3.一つ屋根の下で

俺はまたルナに抱えられ、近くの宿場町まで飛んできた。

今日はここで一泊して、明日の朝、ルナが暮らすハルジオンという町に向かうことになった。


「この村は、登山客相手に、商売している、から……」

「ルブル側にもこんな町があるよ。どこも似た様なもんだな」


エルシアの物価はまだ把握してないけど、そんな俺でも分かる。

かなりぼったくり価格だと。


「本当なら、今日は、日帰りの予定で、あまり、お金を……」

「大丈夫。俺に任せてくれ」


伊達に勇者パーティーメンバーとして報酬をもらっていた訳ではない。

金ならある。


「……なぁルナ。俺100万レーブル持ってんだけど、ルブルのお金って使える?」



――



「こちらの一番小さい部屋でございます。それではごゆっくり」


宿屋の店主はそう言いながらお辞儀をし、その場を後にした。


ルブル独自の通貨はエルシアでは価値を持たなかったため、情けないがルナのお金で部屋を借りることに。

一番安いこの部屋には一人用のベッドが一つだけ。


「わ、悪いなルナ。俺は床で寝るから、お前がベッドを使ってくれ」


俺はルナにベッドを譲り、店主から借りた毛布を床に敷こうと……


「……それだと、私も悪い……私は、平気、だから」


ルナが毛布を持った俺の袖をクイっと引く。



――



一体どうしてこうなった!?


俺たちは一人用のベッドに背を向け合った形で横になっている。


ただでさえ思春期童貞心ピュアハートの持ち主である俺が、こんな状況ですんなり眠れるはずがない。

時刻はとうに深夜を回っているというのに、俺はいまだ寝付けずにいた。


ギリギリ体は当たらないようにしてるけど、若干の温もりを感じる。

なんだかいい匂いも……


ああダメだ!

意識するなという方が無理な話だ!

もうなんか、色々とやばい!


俺が高まる鼓動を抑えるため、何か違うことを考えようと頭の中でうめいていると、


「……ハル」


ルナの小さな声が、背を向けているにもかかわらず鮮明に聞こえた。


「どどどどうしたルナ。ねね、眠れないのか?」


俺が緊張で噛みまくりながら返すと、


「……私、マナが見える人は、自分だけだと、思ってた。自分だけ、他人とは違うと、……でも、ハルに会って、マナが見えるって聞いて、その、少しだけ、安心した。ハルに会えて……嬉しかった」


ルナはそんなことを呟いた。


そうか。

危険察知とか言ってよく分かっていなかったお気楽な俺とは違う。

ルナには世界が他人とは違う見え方をしているという自覚があったんだろう。

人見知りな性格も相まって、それを相談することもできずに。


確かに不安になるのかもな。


「……こっちこそ、俺が見えてたものが何か分かってスッキリしたよ。ありがとう」

「うん……」


…………


……なんだこれ?

妙な雰囲気になったんだけど……


これってどうするのが正解?

振り返った方がいい?

何て言うのが正解?


やばい、分かんない!

こんな時どうしたらいいのか分かんない!


動揺する俺に、思春期童貞心ピュアハートは激しい鼓動を返してくる。

地震かと勘違いしてしまうほどに力強い鼓動のせいで、ドキンドキンと体が揺れた。


どうしようやばい!

誰か!

誰でもいいから助けて!


俺に正解を教えてくれ!!!



――



そんな調子で結局一睡もできず、俺は朝を迎えた。


「昨夜はお楽しみ……でした……か?」


目の下にクマを作った俺を見て、受付にいた店主が首をかしげながらそんなことを言う。


「あはは……また次回頑張るよ」


俺は苦笑しつつ店主に答えた。


ふと横のルナを見ると、ルナも目の下にクマを作っていた。



――



早朝に宿場町を出た俺たちは、ルナの飛行と乗合馬車を利用して北上し、ハルジオンという町へとやってきた。


「花の都と呼ばれるだけあって綺麗な町だな。なんというか、温かみがあっていいな」


そう。

このハルジオンという町は別名花の都と呼ばれているらしい。


町の外周には花畑が広がり、整備されたメインストリートには色とりどりの花や木々が植えられ、立ち並ぶ建物にも至るとこのに緑が施されている。

人と自然がいい雰囲気に調和されたとても綺麗な町並みだ。


俺はルナの案内で『冒険者ギルドハルジオン支部』という施設を目指していた。


「今日はそこで冒険者登録をする」


ルナも俺に慣れてきてくれたのか、昨日みたいなおずおずとした喋り方ではなくなってきた。

相変わらず声は小さいが、きっとそれは元からなんだろう。


そんなことを考えているうちに冒険者ギルドハルジオン支部へとやってきた。

花の都と呼ばれるだけあって、ギルド内も綺麗な花が置かれていていい雰囲気だ。


「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」


受付へ行くと、知性的な眼鏡美人の女性職員が、元気よく挨拶してくれた。


「ぼ、冒険者、登録を」


俺は思春期童貞心ピュアハートを発揮しつつ、おずおずと受付の女性に声をかけ、冒険者登録の手続きを始めた。


冒険者。

それは人々から魔物の脅威を取り除くべく、討伐や護衛、危険な場所での資源採集などを生業とする何でも屋のような職業。


冒険者には実力に応じたランクが存在している。


ランクはF〜S。

Fが一番低く、Sが一番高い。

当然、ランクが高い者ほど危険で高報酬な依頼クエストを受注することができる。


俺は職員の質問に名前、年齢、性別、見た目の特徴と答えていく。


名前:ハル

年齢:16歳

性別:男

特徴:黒髪金目、身長170センチ


「あ、言い忘れましたが、特徴の欄で記入に誤りがあると身分の証明が出来なくなりますので、間違いがないようにお願いしますね」


……身長、168センチ。


「では、登録して参りますので、少々お待ち下さい」


俺が不貞腐ふてくされていると、眼鏡さんは笑顔でそう言って受付奥の扉から裏手へと入っていった。


「簡単だな。もっと国籍とか色々聞かれるかと思ったんだけど」

「エルシア王国には人族以外の者も出入りする。だからその辺の敷居は低い」


俺の疑問にルナが答えてくれた。


たしかに町を歩いていても、人族以外の種族も多少見かけた。

ルブルではありえない光景だ。

さすがは人族最大国家であるエルシア王国。


なるほどと納得していると、受付奥の扉からガタイのいい男が現れ俺たちの方へやってきた。


「ハル様ですか? お待たせしているところ申し訳ないのですが、あなたの冒険者登録には面接が必要です」

「え?」


突然のことに俺はキョトンとする。


「と、どういう、こと?」


ルナが割って入ったが、人見知りを発揮しているようでイマイチ覇気がない。

そんなんじゃ言い負かされるぞと思っていると、男はルナを見て態度を急変させた。


「これはルナ殿。先日はお世話になりました。実は、黒髪の少年が登録にやってきたら面接を行うと、先日本部から通達がありましてね。こんなことは今までになかったので、我々も戸惑っているのですよ」


準備するので待っててくれと言い残し、男はまた奥へと戻っていった。


「誰?」

「このギルドの支部長」

「偉い人じゃん。そんな人がペコペコするってことは、ルナってすごい人?」


いや、よく考えたらそりゃそうか。

S級の魔獣を一人で討伐できる実力者だもんな。


「私は大したことない。前に私の所属するクランが彼の……」

「お待たせしました。こちらへどうぞ」


ルナが言い終わる前に眼鏡さんがやってきて、俺だけが奥へと案内された。


対面できるテーブルに椅子がいくつか置かれた部屋に通され、そこでソワソワしながら待つこと五分。


「いやいやすまない。待たせてしまったのう」


ノックもせずに部屋へ入ってきたのは、70代くらいのおじいさんだった。

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