第16話 かわいい先輩と一発ヤレない件

 翌日、水瀬は登校してきた。

 普段はしているナチュラルな化粧の面影が見えない。誰が見ても泣きすぎたとわかる目元をしていた。

 僕は昨日痛々しい姿を見ていられず、水瀬から目を逸らすことしかできない。

 しかし学校という世界は僕と水瀬のために止まってはくれない。昨日のことなんて関係なく授業は淡々と進む。水瀬のことを心配していた担任もなんと声をかければいいのかわからないのだろう。いないものとして努めていつも通り授業を進める。


(水瀬のこと……本当は幼馴染の僕が守らないといけないのに……)


 水瀬に何もしてあげられない自分の無力さが歯痒い。

 時間はあっという間に過ぎて放課後になる。僕は勇気を振り絞って水瀬に声をかける。


「水瀬……」

「壬……」

「あの……昨日は――」

「今日は帰るわ」


 しかし水瀬は荷物をまとめると僕を置き去りにしてさっさと教室から出て行ってしまう。


「…………」


 僕は水瀬を追いかけることもできずその場に立ち尽くす。

 きっと時間が解決してくれる。今日は帰ろう。そう思った時――


《壬君、今からここ来れる?》


 杏からLINEが来る。僕が既読を付けた瞬間に杏が今いると思われる池袋某所の公園の住所が送られてくる。


《既読ついたってことはOKってことかな? 待ってるね》


(最近水瀬と弥生のことでいっぱいで杏のこと考えられていなかったな……)


 僕は少し迷いながらもすぐに行くと返信をしてスマホをポケットにしまった。


×   ×   ×   ×   ×


 一度家に帰って制服から着替えて僕は池袋に向かった。池袋は家から三十分ほど。水瀬のことをこれからどうするのか。整理する間もなくたどり着いてしまう。

 指定された公園に向かうと一際目立つ地雷系ファッションの女の子がいた。


「あっ、壬君」


 短いスカートをふわりと靡かせて杏が僕の元にやってくる。


「ごめん。待った?」

「ううん。大丈夫」

「最近ごめんね。ちょっとばたばたしてて」

「うん。いいよ」


 なんて言うわけないじゃん。


「えっ?」


 杏の瞳が怪しく光る。


「壬君がいなくてあたし寂しかったんだよ? ほら見て」


 杏が左手を腕まくりする。そこには最近刻まれたと思われる”痕”が複数あった。


「杏……」

「ねぇ、壬君。埋め合わせ、してよ?」

「埋め合わせ……?」

「寂しくした分、満たしてほしいなって」

「…………」

「だめ?」

「だめじゃないけど……何をすれば?」

「ついてきて」


 艶めかしい手つきで僕の手が杏の手によって巻取られる。

 高いヒールの靴をカツカツと音を鳴らして杏は僕を先導する。僕は何も言えないまま杏についていく。そして――


「ここ、入ろ?」

「ここって……」

「ホテルだよ?」


 杏が僕を連れてきたのはいわゆるラブホテルだった。入口に休憩と宿泊の値段が表示されていて、普通のマンションのように周りの景色に溶け込むように建っている。


「入ろう」


 杏にぐいっと思いのほか強い力で引っ張られて僕は引きずられるように中へ。高校一年生になったばかりの僕はもちろんラブホテルになんて入ったことはなく、一歩中に入った瞬間凄まじいほどの緊張感が襲い掛かってきた。そんな僕を知ってか知らずか、勝手がわかっているであろう杏は――どうやら行く部屋を決めているのだろう。壁に表示されている部屋番号が書かれたパネルを見る。ちょうどその時、奥のエレベーターから出てきた大学生のカップルとすれ違う。女性の方は明らかにテンパっている僕を見てクスリと笑った。恥ずかしくて死にたくなる。


「部屋決まったから行こ?」


 いつの間にか部屋を決めた杏が再び僕の手を絡み取りエレベーターへ。四階のボタンを押すと杏が僕の左腕に胸が当たる形で抱き着く。


「楽しみだね。初めてのえっち」


 耳元で囁かれる。

 先ほどまでの緊張は蒸発して消え、杏の甘い香りと沸々の湧き上がる欲望だけに体は支配されてしまう。

 エレベーターが四階にたどり着き、杏に導かれるままに歩みを進める。そして杏が部屋の中に僕を誘う。

 瞬間、首から抱きしめられるようにキスをする。


「キス、しちゃったね?」


 そういえば杏とキスをするのは初めてだった。そう思う間もなく分厚い舌が僕の口内に侵入して歯茎の形を確かめるように舐めまわる。次に僕の舌を包み込むように舌が絡まるとそのままなぶるようにして舌が絡んでいく。


「かわいい」


 舌を離した杏が僕の頭をなでる。熱に浮かされてぼーっとしているそのままベッドに押し倒す。


「壬君初めてだよね……?」

「あの……」

「あたしがリードしてあげるね」


 杏が複雑な構造をしている服を脱いでいく。地雷系ファッションの服はどうしてあんな構造をしているのだろう。頭の冷静な部分が思考するが、それは肌が見える面積が多くなっていくにつれて霧散してしまう。

 杏が最後に足先を覆っていた靴下を脱ぎ去る。すると杏が身に着けているものは黒の――それもやけに大人っぽくて扇情的なものだけになる。あの布一枚をはがしてしまえば全て見える。そして僕にはその権利がある。その事実に頭がクラクラする。

 下着以外の全てを脱ぎ去った杏が僕の上に馬乗りになる。


「キスしようか?」


 僕の返事も待たずに杏は唇にむさぼりつく。舌と舌が交わる間に杏は僕の手を自身の胸元へと導く。僕はそれが自然なことであるように柔らかい双丘を優しく揉むと杏から聞いたこともないような嬌声が漏れる。それに合わせて僕らの行為は激しさを増す。


「もう大丈夫そうだね」


 唇を離した杏が僕の下腹部の硬いところを触る。そして慣れた手つきでベルトを外そうとして――


(どうして壬は私の気持ちを無視しようとするの?)


 瞬間、昨日の水瀬の言葉とボロボロの表情がフラッシュバックする。


(僕は――何をしているんだろう)


「あれ? 緊張している?」


 僕を下着姿にした杏はすっかり萎えたものを見る。


「ごめん。できない」

「えっ?」


 僕はたった今、杏に脱がされた服を再び身に着ける。


「じ、壬君? 急にどうしたの?」

「……ごめん」


 をベッドに置き去りにしてホテルの部屋を出た。


(僕は最低だ)


 夕暮れが迫る池袋の街を走って僕は水瀬にLINEをした。


《今から会いたい》

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