第3話
どんな浴衣を着ていこうか。紗世は迷う。亡くなった母は呉服屋で働いていた。紗世は着付けは多少できるのだが。紗世は母ゆずりの浴衣を見てはどのものにしようか迷う。朝顔柄とかもよいだろうし。迷ってしまうな、と思っていた。
紗世は箪笥から雪女みたいな浴衣を見つけた。この浴衣は母の形見だ。これを明日は着て行こうかな。紗世は入浴して寝静まる。
気がつくと時計の針は午後十二時を指していた。寝坊した。義母が声をかけてきた。
「紗世。なんの支度してるのよ」
「わたしは今日、友達と夏祭りに行くんだ」
「貴女は一体何を考えてるんだか。遅くならないうちに帰ってきなさい。仏壇には手を合わせるのよ」
「お母さん、両親はどんな交通事故で亡くなったの?」
紗世は本当は聞きたくない。佐伯くんの話は冗談めいた話にも聞こえるから聞くことにした、と思った。
「知りたいの?」
「う、うん」
義母が話し始めた。
「貴女の両親は同級生の男の子のお母さんと待ち合わせしてたの。貴女がいじめられている件についてね。ガス爆発が起きて貴女の両親と男の子のお母さんは車ごと爆発に吹き飛ばされた」
「……そんな」
佐伯の話は冗談ではなかった。本当はそんなことが。心が痛む。
「夏祭り? 貴女は充分気をつけていってくるのよ」
と義母は続ける。
「着付けは出来たからわたしはそのことは心配はしてないわ。夜は危ないから友達と貴女ははぐれないようにね」
「幸運を祈るわ」
◇◇◇
月明かりが照らす下。猪崎神社にて紗世は白石と藍川とで待ち合わせをしていた。結局雪女みたいな浴衣にした。髪飾りをつけて、後れ毛も巻いた。浴衣姿をチラチラ見てる人が居て、紗世は恥ずかしく思った。待ち合わせ場所に白石と藍川が到着した。二人ともきれいな浴衣を着ていた。
「紗世ちゃんの浴衣姿かわいいね」
「瑠璃もとても似合ってるね」
「芽郁ちゃんの浴衣もかわいいよ」
夏祭りへ出発する。紗世は亜矢がいないことに気づく。
「あれ? 亜矢ちゃんは?」
「風邪引いて欠席だよ」
「あ!」
紗世は歓喜した。打ち上げ花火が空へ昇る。夜の空に美しい花を咲かせた。次々と花火が昇る。パンと開く夜の華。紗世は綺麗だなぁ、とうっとり眺めていた。紗世は屋台もやってるのだろう、と予想した。紗世は思う。夏祭りに行くなんて小学生以来だ。紗世は夏祭りを存分に楽しんだ。金魚掬いもした。屋台で綿菓子を食べたりした。全然金魚掬えなかったが。友達と楽しい時間を過ごしたな、と紗世は思った。
紗世は武田を横目流しに見た。武田は角刈りにふっくらした体つき。私服はラフな格好で射的ゲームをしていた。
武田に気を取られたあまり。白石と藍川が居なくなった。紗世ははぐれてしまった。どうしよう。困ったなと思った。肩を叩かれて振り向いた。見知らぬ男の人だ。
「あれ? 君、可愛いね」
無視した。進んだ。
「シカトかよ! オレ、悲しい! しかもこの子かなり美人だし」
「連れとか居るの?」
よくわかる香水の匂いがする。手を握られた。すると肉刺のある手が紗世の手を握った。手を引かれた。するとその相手は瓶底眼鏡をしてはいないが確かに顔立ちは佐伯だった。知らない男の人は驚いた表情で佐伯を見て後ずさる。
「連れが嫌がってるんだからやめとけよ」
と佐伯は忠告した。男の人は眉をしかめ、佐伯を指さした。
「え?……お、お前? この子の連れ?」
「そうだけど?」
男の人は舌打ちしてどこかへ行ってしまった。佐伯は紗世にこう尋ねた。
「白石とは?」
「はぐれちゃって。佐伯くん、助けてくれてありがとう」
「そうか。俺とは、はぐれないように」
佐伯は紗世の手を引いて歩きだす。佐伯のことを紗世は思った。瓶底眼鏡をしていなければかなり整った顔立ちだ。そして彼は絶世の美男子だ。こんな人は高嶺過ぎてモテなさそう、と思った。紗世は一瞬眼の前に立つ人が誰だか分らなかった。佐伯は男物の紺色の浴衣を着ていた。
「ああ、そうか」
「佐伯くん、眼鏡してないよね?」
「今日はコンタクト」
と佐伯は夜の街を歩き出す。紗世の顔を見た。
「今日、綾瀬、化粧してる?」
「う、うん」
佐伯はふわっと笑った。佐伯はしかめっ面よりも、ニコッと笑ったり、緩んだ表情が映える青年だ、と紗世は思った。
「そうなんだ。化粧かわいいね。綾瀬の浴衣姿すごく似合ってるね」
紗世は内心恥ずかしい、と思った。
「どこまで行くの?」
「神社」
くねり道を進むと人里離れた森の中に待ち合わせ場所とは違う神社がある。どうやらそこへ向かうようだ。人混みの中、ショートヘアの女の子が居た。あの子は見覚えがある。
「里咲がいるな」
「里咲?」
と紗世は尋ねた。
「狙ってる。気をつけな」
「ショートヘア? 亜矢ちゃんのこと?」
人里離れた山の麓の神社に行った。あたりを見渡すと誰もいない。
「……佐伯くん」
「ん?」
「どうして助けてくれたの?」
と紗世は尋ねた。佐伯は夕顔だ。
「じゃあ、綾瀬は? 俺で良かったの?」
「うん」
と紗世は答える。佐伯の肉刺がある。
「佐伯くん、肉刺あるね」
「……俺は剣道やってるからね」
「
二人で石段に腰掛けた。高台だ。花火が打ち上げられたのを見た。
「花火綺麗だね」
「……そうだな」
佐伯は紗世の手を重ねた。紗世はビクッとして急いで手を引っ込めた。
「綾瀬かわいいね」
「恥ずかしい」
「……ふーん。綾瀬は俺に口説かれてるの知らないの?」
「な、なんのこと?」
「俺は綾瀬のことが好きなんだ」
「好き……?」
「じゃあ、助けてくれたのも、いつも気にかけてくれたもの」
「俺の好意だよ」
「いつ頃から?」
「うーん。いつ頃? それは全然俺も解んないなぁ。気がつけば綾瀬のこと思っていたとかそう言うのかな?」
「そ、そうなの?」
「綾瀬のことをずっと守ってきたよ。綾瀬は俺のこと気に入ってはいなかったみたいだけど……。覚えてない?」
「わたしが小学生の頃にいじめてた男子が急に謝ってきたとき? ペンケース隠されたときも男子が謝ってきたり、雨が降ってたとき、相合い傘してくれたこと? 無理やり掃除の時間に佐伯くんが先生に怒られてたとき?」
疑問点がすべて集まってくるような感覚だ。
「俺は綾瀬のことが好きだよ」
「……わたしは恋愛とか全くわからなくて」
「わっ!」
「まさか、照れてる?」
「照れくさい」
「なんか、わたしも佐伯くんのこと好きかも」
「ありがとう」
「紗世は綺麗だよ」
未来 朝日屋祐 @momohana_seiheki
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