2.初めての魔法

「え、えっと……」


勇者のパーティーメンバーだったにもかかわらず、地味な荷物持ちポジションということもあり、俺は女性人気が皆無だった。

同年代ではアスカくらいとしかまともに会話をしてこなかった。

というか、アスカも俺とはろくに会話してくれなかった。


つまり女性への免疫が全く無い。


思春期童貞心ピュアハートの持ち主である俺は、急に綺麗な顔を近づけられ、目を泳がせながら尻込みしてしまった。


「ご……ごめん……なさい」


少女は慌てながら握っていた手を離し、顔を赤くして俺から一歩後退あとずさる。

そして、うつむいてモジモジしながら、


「……私はルナ。エルシアの、冒険者クラン、『ヒカリエ』に所属している、冒険者」


恥ずかしそうに、俺を見ながらそう名乗った。


ルナと名乗る女の子はそんな調子で続ける。


「……人と話、す、のは、あまり、得意では、ない。ただ、聞きたいこと、が、ある」


先程までのクールなカッコよさはどこへやら。

むしろ小さな声で頑張って話しているルナを見ていると、なんだか応援したくなる。

俺から会話をエスコートした方がいいかも。


「聞きたいことっていうのは、さっきのマナが何たらってことですか?」


俺の問いにルナは小さくうなずくと、


「ハル……さんは、スキル鑑定、しましたか?」

「ハルでいいよ。あんまり言いたくないけど、俺『目が良い』だけっていうユニークスキルを持ってるらしい」

「『目が良い』……やっぱり。マナも、見える?」

「マナが何なのかは分からないけど、目を凝らすとフワフワとした光が見えるよ」


自信なさげなルナの態度に、俺はすっかり緊張を忘れ、命の恩人にタメ口をきいている。


俺が見えるままを説明すると、ルナの表情が一瞬ぱっと明るくなった。


「えーっと、ルナ。マナって何?」

「マナは、世界に、満ちていて、世界を、形作る、そして……魔法の源でも、ある。この世の、全てに、マナは宿っている。人は、自分の持つ、マナを使って、魔法を使う」


ルナは一生懸命といった感じで説明してくれる。


「人は、マナが少ない。逆に、魔獣や、悪魔、強力な存在になるほど、マナが多く、なる」

「なるほど。だからさっきのベヒモスだったり、昔勇者たちと倒した悪魔からは黒い光が見えたのか」


そして、さっきのベヒモスを簡単に倒したこの子から溢れんばかりのマナが見えたのは、それだけマナ量が多い強者ということか。


俺が危機察知能力だと思っていた力は、実は世界の心理を見ていたようなものなのかも。


一人納得しているとルナは、


「鑑定結果、『目が良い』は初めて……でも、マナが見えるのは、魔眼持ちの、証。私は『マナ視の魔眼』、そう呼んでいる……私以外で、初めて会った」


そう照れくさそうに上目遣いで言ってくるので、免疫力が皆無かいむである俺の思春期童貞心ピュアハートはドキドキと強く鼓動していた。


うう、緊張する、胸が苦しい。


俺が目線を外して照れていると、ルナがふらつく。


「だ、大丈夫か!? もしかしてさっきの戦いで怪我を!?」

「い、いや、知らない人と、たくさん喋って、めまいが……」


どんだけ人見知りだよ!


さっきのドキドキを返せと言ってやりたかったが、命の恩人であるルナにそんな身勝手はことは言えるはずもなく、


「え、えっと、ここでまた襲われて困るし、とりあえず安全なところまで移動しようか?」


ルナはコクリと頷くと、差し出された俺の手を取った。


〈蝶の羽〉バタフライ


ぽつりとルナが呟くと、衣服に装飾されていたアクセサリーの一つがキラリと輝く。

すると、背中に白い光が集まり、大きな蝶のような翼がルナの背に生えた。


バサリと翼を羽ばたかせ、俺の両脇を抱えるようにして地面を飛び立った。


「え? ええっ!?」


突然の出来事に俺は驚愕きょうがくした。


「こ、これも魔法!?」

「……いくつかの、魔法を、組み合わせ、て、私が構築した。魔法技術マジックアーツという」

「す、すげぇ……」


思わず感嘆かんたんの声が漏れた。

魔法は凍らせたりするだけではなく、空を飛ぶこともできるのか。


感動しているうちに、ふもとの宿場町付近まで抱えられた状態で運ばれた。


俺は地に足が着くと同時、運ばれている間に芽生えたとある衝動をルナへぶつけた。


「ルナ先生! 俺に魔法を教えてくれないか!?」


そう言った俺の目は、きっと爛々らんらんと輝ていたことだろう。


顔を真っ赤に染め、目を逸らすルナ。


先生呼ばわりしたからってそんなに照れなくても……

と思ったが、興奮してルナの手を握り、顔をグイッと近づけていた自分に気が付いた。


「ご、ごめん」


俺は取り乱し、慌てて手を離して一歩下がる。


ルナはしばらくうつむいてからゆっくりと顔を上げ、


「わ、私でよければ、教えても、いい」



――



ルナのおずおずとした説明を要約すると、魔法は自分の体内にある魔力を使うらしい。

厳密にいうと体に宿るマナを魔力へと変換して使用する。

人は詠唱したりすることで無意識的にマナを魔力へ変換し、その魔力を使って魔法を発動させるそうだ。


「まずは、初級の、詠唱を教えて、る。……あと、これを使えば、簡単に、成功する、と、思う」


ルナはそう言うと、身に着けているいくつかの指輪の中から、左手薬指に付けていた指輪を俺に差し出した。

シルバーリングに小さな蒼い宝石が一つはめ込まれていた。


これはさっきベヒモス戦で使用していた指輪だと思う。

かなり強力なアイテムなんじゃないだろうか。


「いいのか? なんか指輪自体も高級そうだけど」


ルナは静かにコクリとうなずく。

俺は感謝を告げて受け取り、指輪をルナと同じように左手の薬指に……入れようと思ったが、ぱっと見入らなそうだ。


「うお!?」


入らないと思った指輪がシュッと大きさを変え、ピッタリと指にまった。


「す、すごいな。さすが魔法のアイテムって感じだ」


そう言ってルナに指輪を見せると、ルナは目を丸く見開いて、真っ赤な顔をしていた。


「ど、どうしたんだ?」


俺の問いに、ルナはまたうつむいて、そのまま黙ってしまう。

おかしな反応に少し戸惑ったが、今は早く魔法を使ってみたい。


「確かこの指輪は氷の花を咲かせるんだろ?」


俺は何もない場所に左手を向けて、気合十分に叫んだ。


「いっけー! フリズクリスタール!」


しかし、俺の叫びもむなしく、何かが起こる気配はない。


「その指輪は、氷魔法を補助する、だけ。それに、【氷華結晶魔法】フリズクリスタルは、私の、オリジナル、だから、簡単じゃない。まずは、初級から」


ルナがうつむいたまま、初級氷魔法の詠唱を教えてくれた。


「き、気を取り直して」


俺は大きく吸い込んだ息を吐き出すと、再び左手を前に突き出した。


「凍てつく冷気をこの身より放ち、の者の時間ときを止めよ」


詠唱を唱える始めると、体全体が熱を帯びたような感覚がした。

心臓から押し出される血流のように、指先まで熱くなる。

これがマナを魔力へ変換している感覚なんだろうか。


全身に広がった熱は突き出した左手に集中し、一瞬、指輪の宝石がきらめいた。


いける!


「【アイス】!」


…………


渾身の力を込めて叫ぶも、またしても何も起こらない。

気合を入れた分恥ずかしくなり、俺は手を突き出した体勢のまま固まった。


「その手で、どこかに、触れて、みて」


そんな俺を笑うことなく、ルナはぽつりとそう言った。

俺はルナに言われるまま、左手で近くの木に触れる。


パキパキパキ


「おお! 少し凍った!」


俺が触れた木の表面に霜が降り、手のひらより少し広い範囲を凍らせた。


今使った魔法は水属性の初級氷魔法で【アイス】というらしい。


「まずはその魔法で、物を凍らせる練習。慣れてきたら、また、教えてあげる」


「ああ。ありがとう」


俺はルナの好意に感謝し、自分が魔法を使ったことに感動していた。


魔法使いになった気分だ。

本当にすごい。


俺が興奮して周りの木を凍らせていると、不思議そうな顔でルナが聞いてきた。


「ハルは、その、どうしてあんなところで、魔獣に襲われていたの?」

「あっ!」


魔法で浮かれていた俺は、ルナの一言で自分が置かれている今の状況を思い出す。


そうだった。

俺は勇者のパーティーを追い出されたんだ。

このままルブルに戻ったところで、何をされる分かったもんじゃない。

あの国王のことだ。

力を偽ったとか難癖なんくせつけて投獄、最悪見せしめで処刑まであり得る。


「だ、大丈夫?」


頭を抱えてしゃがみ込んでいた俺に、ルナが心配そうに声をかけてくれた。

俺はルナに出会うまでことをあらまし説明した。


「そ、それなら、ハルさえ良ければ、わ、私と来る? ま、魔法も、教えてあげる、から、私と一緒に、エルシアで、冒険者を……」

「ぜひ行きます! ぜひお願いします!」


美少女であるルナのありがたいお誘いを断る理由がある訳もなく、俺は即答する。

と、同時に顔を赤くするルナを見て、俺はいつの間にか握っていたルナの手を離し、おずおずと一歩下がった。

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