第13話 妹が僕の彼女と大喧嘩して収拾がつかない件

 杏と付き合って二週間。僕の毎日は杏と付き合ってから変わった。

 毎朝一緒に手をつないで登校して、授業中はLINEでやりとりをして、昼休みは一緒にご飯を食べる。放課後はマクドナルドやドトールでおしゃべりをして手をつないで帰る。そして帰宅すればまたLINEでやりとりをして寝落ち通話までもする。


 僕は杏に生活を支配されていた。


 でもそれは不快なものではなくて、ずっと文化祭前日が続いているような、そんな楽しさしかなかった。


 だから僕は気づかなかった。

 妹が心の底から怒っていることに。


「ねぇお兄ちゃん」

「なーに?」

「……ご飯の時くらいスマホやめたら?」

「そーだね」

「……ねぇ、お兄ちゃん。弥生、お母さんみたいなこと言いたくないけどマジで良くないと思うよ」

「うん。わかってる。わかってる」


 僕たちはウーバーしたご飯を二人で食べていた。仕事で帰宅が遅い両親の代わりに弥生にご飯を作ってあげるのは僕の役割だった(ちなみに弥生は壊滅的に料理ができないので家族の誰もが弥生がキッチンに立つことを許可していない)。しかし杏と付き合い始めてからしばらくするとご飯中に杏から連絡がくることが多くなり――僕は弥生の許可は取ったうえで――ウーバーに頼ることが多くなっていった。


「もうっ!」


 それでもスマホを触ることをやめない僕に弥生はイラついた様子で席を立った。


「いいじゃん。たまには」


 本当は”たまに”ではない。特にここ数日は食事中一切スマホを手放していなかった。でも杏とLINEすることの方がはるかに僕の中で優先度が高くて、そんなださい正当化をしてしまう。


『ねぇ壬。今から少し会えない?』

『流石にもう暗いよ?』

『学校の近くの公園。あそこで少しだけおしゃべりしよ?』


 杏からのそんなLINEを僕は断れるわけもなく数秒後には『今行く』と返信していた。


×   ×   ×   ×   ×


 高校のすぐそばにある公園にやってきた。するともうすでに杏がいた。


「壬君~」

「ごめん。遅くなった」

「ううん。そんなことないよ。会いに来てくれて嬉しい」


 杏先輩が僕にギュッと抱き着く。部屋着より少しマシ、といった格好の杏先輩はショートパンツにだぼだぼのパーカーを着ていた。部屋着っぽい服装でも杏からすごくいい匂いがして抱きしめられるとドキドキした。僕も壊れないように杏のことを抱きしめ返す。

 しばらくして抱きしめた後、キスしよう腕の力を緩めて身をかがめたところで――


「お兄ちゃん!」


 公園の入り口から駆け寄ってきたのは――


「弥生?」

「いきなり家からいなくならないでよ! 心配したよ!」


 もこもこの部屋着姿の弥生が僕に駆け寄る。


「あれ? 声かけなかった?」

「かけてもらってないよ! LINEも反応しないし何かあったと思って――」


 弥生はそこでようやく杏の存在を認めた。

「あなたが――」

「壬君、妹さん?」

「えっ、あぁ。そうだよ。妹の弥生」

「そうなんだ。はじめまして。お兄さんとお付き合いさせていただいている杏です」

「……お前か」

「えっ?」

「お前がお兄ちゃんを……!」

「弥生⁉」


 杏につかみかかろうとする弥生を慌てて止める。


「どいて! お兄ちゃん!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。確かに弥生に一声かけずに家を出た僕が悪かったよ。だからひとまず帰ろう?」

「帰らない!」


 弥生は僕を払いのけて杏の目の前に仁王立ちする。高校二年生にしても背の低い杏よりさらに小さい弥生だが、なぜだろう嫌な威圧感があった。


「お兄ちゃんを返して!」

「えっと……ごめんね。夜中にいきなりお兄さん呼び出して」

「違う!」

「えっ……と」

「違うの! お前なんかと付き合う前のお兄ちゃんを返してよ! お兄ちゃんは家にいる間ずっとスマホいじったりしなかった! ご飯もきちんと作ってくれた! 家事もしっかりやってくれた! 水瀬ちゃんのこともゆっくり向き合って解決しようとしていた! 結婚とか馬鹿なこと言い出すようになった水瀬ちゃんのこと! 頑張ろうとしてた! 水瀬ちゃんが傷つかないように、これからも幼馴染で居続けるための頑張ってた! でも! でも! でも……! お前がお兄ちゃんと付き合い始めてからお兄ちゃんはおかしくなったんだよ!」


 一息にまくし立てた弥生は荒く息を吐く。


「お兄さんはおかしくなってないよ。弥生ちゃん」

「なに……?」

「あの幼馴染の女の子から解放されて自由になったんだよ」

「なに言ってるの⁉」

「お兄さんはずっと我慢してたんだよ。結婚したいだなんて毎日のように壬君に詰め寄ってくる水瀬ちゃんがいたら普通の恋愛なんてできないでしょ?」

「違う! お兄ちゃんは――」

「弥生ちゃんもお兄さんの恋愛、邪魔するの?」

「違う! 違う違う違う!」

「それにさ――」


 杏が僕に近づいてきてポケットから艶めかしい手つきでスマホを取り出す。そして僕の顔に画面を向けてロックを解除して慣れた様子でスマホを操作する。


「お兄さんのこと、ストーカーしてたらダメだよね?」


 画面には僕の知らない場所に入っていた位置情報共有アプリが表示されていて、ペアリング先として弥生のスマホが表示されていた。

 そういえば、と思い出す。いつのことだか弥生は僕と水瀬が夜の散歩をしていたことを知っていた。それはなぜか――


「弥生? もしかして僕のスマホの位置情報を――」

「ねぇ、弥生ちゃん」


 杏が僕の声を遮って弥生に問う。


 水瀬ちゃんが壬君の重りになっているように弥生ちゃんも重りになってるんじゃない?


「それは―――」

「普通の兄妹ならお兄さんのスマホの位置情報を辿れるようにはしないんじゃないかな?」

「…………」

「せっかくお兄さんに人生初彼女ができたんだから応援してほしいな」


 微笑む杏を弥生は思いっきり突き飛ばした。


「杏⁉」

「お前なんか嫌いだ!」

「ちょ、弥生⁉」

「お兄ちゃん! 弥生は認めないから! その女と付き合うこと!」


 たたたたっと立ち去る弥生を追いかけようか、倒れこんだ杏に手を差し伸べるか――迷ったのは一瞬で僕は後者を選んだ。

 月明かりが雲で隠れた。僕はようやく自分の行動に疑問を抱く。

 杏のことは好きだけど、果たしてそれは妹や幼馴染をないがしろにするほどのものなのかと。

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