第6話 幼馴染とデートに行くのは簡単ではない件

 水瀬とデートの約束をした翌日。僕より先に起きることが滅多ない弥生がもうすでに朝食の準備を完璧に終えて僕を待っていた。


「おはよう♡ お兄ちゃん♡」

「えっ、なに怖い」

「えー、怖くないよ♡ いつの弥生だよ♡」

「……もしかして昨日の夜、僕の後つけてきた?」

「えー、なんの話? 昨日の夜、十一時四十七分二十八秒にお兄ちゃんがあの女の後をつけて家を出て、零時三分四十六秒から零時二十四分二秒まであの女とイチャイチャして、零時二十五分五十五秒くらいにキスしようとして、その後水族館デートの約束を取り付けたことなんて――」


 ぜーんぜん知らないよ♡


「いや、もうなにもかも知っているんですけど……えっ、本当についてきたの?」

「んふふ、どーでしょ♡」

「…………」


 色々気になったが弥生はいつもこうなので諦めた。てか兄にとはいえ、こんなストーカーじみたことしている妹のことが僕は本気で心配です。


「それでねお兄ちゃん」

「なんでしょうか妹よ」

「あの女とのデート、行かないでほしーな♡」

「えっ、なんで?」

「素でなんでって言われても……だってお兄ちゃんにあれだけ冷たくした女だよ? 妹として心配です」

「僕の行動を監視しようとする妹の方が心配です」

「と・に・か・く! 弥生はぜったいぜったいぜーったいに! ゆ・る・し・ま・せ・ん!」


 弥生はバクバクと朝食のベースエッグとトーストを食べきってオレンジジュースを飲み込むと、シュタタタと家から出て行った。まだ学校に行くには大分早い時間だけど大丈夫なんだろうか……?


「幼馴染とデートに行くのも大変だな……」


 妹が用意してくれた少し冷めたトーストを食べる。


(というかそもそもデートなのだろうか?)


 中学生からは一緒に遊びに行くことはなくなったけど、水瀬とは二人で色んな場所に行った。いや水瀬がデートと言ったからデートだろう。でもどうしても昔を思い出してしまう。近所の公園で遊んだり、河川敷を自転車でずっと走って上流を目指してみたり、バスに乗ってショッピングモールに行ってみたり、小学校六年生の頃には水族館で――


(また来年もここに来たいわ)


 水瀬の言葉が鮮明に思い出される。小学生までの思い出は、友達と遊んだことよりも水瀬と一緒にいたことのほうがよく覚えている。あの頃の水瀬は大人っぽかったけどまだ幼くて、もう少し優しい雰囲気があった。もう少し前、まだ水瀬が僕よりもずっと背が低い時は――


(ずっと一緒にいてくれる?)


「守らないとな……」


 妹に倣って、少し早いけど学校に行くことにした。

 今日は、少し学校に行くのが楽しみだ。



×   ×   ×   ×   ×



 その日は昼休みまで普通に過ごした。新しくできた友達と話題のYouTuberのことを話したり、授業では無難にグループワークをこなしたりした。授業中、水瀬のことをちらっと見てみると真っすぐに伸びすぎた背筋で真剣に授業を受けていた。その表情は幼馴染の僕だけにしかわからない程度に柔らかくなっていた。

 昼休み。久しぶりに水瀬が僕の席にやってきた。


「お昼ご飯、一緒に食べましょう」


 食べない? という疑問形ではなくてもうすでに決まっているように話しかけてくるのがいかにも水瀬らしい。苦笑しながら快諾して、ここ最近一緒にご飯を食べていた友達に一声かけて水瀬と一緒に中庭のベンチに座った。

 水瀬は相変わらずコンビニの菓子パンで、僕は妹作のお弁当。今日は妹が作ったこともあってどこか彩りが豊かだ。


「水瀬はお弁当、作らないの?」

「作る時間が無駄だわ」

「そっか」


 言葉少なく僕たちはそれぞれのお弁当を食べる。


「ねぇ、壬」

「なに?」

「水族館、今週の土曜日でいいかしら?」

「うん。いいよ」

「……やった」


 小さくつぶやいた水瀬の声に思わずドキッとする。


「朝から――十時くらいから水族館に行って、館内でお昼ご飯食べて、十七時くらいには帰ってくる感じでいい?」

「えぇ。問題ないわ」

「水瀬と出かけるの久しぶりだから楽しみだよ」

「私も……」

「あっ、そういえば水瀬と水族館に行くって言ったら弥生に行くなって言われて――」


 昨日の夜、僕たちの後をついてきたらしいことは伏せて話す。


「そうなのね……」

「ごめん。弥生がその……水瀬が僕に結婚とか言い出したことすごく気にしていて」

「…………」

「でも安心して。水族館は一緒に行くから」

「……弥生ちゃんも一緒に行きましょう」

「えっ?」

「三人で水族館に行くの。そうすれば弥生ちゃんも少しは気にならなくなると思うの」

「でもいいの? その……デートでしょ?」

「弥生ちゃんがいても私の目には壬のことしか映らないわ」


 なんて返事をしたらいいのかわからず、迷った末に「そっか」とだけ言った。


「そういえば三人でどこか行ったことってあんまりないね。家族で行ったキャンプくらい」

「弥生ちゃんはまだ小さかったから」

「そうだね。水瀬と遊びに行くって言ったらいつも文句言ってたよ。今日みたいに」

「変わらないわね。あの子」


 クスクスと上品に水瀬が笑う。

 そして、水瀬の右手がお弁当を食べ終わって、行き場を失った僕の左手に重ねられる。

 突然のことにびっくりした僕と水瀬の視線が交わる。


「壬は私のこと、どう思う?」

「どうって……」

「…………」


 幼馴染だよ。大切な。守らなくちゃいけない。幼馴染だよ。

 言葉にできない言葉が口の中でラムネのように消えていく。


「……ごめんなさい。昨日だって、キスを断られたのに急だったわね」

「……ごめん」

「謝らないで。壬は悪くないわ。離れないと壬のことが好きだって気づけない私が悪いの」


 土曜日、楽しみにしているわ。

 そう言い残して、水瀬は立ち去った。


(誰かに好きって言ってもらうのって難しい)


 これが妹の弥生なら、兄のことがちょっと(いやかなり)好きな妹だってことで割り切れる。言葉の返し方もわかる。でも幼馴染の、血のつながりのない水瀬に、どうしても女の子として見ることができない水瀬に好きって言われてもどうすればいいのかわからない。結婚とか言い出した幼馴染の好きに対する言葉がわからない。

 帰ったら早速弥生も水族館に誘う。そう決めて僕も教室へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る