4.面接と乱闘
「最近やたらと問題が多くてのう。あーいやいや、座ったままで結構」
挨拶しようとした俺を静止させ、向かいの席に腰掛けながら老人は続ける。
「ええと、名前は……」
「ハルといいます」
「ああそうじゃった。この歳になると物忘れがのう。君じゃからわざわざ来たというのに」
俺だから?
老人の一言を気にしていると、彼は俺の左手をちらっと見て、
「歳はいくつかな? 若そうに見えるが所帯持ちとは大したもんじゃ」
「じゅ、16歳……独り身です……」
清い体のままである俺を捕まえて所帯持ちとは、この老人は一体どういうつもりだ?
「こりゃ失礼。どうやら悪いことを聞いたようじゃな」
引きつった俺の表情から察したのか、老人は憐れみを帯びた目で見てくる。
「じゃが男子たるもの、いつまでもそんな調子じゃいかんぞ。わしがお前さんくらいの頃は、
「会ったばかりのあなたに、そんな心配をされる筋合いはありません」
この人何?
さっきから俺のこと馬鹿にしてんの?
初対面でいきなりナイーブなとこを突いてくる老人に対して、俺は徐々にイライラを募らせていく。
「威勢がいいのう。じゃが親御さんも心配しとるじゃろ? 孫の顔がとか……」
「俺は捨て子で親の顔は知りません。育てられた孤児院でもよく思われていなかったので、そんな心配はされていないと思います」
俺の貞操の話はもうやめてくれ。
ふと、昨晩何もできなかった情けない自分を思い出す。
……これからは頑張るから。
「すまんすまん。若いもんと話すとつい余計な世話を考えてしまう」
老人は笑いながら言った。
そして背もたれから上体をぐいっと起こし、テーブル越しに近づきながら言う。
「まぁ、そんなことはええ。こいつを見なさい」
老人は気を取り直したのか、さっきまでの気さくな雰囲気を脱ぎ捨てて真面目な様相を呈し、手のひらが上になるようテーブルの上に両手を出した。
「な、何をですか?」
特に手に何かを持ってる訳ではない。
手相でも見てほしいのか?
「何も見えんか?」
「え?」
真剣な老人の目に一瞬気圧されるも、俺はもう一度、手のひらを注視した。
すると、ポワポワとコインサイズの白く輝く光が漂っているのが見えた。
「えっと、マナというものが見えるらしいです」
「……マナが見える、か」
面接官はふぅとため息を吐きながら、参ったと言わんばかりに眉間を指でつまんでぐいぐい押さえた。
「さて、これにて面接は
そう言って立ち上がり、ブツブツと何かを呟きながら出口に向かう。
先程からコロコロと態度が変わる落ち着かない様子の老人に呆気に取られていると、
「おっと忘れるとこじゃった。登録祝いにこれを君にやろう。きっと君に力を貸してくれるじゃろう」
そう言って面接官は、どこから取り出したのか、一振りの剣をテーブルに置いた。
剣自体はよくある両刃剣。
黒鞘の所々に金の細工が施されており、柄の先には丸い水晶が埋め込まれている。
手に取って剣を抜いてみると、美しく滑らかな白刃が煌めいた。
本来の叩きつけるように扱う剣とは違い、何でも切り裂けるような切れ味を備えているのが一目で分かる。
装飾といい、刃の仕上がりといい、かなりの高級品に見える。
「これって……」
受け取っていいものかと確認しようとしたが、老人はすでに部屋を出た後だった。
ドアが開かれた音はしなかった気がするんだけど……いつの間に。
――
「あ、あの、面接終わったんですけど」
「お疲れ様でした。ただいま確認して参ります」
面接を終えた俺は、先程の眼鏡のお姉さんに報告した。
「……ハル、どこに、行って、たの?」
背後から声をかけられた俺は振り返りながら、
「ああ、急に面接を受けて……ル、ルナ!? 大丈夫か!?」
振り返ると、青白い顔をしたルナが立っていた。
「夕方は、
周囲を見回すと、ギルドへやってきた男たちの視線が、ルナに釘付けである。
ただでさえ人が苦手だというのに、絶世の美女であるルナはどこへ行っても注目を集めてしまうのだろう。
俺だってルナが待合席で座っていれば、やましい気持ちがなくともつい目がいってしまうと思う。
「早く済ませて出ような」
「……そう、して、ほしい」
「ハ、ハル様! おおおお待たせいたしました」
ルナとそんなやり取りをしていると、女性と話している時の俺みたいに声を震わせ、緊張した様子でお姉さんが戻ってきた。
「ぼぼぼ冒険者登録は、こここれで完了しました……ここここちらをどうぞ」
そう言って眼鏡さんは、震える手で一枚のカードを差し出した。
「冒険者証明書?」
手渡されたカードにはそう記されていた。
「ク、
お姉さんは震える指でカードを差しながら言った。
そこにはこう記されている。
名前:ハル
年齢:16歳
性別:男
特徴:黒髪、黒目、身長168センチ
「……ランクC? あれ? 俺初めて冒険者になるんですけど……」
「そうなんです! ハル様はいきないCランク冒険者なんですよ!」
眼鏡さんが興奮気味に続ける。
「いきなりCランクなんてことは滅多にないんですよ! それこそユニークスキル持ちの方とか! ごく稀にそういった力を持った人がいるのですが……初めて見ました。私が対応した方がもしかしたらユニークスキル持ちかもって他の職員に自慢できます! 実家の両親にも!」
お、そうなのか。
もしかして、ルナが言ってた『マナ視の魔眼』のことかな?
確かにルブルでも鑑定を受けた時、ユニークスキル『目が良い』とか言われたもんな。
「冒険者のランクはF〜Sですが、C以上の冒険者なんて一握りなんですよ! 本当にすごいです! ありがとうございます!」
なんだか感謝されているみたいだし、悪い気分ではないので良しとしよう。
そう思いつつ興奮する彼女に礼を言って帰ろうとすると、
「おいおい、こんな弱そうなガキがユニークスキル持ちだぁ? デタラメ言ってんじゃねぇよ」
いかにも冒険者といった風貌の男が、俺たちにつっかかってきた。
「ユニークスキルってのはな、選ばれし勇者みたいな奴が持つ力だぞ。このチビにそんな力があるはずがねぇだろ?」
チビ?
俺のことか?
身長が170センチにわずか2センチ及ばないだけで俺をチビだと?
先程の老人に続き、またしてもナイーブなところを突かれた俺が動揺していると、眼鏡さんが男に抗議の声を上げた。
「なんてこと言うんですか! きっと間違いありませんよ! ハル様は最初からCランクなんですから! カードにそう記されて……」
「外野は黙ってな! そのデケェ乳揉まれてぇのか!?」
「ち、乳っ……!?」
カウンターを叩きながら暴言を吐く男に、涙目で怯える眼鏡さん。
「ちょ、やめてください。この人は関係ないでしょ」
「やんのかチビ? ……お、なんだお前、いい女連れてんじゃねぇか。よぉ、分かるなチビ? ちょっとその女、俺に紹介しろよ」
下品な笑みを浮かべたその男は、俺の後ろに控えていたルナに厭らしい視線を送っている。
どこの国にもこんなやつはいるんだなと呆れていると、
「……気持ち、悪い……」
青い顔のルナが口に手を当てて呟くと、「ブフォッ!」と、眼鏡さんが吹き出した。
ルナはきっと人見知りが限界だっただけなんだ。
それを眼鏡さんが笑ったせいで……
馬鹿にされたと勘違いした男は声を荒げる。
「こいつらぁ!! ちょっと顔や体がいいからって調子乗んなやぁ!」
ズガァアアアン!!
間一髪。
ルナと眼鏡さんをグッと引き寄せて飛び退いた俺は、ギリギリでハンマーから身を
「な、何考えてんだよこんなところで!」
「ちょうどいい! 駆け出しのガキに冒険者の厳しさってもんを教えてやるよ!」
男は俺の抗議を無視して叫んだ。
「ハ、ハル様! 逃げてください! その人は確か、最近Cランクに上がった実力者です!」
後方、悲鳴じみた声で叫ぶ眼鏡さん。
その横では限界を超えて目を回したルナが倒れていた。
俺だけ逃げたら、二人が危ないんじゃ?
突然の騒ぎにギルド内がどよめく。
しかし冒険者同士の揉め事なんて日常茶飯事なのか、大半の人が慣れたもんだといった感じで成り行きを見守っていた。
「……おいチビ、舐めてんのか?」
「何をしているのですか!? 早く逃げないと!」
叫び声を背に受けながら、俺はハンマー男と向かい合い、先程渡された剣を鞘に納めた状態のまま正眼に構えていた。
さっきの攻撃を避けた際、気が付いたことがある。
接近して目を凝らすと、マナ量の少ない相手でも微量だがマナの動きを捉えることができた。
勇者パーティーでは常に後衛からのサポートに徹していたから気が付かなかった。
「駆け出しの分際で! 本物のCランクに盾突くとどうなるか、思い知らせてやるよ!」
叫ぶと同時、突進してきた男は先程よりもさらに勢いよくハンマーを振り下ろした。
俺はそのハンマーをひらりと
「うぐぁっ!」
脇腹を引っ叩かれた男は、苦しそうに床を転がりながら
「うぐぐ……ば、馬鹿な……駆け出しのチビが、この俺のスピードについてこれるはずがねぇ!」
男は打たれた脇腹を押さえながらも立ち上がり、再び俺に襲い掛かった。
今までは強敵相手にしか使えなかった動きの予測。
微量だがハンマー男のマナを察知することができた俺は、そのマナの動きから、男の行動が手に取るように分かった。
振り下ろし、薙ぎ払い、不意を狙った蹴りや突進……
「ぐっ! くそっ! 何で当たらねぇ!」
男は顔を真っ赤にしながら必死に攻撃を繰り出すが、その攻撃を
そして、
「いいぞ新入り! もっとやれ!」と、外野が盛り上がる中、
「凄いです! まさかこんな簡単に! やっぱりハル様はユニークスキル持ちですよきっと!」と、背後から眼鏡さんの声援を受け、
「これで! 終わり!」
俺の顔面を狙ったフルスイングが見事命中し、ハンマー男はその場に崩れ落ちた。
「おお! あの新人やりやがった!」
「剣の扱いはでたらめだが読みはいいな! 気に入ったぜ!」
「カッコよかったよー!」
周りで見ていた冒険者たちから歓声が上がった。
その歓声に適当に応えつつ、俺は背後にいた二人に駆け寄った。
「ルナ! 眼鏡さんも! 二人とも大丈夫ですか!?」
「凄いです! 凄過ぎます! 私感動しました!」
眼鏡さんは胸の前でギュッと両手を握ったポーズで嬉々として言ってくる。
「ハル……剣も、使えたんだ……凄い」
「あはは、使えると言っていいのか、振り回してただけだよ」
「それでも、守ってくれた……ありがとう」
途中から目を覚ましていたらしいルナは、苦笑で返した俺に、弱々しくも微笑みを湛えながら感謝を述べた。
ふとハンマー男の方へ目をやると、ギルドの職員たちが介抱していたが、やがてギルドの奥へと連れていかれた。
「ハル様! 助けていただき、ありがとうございました! これほどの実力があるのであれば、王都で活動された方が良いですよ!」
「王都……いや、俺はここで冒険者をするって約束があるんです」
「そうですか……残念です」
ハルジオンで活動することを伝えると、眼鏡さんはものすごく残念そうにうなだれた。
確かに王都で活躍することが出来れば有名になれるだろうし、稼ぎもいいのかもしれない。
しかし、俺はルナと一緒に冒険者になるんだ。
そこはブレてはいけないのだ。
内心で改めて決意していると、眼鏡さんはバッと顔を上げ、精一杯の笑顔を作ってから頭を下げた。
「ハル様のご活躍、心より応援しています」
眼鏡さんはそう言って、騒ぎの収拾に加わった。
なんだか悪いことをした気分になるが、これは仕方ない。
「なんか色々あったけど……帰ろうか」
なんとなく居づらくなり、早々にギルドを出ようとルナに声をかけた。
俺の提案に、
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