愛のあくま♡
たけピー
私と契約しなさい♡
第1話 死の契約
都内のどこか、大通り。
雨が降りつける中、スーツ姿の男性、贅沢な服装の女性、イヤホンをつけた若者ら、多くの人々が行き交う。雨は激しくはなく、穏やかでもない。誰もが傘をさし始めるくらいの降り様だ。
この忙しい光景を、青年は、ビルの屋上の縁から見下ろしていた。一歩踏み出せば、真っ逆さまだ。三十階ほどもあるビルの屋上から見下ろした人々は、まるで蟻のようにちっぽけであった。
…人間が、みんなちっぽけに見える。そう、自分自身も。
青年はこの光景を充分に眺めると、満足したか、呆れたかのように、空を見上げ、目をつぶり、一度深く息を吸った。
…覚悟はできた。…
雨がさらに激しくなった。鼓動もまた早くなる。これはビルの高さに恐れおののいたためではない。自分をこの道へ追いやった不幸な運命を、改めて恐ろしく感じたためである。
青年は再び目線を下ろすと、両手を真横に広げた。そしてなんの躊躇もなく片足を上げ、前に突き出した……
そのときだった。
青年の動きがピタリと止まった。背中に突き刺さるような視線を感じ、恐る恐る振り返った。
………
長い黒髪の若い女が、こちらを見ていた。目つきが異様に鋭く、殺気を感じる…。
青年は一瞬はっとしたものの、その女性に対して結局何の感情も湧かなかった。どうでも良かったのだ。けれども、投げやりな気持ちから、直感的に声が漏れた。
「僕を地獄に連れにきたのかい?」
女は黙ったままだ。
青年は落ち着いた口調で言った。
「ならばとっとと連れてってくれ。もう、終わらせたい」
青年は女に向き直った。その表情には、決意と憎しみがにじみ出ている。
女は「ふっ」と鼻で笑うと、青年をじっと見つめて言った。
「死ぬのはあなたの自由。だけど、いいのかしら?私はあなたにチャンスを与えに来たの」
青年は女を睨んだ。
「…どういう意味だ?」
女はにやりとした。
「あなたは、まだ死ぬべきじゃない。まだ使命を果たしてない。そう、あなたには使命がある」
青年はひたすら女を睨んだ。
「知ってるのよ?あなたの母親のこと。あなた自身のこともね」
女は確たる証拠を突きつけるかのような口調で言った。
青年は驚き、目を見開いて女を見つめた。一瞬の沈黙を置いて、その顔は怒りに満ちた。そしてその気持ちに任せて叫んだのだった。
「嘘だ!!あんたに何が分かる⁈僕はこれまで必死で生きてきた!それなのにすべて失った!もう信頼できる人間もいなくなった!だから今日限りだ!!」
こう言い切った青年の顔は、一層険しく、怒りがむき出しになった。
一方、女は平静を保っている。
「信頼できる"人間"が、もういない?だったら、私のことは信頼できるってことね」
青年の表情が変わった。雨で濡れた顔に、恐怖と疑問が浮かび上がった。
…この女は邪魔者か、それとも救世主なのか?…
女は続けた。
「いいわよ。死にたいのなら、その望みを叶えさせてあげる。その前に、ちょっと手伝ってもらうけど。私と契約しなさい。あなたのことを必要としている人に、会わせてあげる。そして、幸せに死なせて、あ・げ・る」
双方、しばらく見つめあった。
女は訳ありな表情を浮かべている。
青年の方は、半信半疑の視線を女に投げかけている。
雨はもう霧雨になっていた。けれど、今なお空全体には分厚い雲が覆っている。まだまだ晴れそうにはない。………
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