第17話 かつて僕に冷たくしてきた幼馴染と新しい一歩を踏み出したい件
水瀬の家にたどり着く頃にはすっかり日は暮れていた。
僕は息を切らしながらインターフォンを押す。昨日とは違って水瀬はすぐに出てきた。
「壬……」
「水瀬……」
「どうしたの……? そんなに息を切らして……?」
「聞いてほしいことがあるんだ」
「聞いてほしいこと……?」
「ちょっと散歩しない?」
水瀬はしばらく迷った末に頷いた。
× × × × ×
もう何週間前のことだろう。水瀬と河川敷で夜の散歩をしたことを思い出した僕は水瀬を連れてそこに向かった。
しばらく土手沿いを歩き、適当なところに腰を下ろした
「ねぇ、壬。聞いてほしいことってなに?」
水瀬が尋ねる。
「今日、杏先輩と……その……」
「?」
「その……セック」
「ぶっ殺すわ。あの女」
「お、落ち着て水瀬! 未遂! 未遂だから!」
勢いよく立ち上がった水瀬をなんとか制して落ち着かせる。
「未遂? 未遂ってなに! どこまでヤッたのかいいなさい!」
「や、ヤッてない! 何にもやってないから!」
「先っぽでも入っていたらヤッたっていうのよ! それもないわね!」
「ない! ない! 一ミリも入ってはない!」
「入ってはないのね! 本当ね!」
「本当です! 神に誓う!」
ようやく落ち着いた水瀬が息を切らして僕を見つめる。
「よかった……童貞じゃない壬なんてうなぎが乗っていないうな丼みたいなものよ」
「童貞が僕のアイデンティティにされてるの極めて遺憾なんですけど……」
「まぁきっとあの女のおっぱいくらいは揉んだんでしょうけど。それくらいなら許してあげるわ。私が正妻だし」
「正妻ではないですね」
水瀬がくすくすと笑うのに釣られて僕も笑う。こうして水瀬と笑うのはいつ以来なのだろうか。
「だいたい事情は察したわ。あの女から逃げてきたのね」
「それは……うん。そうだね」
「最初から私にしておけばいいのよ。おっぱい以外は全部あるんだから」
「そ、そうだね……」
「……まだおっぱいに未練があるの?」
「ない! ないよ!」
嘘です。あります。だって杏先輩のめちゃくちゃ柔らかったし。
「……壬?」
「睨まないで! 何にもないから!」
「そう? ならよかったわ」
「と、とりあえず真面目な話をさせて!」
咳ばらいを一つ。水瀬の目をしっかりと見つめる。
「今日、わかったんだ。確かに杏先輩は可愛かったし――好きになっていたと思う。でも水瀬のことを全て手放してしまうのは違うと思った。今はまだ幼馴染でも――ちゃんと水瀬のことを大事にしたいと思ってる」
「壬……」
「正直まだわからないことばっかりなんだ。だって水瀬はすごく孤独で僕が守ってあげないといけない存在だと思っていたから。幼馴染だと思っていたから。それに水瀬は僕に冷たくしたこともあったし」
「そのことは……本当にごめんなさい」
「ごめん。謝って欲しいわけじゃなかったんだ。ただ水瀬のことがわからなくなっただけなんだ。でも今はわかる」
水瀬に右手を差し出す。
「水瀬。まずは幼馴染からきちんとやり直してほしい。そしていつかちゃんと恋人になってほしい」
「壬……」
「水瀬が望んでいる結婚は……流石にまだ答えが出せないけど。でもまずはちゃんと幼馴染をやり直す必要があると思うんだ」
「そうね。私としては結婚がいいと思うのだけど――」
水瀬が僕の手を握る。
「まずは幼馴染として私の魅力を存分に教えてあげるわ」
「うん。よろしくね。水瀬」
「えぇ」
僕たちは幼馴染らしい握手をする。
僕たちの距離を遠ざけていたものが消えてなくなった。
「さて、それじゃ帰ろっか?」
「そうね。あぁ、帰る前に寄りたいところがあるの?」
「いいよ。どこ?」
「ドラッグストアよ」
「何か買いたいものあるの?」
「ゴムよ」
「……ヘアゴム?」
「違うわ。コンドームよ」
「なんで! 今さっき幼馴染としてっていったじゃん!」
「おかしなこと言うのね。幼馴染から一歩先に進むためには既成事実が重要じゃない」
「重要じゃないよ⁉」
「それに壬もちょうどあの女とヤりかけて溜まっているでしょ?」
「溜まってないよ⁉」
「安心して。今日、お母さんもお父さんもいないの」
「ずっといないでしょ!」
「まぁとりあえずイきましょうか」
「ねぇ今のイントネーション。絶対に行くのほうじゃないよね⁉」
この後、弥生からお怒りの連絡が来てまたひと悶着あったのは別のお話。
――第一部完――
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