5.勇者達のその後①

「この調子でいけば深夜には王都だな」

「へい! 最速で走らせながら、揺れないよう細心の注意を払いやす! 力強く逆立つ黒髪に整ったそのお顔! 遠目でもすぐ気付きやした! いやぁまさか俺なんかが勇者様を乗せるなんて夢にも思ってませんでしたよ! いい土産話になりやす!」


うるせぇオッサンだな。

俺の聞いたことだけ答えろよ。


俺たち勇者パーティーは現在、王都へ向かう馬車の中だ。


グローム山を難無く下山した俺たちは、近くの町でこの馬車を捕まえた。

他の御者は夜間の走行は魔物に襲われる可能性が高いからできないとぬかしやがった。

この御者の態度は気に入らないが、それでも町で乗車拒否しやがった奴らよりは幾らかはマシだ。


それにしても、あんなところでベヒモスに出くわすとはな。


あの馬鹿、何が危機察知だよ。

察知できてねぇじゃんか。

本当に最後まで使えねぇ野郎だったな。

……いや、最期はまぁまぁ役に立ったか。


厄介払いができた俺は、清々しい気持ちで馬車に揺られていた。


「勇者様すいやせん! 王都までの道なんですが2つルートがありやして。遠回りだけど安全なルートと近道だけど魔物が多く目撃されているルート、どちらにしやしょう?」

「急いでるんだ。最速で行け」


こんな乗り心地の悪い馬車に長時間乗ってられるか。

せっかく清々しい気分だったのに、頭の悪い御者のせいで台無しだ。


……というか、


「おいお前ら。さっきから何だんまりきめ込んでんだ」


向かいに座る筋骨隆々の長身モヒカン頭・ダンと自他共に認める金髪碧眼の美女・アスカは、山を降りてからずっとこの調子だ。

どうやらハルを見捨ててきたことに思うところがあるらしい。


「ハルなら大丈夫だって。危機察知(笑)能力もあるんだ。上手く逃げたさ。というか、あんなやついてもいなくても誰も困らねぇよ」


寛大な俺は二人を元気付けることにした。

しかし、


「……いや、ベヒモスの力は本物だった。ハルは助からない。勇者はやりすぎたぞ」

「そ、そうね。さすがにハルの件に関しては勇者がやりすぎたと思うわ」


二人は相変わらず顔を強張らせたまま、そんなことを言ってきた。


「は!? 急に何言ってやがる! 俺様はてめぇらの気持ちを汲んだだけだろ! 必要ねぇあいつを見殺しにしたのも! てめぇらがやったようなもんだぞ!」


こいつら散々ハルを罵倒してたくせに、何俺に罪をなすりつけてんだ。


俺が正論を叩きつけたにも関わらず、あろうことか二人は反論してきた。


「勇者こそ何言ってんのよ! ハルの追放を言い出したのは勇者じゃん!」

「そうだぞ! 勇者が散々痛めつけて動けなくなったハルをベヒモスの前に蹴り飛ばした! 勇者が殺したようなもんだぞ!」

「てめぇら言わせておけば! そもそもハルがチラチラ見てきてキモいから追い出したいって言ってたのはアスカだろ! ダンにしてもルブル最強の壁役とか言ってたくせに仲間見殺しにして逃げてんじゃねぇよ!」


こいつら、あろうことかこの俺様に責任転嫁しやがって。


そのまま口論していると、馬車が急停車し、前方から悲鳴が上がる。


「わあぁぁ!! 勇者様! モンスターが!」


御者のその声を聞き、窓から身を乗り出すと、


「ほう、ゴブリンか。ちょうどいい!」


俺はドアを蹴って飛び出した。

馬車の前にはゴブリンの群れがこちらを襲わんと武器を構えている。


「雑魚どもが! 全員消し飛ばしてやる!」


俺は聖剣に力を込め、ゴブリンへ向かって飛びかかろうと……


したところで、馬車の反対側にいたダンとアスカが、


「ふっ、ゴブリンか。その程度の数で俺たちの相手が務まるか!」

「イライラしてたし、ちょっとストレス発散に付き合ってもらうよ! ダン! いつも通りお願い!」


アスカの掛け声でダンが叫びながら飛び出してきた。


「なっ!? 馬鹿野郎っ!」


ゴブリンに向かって振り下ろした聖剣は、突進してきたダンを巻き込んで周囲を吹き飛ばした。


「え!? なっ!? 何やってんの!? ダン!? ダン大丈夫!?」


アスカが悲鳴じみた声をあげている。


「馬鹿野郎! 俺様が一掃してやろうとしてんのに、何で邪魔すんだ!」


爆煙が晴れ、そこには木っ端微塵になったゴブリンと、瀕死のダンが横たわっていた。


くそっ!

ダンへの直撃を避けるために軌道をずらしたから、ゴブリンがまだ相当数残ってやがる。


「キキー!」

「ギィー!」


仲間をやられたゴブリンが荒々しく声を上げて向かってきた。


「ゴブリンの群れと戦う時はいつもダンが最初に飛び込んでたじゃん! 何で勇者がいきなり飛び出すのよ!」

「うるせぇ! てめぇらこそ何で俺様に合わせらんねぇんだ!」


たしかに、ゴブリンのような群れを成す魔物との戦闘では、壁役のダンが飛び込んで囮になり、その後ろからダンを守るように俺たちが斬り込んで数を減らしていく作戦を取っていた。


だがこの作戦は……


「うぐっ!?」


急に太ももに激痛が走り、痛みで体勢を崩す。


「くそっ! いてぇ! 足に矢がっ!」


ズキンズキンと強烈な痛みに体中が痺れ、まともに思考ができない。

顔を上げると、後方のゴブリンが矢をつがえ、二射目を構えている。

筋肉馬鹿ダンがいればあの程度の遠距離攻撃は防げるが、今はどうすることもできない。


「アスカ! 身動きが取れねぇ! こっち来い!」


痛みに耐えながらアスカに目をやると、


「いや! 気持ち悪い! こっち来ないで!」


ハンマーを持つ数匹のゴブリンに囲まれ、泣きながら逃げている。

石のハンマーにやられたのか、アスカの手に装備された聖爪はすでに数本折れている。


「くそっ! 何で!? いつもはゴブリンなんて楽勝なのに! 何……」


ゴツッッ!


泣き叫ぶアスカは横顔をハンマーで殴打され、鈍い音とともに、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「な、なんて事だ……これがこの国の勇者!? ルブルが誇る最高戦力と呼ばれる勇者パーティーの戦いなのか……!?」


後方から御者の悲鳴が聞こえてくる。


うるさいうるさいうるさい!

これは俺様のレベルに合わせられない仲間たちが原因だ!

こんなやつらはこの場に放置、ここはひとまず後ろの馬車で撤退だ。


俺は痛みを堪えて立ち上がるが、


「あぐっ!」


今度は腹部が激しい痛みに襲われる。

俺の腹にはゴブリンが放ったと思われる矢が深く突き刺さっていた。


「うぐぁぁぁぁあああああ!!! いでぇ!! い、あづい!!」


くそ!

何で俺様がこんな目に!

何で……上手くいかない……

やっとあいつを追い出したのに……


痛みと悔しさで目に涙が溢れ、滲んで前が見えない。


「誰か倒れてるぞ!?」

「な!? おい! 馬車が魔物に襲われてる!」

「何やってんだこいつら! こんな時間に馬車走らせて!」


意識が薄れていく中、そんな声が聞こえた。

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