第2話 思春期ぼっち男子

「いいか男子諸君?男というものは、辛いことばっかりだ!この女が支配している世界で、俺たちは生きている!おれたちは異性を求めるが、いや〜女は男に厳しいもんだ!なかなか上手くいかねえ!誰だって、振られたり、嫌われたり、それでヤケになったり、イヤなことばっかりだ!でもな、そういう経験を乗り越えて、強くなっていく者こそ、男って言うんだ!どんなに振られたって良い、落ち込んだって良い、おれたちは男だ!だから何度でもぶっ壊れて、何度でも立ち上がって、そして夢を叶えるんだ!

 よーし!まだ独りぼっちの男子諸君、おれに継いて来い!おれと一緒に、幸せになろうぜー‼」


 ………。


 校庭に風が吹き抜けた。しらけた空気。ひたすらな沈黙。拍手一つすら無い。


「ありゃ…?」青年は首を傾げた。


 この青年の名は、本橋望夢。高校3年生で、まさに青春の時期真っ只中だ。事実、周りにはカップルばかりだった。そんな周りを見て、彼も異性に憧れるのであった。けれども、女好きな性格ゆえにもてない。そのため恋愛経験はゼロ。


 望夢は今、自身満々のスピーチをまるで舞台で表明するかのように校庭の高台からクラスメイトの男子一同に向かって披露し終えたところだった。

 けれど、一人残らず彼を嘲笑った。口々に「あいつ何言ってんだ?」「頭大丈夫かよ?」と小馬鹿にしたのだった。


「お前さ、マジ哀れだよな。高3になっても彼女いないとか」

 その男子勢の中でも、特に厄介な人物が前に踏み出た。学年ナンバーワンのガキ大将、鬼頭剛志だ。

「高校入っても童貞とかだっせ~!」


 男子一同は爆笑した。


 望夢はむっとした。

「お前らはもう彼女いるだろうけど、おれみたいに、まだの奴だっているだろ」


 男子一同はそれを聞き、またしても哀れむような、馬鹿にするような目で大笑いした。


 鬼頭は望夢に近づくとその胸倉をつかんで言った。

「は?勝手なことこぼしてんじゃねえよ!俺ら、もう、みんな彼女持ちだから」


「?…はい⁈」

 望夢の声が裏返った。

「え、え⁈嘘⁈」


 男子一同大笑い。


「嘘じゃねえよ、本当だよ~」

「おめえ独り、後れてんだよ!」

「分かってるように話してんじゃねえよ!」


 そう言うと鬼頭は望夢を押し倒し、砂を蹴り飛ばした。そして男子らを引き連れ、声高々に大笑いながらその場から去った。


 望夢は顔をしかめながら上半身を起こし、

「うるせぇ!彼女持ちだからって、調子に乗ってんじゃねえぞ‼」

 と負け惜しみに叫んだが、誰も聞いていなかった。


 望夢は制服をはたきながら立ち上がった。


 そのとき、


「まったくいつになったら学ぶのかな~」


 後方から声がした。振り向くと、一人の女子生徒が立っていた。


「な〜んだ、瞳か」

 望夢は一瞥するやどうでもいいやと言うように吐き捨てた。


 女子生徒はニコッとした。


 彼女の名前は片山瞳。望夢とは幼稚園からの付き合いで幼馴染である。彼女は先ほどのスピーチから彼が倒されるまでの一部始終を見ていた。だからその顔には、皮肉のこもった笑みを浮かべている。


「あんたさ、絶対に付き合えないよ〜」

「うるせえ」

「絶対、ぜったい、ぜーーーったいに付き合えないよ〜」

 瞳は首をすくめ、両手を握り締めて大げさに言った。


 そんな彼女を望夢は睨む。とは言っても、いつものことで、全く気にしていない。瞳の方も、大して彼のことを考えてはいないのを知っているからだ。むしろ、ただのからかい相手と言った所だ。


「もっとさ、考えたら?雑過ぎるよ、雑」

「うるせえな。女に男の気持ちなんか分かるか!」

「わかんなーい」

 瞳はさらっと答えた。

「でも一つわかるのは、あなたには無理!モテないんだから。無理!むり!ムリ!」


 ここまで言い放って、瞳は得意顔だが、当の相手はボーッとしていた。


「ちょっと?!もしも〜し?聞いてますか〜?」


 望夢の顔の前で手を振ってみたけれど反応は無い。何かに見惚れているようだ。


 望夢の目は輝いていた。その目先には、かわらしい女子生徒が立っていた。


「むむ!ターゲット、ロック、オン!」


 望夢は両手の親指と人差し指で四角形を作り、狙いを定めた。続いて地面にしゃがみ、クラウチングスタートの姿勢を取る。

「位置に着いて。よーい。ドン!」そして合図と共に駆け出した。


 やれやれ。瞳は首を振った。もう見慣れた光景なのだ。望夢が何をしでかすかはわかっている。

 …ハイエナが、無防備なウサギに襲いかかる!


「ねえ」

 ハイエナはウサギにいやらしい笑みを浮かべて言った。


 ウサギは振り返った。

「…あ、本橋君…どうしたの?」


 ハイエナが牙をむき出す。そして躊躇なく言った。

「おれと付き合って下さい!」


  これは、俺に食われろ!と言っているのと同じである。


 ウサギは当然びっくりして飛び上がった。


「え…?…え、あの…ごめん。無理、無理、急過ぎる。あの…いやーー!!」


 ウサギは走り出した。ただ走っていると言うよりも、明らかに逃げている。


 ハイエナは「待ってよ〜」と後を追い掛けたが、前方にあった木に気づかず激突し、後頭部から倒れた。

 こうしていつものように、獲物を取り逃がしたのだった。


 瞳はのろのろと歩いて倒れている野獣に涼しい顔で近寄っていった。本音は、「ざまぁ見ろ!」である。


「はあ。また駄目か」

 望夢はぶつけた頭を擦りながらメモ帳を取り出した。ページをめくり、今さっき告白した女子の名前に斜線を引いた。


 望夢は、『学年で付き合っても良い人リスト』のような物を作り、見た目が綺麗な人は勿論、ブサイクではない人の名前を書き留めていた。そして、片っ端から告白していった。

 このことは、学年の男女ほぼ全員が知っており、望夢は女ったらしとして有名だった。彼がこれまで告白した人数は数知れない。50人ゆうに超すだろう。斜線が幾つも引いてあった。


「そんなやり方じゃ、付き合えるはずないよ〜」

「うるせえな。おれは必死なんだよ!」

「いい加減諦めたら。あんたモテないんだから」

 瞳はベーッ!と舌を出した。


「お前みたいなブスとだって、誰も付き合いたいと思わねーよ〜!」


 望夢は怒りに任せて反実的な悪口を言った。実際、瞳は学年でトップテンに入るほどのべっぴんなのだが。


「いい加減素直になりなさい。あんたに彼女はできない!ざーんねんでした!」

 瞳はズバッと言い切った。

「女を持ってこそ、男と言えるんだ!」


 望夢は手帳から目を離さず、ページをめくっていく。次のターゲットを考えているのだ。


「あっそ。ご勝手に。じゃあねぇ」

 瞳はうざったい笑顔を浮かべ校門へ。


「たっくーん!」

 そこで待っていた彼氏らしい男と合流し、校門を出ていった。


「あー‼マジうぜー!」

 望夢はイラついて石を蹴った。転がった石はコンクリートの段差に跳ね返って自分の足に激突した。


 彼女いない歴十八年。だいぶ孤独を感じていた。満たされないもどかしさを感じる。周りの男共が大きく見える。自分の欲求を満たしてくれるものは、他でもない女。ああ、一度で良いから、女と触れ合ってみたい。望夢の想いはそれであった。


 そもそも望夢には、友達さえ少なかった。前述の通り、彼の性格は学年中に知れ渡り、付き合おうと思う者はもちろん、友達になろうとする者すらいない。さっきまで会話していた瞳だけが、唯一の友達である。けれども見ての通り、彼女に対する態度も雑多なものだ。そうなると、彼女探しは後の話ではないだろうか。


「なんでおれには彼女ができないんだー‼」


夕方の空に向かって、彼は一声叫んだ。もちろん返事はない。遠くで真っ赤に光放つ夕焼けは、雲一つない空でじっとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る