■ 冠省・下
僕は電話はしませんと何度も伝えたこと、目的はゲームソフトの借用なのだから、以前送られてきた住所に郵送をすること、申し訳ないがメールのやり取りは辞めにしたい、お元気で、という文面を作成し、返信した後に、アドレスを拒否設定にした。もちろん電話番号も拒否にした。
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さて、それからどうなったのかというと、全く変わらなかったのである。
彼女は次々に新しいアドレスで僕にメールを寄越し、携帯電話を新規で購入して僕に電話をかけてくる。知り合いの携帯、公衆電話、あらゆる方法でコンタクトを取ろうとしてきたのだ。
何故彼女がそれをしているのか解ったのかと言うと、知り合いの知り合いの知り合いの知り合いから、自宅の電話番号を聞き出し、親兄弟を通じて僕の番号やらアドレスやらを入手していることが判明したからだった。
こういう自分の親と同じタイプの人間は、「メールが宛先不明で返ってくる」「電話が繋がらない」という事態に対し過剰に反応し、百パーセント何かしらの突撃をしてくるだろうことは知っていた。まず自分が拒否設定の対象になっていること事態に激昂する。自分がそうされるに値する程度のことをしたとは考えない。話し合いで解決しようとしたと言い出すのだ。
他には他人にメールを送らせる。他人を相手の住所へ出向かせる、大量に何かを郵送する、知り合いの知り合いの知り合いの知り合いの知り合いの……に僕の携帯電話の番号とメールのアドレスをばら撒く。懸賞や無料会員登録ができるサイトに書き込む。実家に連絡をし同情を買う。
推測通りの動きであった。
知ってはいたがかなりの精神的苦痛だ。
「画面の向こうには、人がいるって・ゆ・う・こ・と・を・わ・す・れ・る・な!!」
本文に大きな文字でこれが書かれてあった。
それから自分語りの日記である。
「いつも笑顔のりおちゃんがぁ、なんか落ち込んでるみたいーってゆわれて、
だからみんな心配してるし
自分のせいだってゆうことをわかってる?
あんなメールをもらってきづつかないと思ったの?
ありえないんだけど〜!!!(怒ってる絵文字)」
みんなとは何人のことを指すのであろうか。
いつも笑顔なのであれば、僕にパターンメールを送信している時も満面の笑みなのだろうか。
僕は、以前に貴方が送信してきたメールの本文の表現を変え、柔らかい文章に直して基盤とし、文章を作成して送信したのだと伝えた。画面の向こうに血の通った人間がいると日頃から書き込んでいるが、貴方はそれを守っているのか、とも記載して送信した。
その結果の返信に僕は、遂に無表情になった。元々、無表情なのだが、手の先から何かがずるりと感情の全てが流れた感覚になったのだ。
「自分がやられて、
いやだったこと、を」
やりかえすとか。最低!
やられたコッチの気持ちとか考えてないじゃん!
だいたいゲームをかしてってことだったのに、なんで、
こんなにキヅツクこととか言われるワケ?
今、泣いてるんだけど!
サイアクの人間のクズ!!
人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。
人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。人間のクズ。言い返せないのは当たってるからだろ、キモオタ野郎のクセにバッカじゃない!??こっちは、甘えたりとか、かわいい感じのことでしただけじゃん!フツーは許すしかわいいとかになることなのに最低!!」
これが本当の本物のブーメランが自分に刺さっている人の状態である。
刺さっていても投げた記憶を過去へ置いてきているので、怪我をした負傷者でしか無いと言い張る。
嫌な思いをしたのは僕であって、嫌な思いをさせたのは彼女なのだ、だがその過去は綺麗さっぱり忘却されている。見覚えがあると思うのだ、自分が相手に送信したのだから。
自分のメールを元にして送信されて、これだけ激昂するなら、受け取った僕の気持ちも考慮できないものなのであろうか。
まあ、するつもりがないのだろう。自分の性格を純粋だとか子供のように無邪気ですと言っていた彼女なのだ。子供で無邪気なら何をしても許されると思っているのかもしれない。
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携帯電話というのは本当に便利であり不便である。
繋がりを消したくても、日常生活の中に携帯電話の番号だったり、メールだったり、銀行の通帳だったり、音楽だったりと、デジタルに依存している何かが根を生やしていて捨てることができない。
引っ越すには金がいるし、完全に携帯電話を手放すなら他に連絡手段がなければ病院へ行くにも不便になるのだ。
そんなことを考えながら、僕はキャリアメールのアドレスを変更したり、見知らぬアドレスを文面を開かず拒否設定し削除し続けた。迷惑メールも突然増え、登録した覚えのないサイトの仮会員登録が済んだという件名もあった。
携帯電話を新規にしよう。これが解決策としては最善だと思えた。
携帯電話を新規で購入し、キャリアメールも新しいアドレスにした数時間後、彼女であろう人物からのメールを受信したのだ。
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!」
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!」
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!」
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!」
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!」
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!」
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!」
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!」
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!」
明らかに彼女のパターン化したメールの本文であった。
何に対しての嘘つき呼ばわりなのか判らない。
「裏切り者!」と「信じてたのに!」と「バッカじゃないの!?」のパターンも受信した。
最も驚いたのは、何故キャリアメールのアドレスが丸々と彼女にバレているのかということだ。返信をしないでそのままにしていると、「反論できないから返事が出来ないのだ」「その通りだから返事が何も返事が出来ないのだろう」という文字と共に
「チラチラチラチラ」と記載された、煽りの内容なのか何なのか判らないメールが次々届いた。
僕は感情が抜けたように、全てがどうでも良くなってしまった。
受信したメールを無感情で読んだ。
あまりにも無反応なのが気に障ったのか、彼女は、何故このアドレスに送信できたかを記載して僕へ送ったのだ。なんと、僕が携帯電話を買い替えた携帯電話ショップの担当した社員が彼女の、友達の友達だったのだそうだ。当時はそんなことに知恵が働きもせず、ただショックを受けた訳だが、完全に個人情報保護法に抵触している。
まあ、どのみち訴えるだのなんだのと、法律が関係してくると、対人や電話、費用が増すばかりになるので結局最後は同じ状態で終焉を迎えることになったのだろうが。仕事の退職手続きもニヤニヤと笑われながらはぐらかされ、一向に進まない。欠勤の状態が続いているので、来月の家賃は払えないだろう。
ああ、今この時だなと思った。
最後に読んだ彼女のメールには、化粧品を買ってくれたら許すという文と、僕の性別を揶揄する文字が書き込まれていた。
畳み掛ける様にして、親から普段は使わないメールを受信した。
心療内科への罵詈雑言と薬を全て捨てさせるので親兄弟とアパートへ明日向かうという内容とともに、性別を侮辱する言葉が書かれていた。
これも最期に読んだメールである。
なので、三通、返信をしたのだ。
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かくして僕は貨物列車の下敷きになった訳だが、もしもこの文字を読んでくれる
人がいたなら、貴方は今、背中にヒヤリとしたものを感じたりはしなかっただろうか。
未来の話では無く、変えることの叶わない過去に、誰かに何かをした憶えはないだろうか。この質問をすると、大抵、お前はどうなんだと返ってくるものだが、僕はもうこの世界にはいないのだ。
何も思い出せないならば幸いである。
しかし、何かしら引っ掛かるものがあったのであれば、知り合いの知り合いの知り合いの知り合いを通じてでも良いし、氏名が判っているのであればネットワーク検索をする手段も取れるかもしれない。
貴方の脳裏に浮かんだその人は、今、生きているだろうか?
もしかして貨物列車の下敷きになっていたりはしないだろうか?
僕を線路に立たせたのは、貴方では無かっただろうか?
もしくはあなた方では無かっただろうか?
違うのであれば幸いである。
何か荷物が届いてはいないだろうか?
来年あたりに修理を全面終了するゲーム機のソフトで、中古で数万円で販売されているタイトルだ。
最寄りの郵便局から発送したので、消印日の深夜に僕は貨物列車の下敷きになった。そして翌日以降に貴方のポストに届いている筈である。
心辺りはないだろうか?
なければ幸いである。
画面一面に同じ言葉を並べて、相手を罵倒した記憶はないだろうか?
百件近い着信で相手を追い詰めた記憶は無いだろうか?
百件近いメールで相手を嘲笑った記憶はないだろうか?
なければ幸いである。
最後になんと送信したか記憶にあるだろうか?
なんのことだか判らないのであれば、幸いである。
違うのであれば、大変失礼な質問であった。申し訳無い。
まあ、もしも心当たりがあったとしても、僕はもう、この世界には存在していないので、どうか安心してほしい。
この出来事は、僕にとっては最新の出来事だが、どうやら随分と時間が経ってしまっている様だ。
ただ僕の眼はまだ電車の車体の何処かにあるようで、電車が動く度に色々な景色が良く見える。
墓には入りたくなかったので、これは幸いである。
それでは。
読んでいただいてどうもありがとう。
お元気で。
■不一
■(墓石記号) 九々理錬途 @lenz
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