を大臣に伝えた。
ダンとアスカが保身のためか、いかにハルが立派に
「……そうか、それでこんなことに」
ん?
ちょっと聞き捨てならねぇことを言いやがったな。
「待てよ。まるでハルがいなかったから、俺たちがこんな目に遭ったって言ってるように聞こえたんだが?」
「……」
俺の問いに、ただ黙って俺を見つめる大臣。
「実は、王はお前たちの実力を見極めようとしている。三日後、王都の闘技場にて御前試合が催され、そこでお前たちを試すお考えだ」
「おい、俺様の質問に答えろよ」
「お前たちの希望を聞こう。一名、欠員の補充を認める。前衛でも後衛でも好きなタイプを言え。用意してやる」
俺を無視して話を進める大臣に俺は我慢できず怒鳴ろうと、
「ふざけ……!」
「それなら……後衛で遠距離とかサポートができる人がよくない?」
「分かった。用意しよう」
「俺を無視して話を進めんじゃねぇ! それに何だよアスカ! サポートだと!? やっと邪魔なポーターがいなくなったんだぞ? 俺様の作戦をより確実に遂行するための前衛が必要だろ! 話を聞いてなかったのか!?」
勝手に進める二人に俺は
ダンはさっきからただ腕を組んだまま頷いている。
馬鹿はそれでいい。
「大臣! 分かったら早いとこ俺が要求したやつを連れてこいよ! 王に新生勇者パーティーの実力を見せつけてやる!」
「……お前がそれでいいなら、分かった。用意しよう」
大臣はもう一度ため息を吐いて部屋を後にした。
「……もう、終わりかもな」
部屋を出る直前、大臣が小声で何か言ったが気のせいだろう。
不安そうなアスカを他所に、俺はようやく大衆に真の力を見せることができるという期待で高揚した。
――
御前試合当日。
闘技場には国王をはじめ貴族や多くの民衆が押し寄せ、俺たちに歓声が降り注がれていた。
当たり前だ。
ルブル王国最高戦力である俺たちの力を間近で見られるんだ。
「てめぇら、分かってんな? しっかり俺様についてこいよ?」
「おう! とうとう俺もこの剣を使う時がきた!」
「そ、そうよね! 考えすぎよね! きっと上手くいくよね!」
いつもの盾を置き、大剣を担いだダンが嬉々として返事をする。
アスカもやっと俺の素晴らしい作戦が理解できてきたようだ。
それにしても、俺とダンは先日の怪我を服や鎧で隠しているが、アスカは顔に包帯をつけたままだ。
爪も折れたものをそのまま装備している。
こいつ、本当に勇者パーティーとしての自覚があるのか?
「勇者様の戦いをこんな間近で見られるとは光栄です! 勉強させていただきます!」
俺がアスカを見て苛立っていると、腰に剣を装備した男が声をかけてきた。
こいつは仮でパーティー入りした剣士だが、よく分かってやがる。
「お前は見込みがある。この試合が終わったら正式にパーティー入りできるよう大臣に口を聞いてやる」
「あ、ありがとうございます!」
俺の言葉にガッツポーズを取る剣士。
ドォーーン!!
低い大きな鐘の音が鳴り、向かい側の扉が開かれた。
今回の試合相手の入場だ。
どんなやつだろうが関係ない!
俺様がぶっ殺してやる!
「……ひっ!」
相手を見たアスカが小さく悲鳴を上げた。
今回の試合相手、それは先日俺たちの栄光に泥を塗ったゴブリン、約30匹の群れだ。
ハンマーが5匹、弓が10匹、大きな盾を構えたゴブリンが15匹ってところか。
そして一番後方には他より一回り大きいホブゴブリン……いや、ゴブリンロードだな。
……関係ねぇ。
こんな雑魚、あの時みたいな邪魔さえ入らなければ、俺様の聖剣の一撃で崩壊する。
「これはかなりの数ですね。なんとか隙を作ってロードを討伐しないと……」
ドォーーン!
開戦の鐘が鳴る。
と同時、俺は勢いよく飛び出した。
「え!?」
剣士の言葉を無視し、俺は聖剣を握って飛び出した。
「そんな消極的な作戦は必要ねぇ! これがルブル最強! 勇者パーティーの戦いだ!」
聖剣に込められた力を、俺はゴブリンの群れへと叩きつけた。
その破壊力は凄まじく、その場に巨大な爆煙を発生させた。
派手な攻撃に歓声が上がる。
「よし! 作戦通り行くぞ! アスカ!」
大剣を担いだダンは爆煙に向かって駆け出した。
「ま、待ってよ! もう少し様子を……」
言いながらも、アスカはダンに続いて駆ける。
ダンとアスカは効率よく残党を処理するため、爆心地を中心として扇状に散開しながら接近した。
爆煙が晴れた。
「な、なに!?」
俺は思わず絶叫した。
俺の渾身の一撃は、大きな盾を装備した壁部隊によって防がれ、倒せたのはたったの数匹だけだった。
「ギギィーーー!」
ロードの大きな声を合図に、後方から弓隊が一斉に矢を放つ。
「く、くそぉぉぉおおお!」
叫ぶダン。
盾を手放し、しかも各々が孤立してしまった今の状況では、守りの力を持つダンでもこの矢の雨を防ぐ術がない。
「なんとか躱せぇぇぇ!」
「え!? 嘘!? きゃああぁあああ!」
無数の矢が俺たち三人に降り注ぐ。
「ぎゃっ!?」
一本の矢が、またしても俺の腹部に突き刺さる。
「うぎゃぁぁぁあああ!! いでぇ! いでぇよぉ!」
先日味わった地獄の痛みの再来に耐えられず、俺は矢が刺さった腹を抑えながらその場に崩れ落ち、悶絶した。
「何やってんだよ! 何で盾役を中心に攻めないんだ! 遠距離のある敵と戦う時の基本だろ!」
後方から剣士の驚愕する声が聞こえる。
「……!」
「…………な!」
なんだ……?
何の声だ?
聞こえてくる声に耳をすますと……
「ふざける! これがこの国の勇者か!?」
「聖盾も聖爪も逃げ惑い、あまつさえ勇者は矢を受けて泣き叫んでいるぞ!?」
「ルブル最強!? なんだこのお粗末な戦いは!」
「あんな雑魚相手に死にかけてるぞ!」
歓声はあっという間に罵声に変わり、絶え間なく俺たちに降り注いだ。
ぐぞ!
ぐっぞぉ!
なんで!
なんでぇぇぇ!!
泣きながら痛みを堪えていると、
「そ、そういえば……以前あなた方の戦いを見た時は、後衛から指示を出している人がいましたが……今は彼がいない……まさか……」
剣士が一番言ってはならないことを口にした。
「ごのやろぉぉおおお!!!」
「う、うわぁ!?」
俺はその剣士に向けて近くに落ちていた矢を投げつけた。
「あ、あんた何考えてん……だ……う、うわぁぁぁああ!!」
怯える剣士の目線が俺の後ろで固定されていることに気づき振り返ると、ハンマーを振りかぶったゴブリンロードが眼前に……
「う、うわああぁぁぁぁ! ぷぎゃっ!!」
そのまま俺の顔面にハンマーが振り下ろされた。
不思議と痛みを感じることはなく徐々に意識が遠のく。
ゆっくり流れる世界の中で、ふと仲間の方を見る。
矢の集中砲火を大剣でなんとか防ぎ身動きが取れないダン。
恐怖で嗚咽を吐きながら逃げ惑うアスカ。
そして……俺たちを蔑んだような目で見下す客席の民衆が目に映った。
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