第2話 妹が結婚を迫ってくる幼馴染に敵意むき出しな件

「えっ、水瀬ちゃん戻ってきたの?」

「うん。同じクラスになった」


 入学式も終わり午前中のうちに家に帰ると、中学校の始業式を終えた妹の弥生もすでに帰宅していた。僕はささっとオムライスを二人分作って一緒にランチタイムを堪能している。

 

「えぇえええええええええええええ! 水瀬ちゃんがお兄ちゃんにプロポーズ⁉」


 そしてつい一時間ほど前の水瀬のことを話すと弥生はくりくりの瞳が零れ落ちそうなほど目を見開いた。


「そうなんだよ……」

「えっ? えっ? どういうこと? ねぇどういうことなの!」

「僕もわからない……」

「だって水瀬ちゃんと話すの二年ぶりでしょ? なんでお兄ちゃんに結婚なんて――ハッ! わかった! きっと結婚詐欺だよ! いさんそーぞく? 狙いだよ!」

「いや遺産にできるほどのお金なんてないし、そもそも僕はまだ十六歳だから結婚できないよ」

「じゃあなんで……?」

「僕が聞きたい」


 オムライスを一口食べる。うん。我ながらいい出来だ。


「そもそも! 水瀬ちゃんって引っ越す前にお兄ちゃんに酷いことたくさん言ったよね?」

「酷いことというか……まぁプレゼントは受け取ってもらえなかったけど……」

「それなのになんで今更……許せないよ! 弥生は許せません! 結婚なんて認めません!」

「いや許すも何も結婚しないから」

「ほんと? お兄ちゃんは誰とも結婚しない? 将来は妹と合法的に結婚できる国に行って、結婚式は代官山、新婚旅行はハワイ、子供は三人で男の子一人、女の子二人、三人とも大学まで行かせて孫は七人の大家族を築き、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか? ねぇ誓いますか?」

「誓わないよ!」

「えー」


 うちの妹は冗談がキツいことが多々あります。……冗談だよね?


「その婚姻届って本物だったの?」

「多分」

「そもそもどうしてお兄ちゃんなんかと結婚しようとしてるのかな……?」


 “お兄ちゃんなんか”は余計です。


「そうなんだよね……」


 どうして転校する日に僕からのプレゼントを拒否しておいて、突然結婚なんて言い出すのかがよくわからない。あれだけ冷たかったのにどうして今さら仲良くしようとするのかわからない。


「水瀬ちゃんの結婚、ちゃんと断った?」

「うん」

「水瀬ちゃん綺麗だった?」

「うん」

「ふーん。弥生よりも」

「うん」

「もう! そこは弥生の方がかわいいよって言って!」

「ヤヨイノホウガカワイイヨ」

「もうっ! ばかっ!」


 妹はバクバクと残りのオムライスを食べきると、歳の割には豊かな胸元を揺らして自分の部屋に行ってしまった。ぴょこぴょこした動きは小動物っぽさを感じる。


(まぁ実際弥生のほうがかわいいけどね)


「本当?」

「心の声を読むのはやめてね?」


 突然リビングに戻ってきた弥生はかわいいって言ってとしばらく僕のことを離してくれなかった。



×   ×   ×   ×   ×



 入学初日のスタートダッシュに失敗して、さてどうしたものかと悩んでいると外が騒がしいことに気が付いた。部屋のカーテンを開けて外を見てみるとダンボールを積んだトラックから降りてきたお兄さんたちが隣の家――水瀬の家に荷物を運びこんでいた。


(本当に戻ってきたんだな……)


 不思議な気持ちで引っ越しの様子を見つめていると、中学校のジャージ姿の水瀬が引っ越しのお兄さんたちに混ざって家の中に荷物を運び入れていた。


(そういえば水瀬のお父さんとお母さんはどうしたんだろう?)


 水瀬とは学校で久しぶりとあいさつした以外は結婚しようと追い回されるばかりで、本当に必要なことを全然話していない気がする。


(あいさつ、改めてした方がいいのかな……)


 そんなことを考えていると、部屋のドアがバーン! と開け放たれた。


「お兄ちゃん! 敵襲!」

「水瀬のこと?」

「そう!」

「敵って……お隣さんだからね?」

「それでもお兄ちゃんと結婚しようとするやつは敵! 行くよ!」

「どこに⁉」


 タタタタンっ! と小気味よく階段を下りていく弥生を追いかけて外へ。


「水瀬ちゃん!」


 弥生が叫ぶ。ちょうど最後のダンボールを手にした水瀬が振り向く。


「ッ――!」


 息をのむほどに美しく、そして壮絶な冷たさを浮かべた水瀬がそこにいた。


「…………」

「…………」


 水瀬は言葉を発せない。弥生は氷のような美しさを前に何も言えない。二人の間に沈黙が降りる。

 しばらくした後、沈黙を破ったのは引っ越し屋のお兄さんだった。


「あのー……ハンコいいですか?」

「……えぇ」


 水瀬がジャージのポケットから取り出したハンコをポンと何かの書類に押す。


「そ、それじゃ毎度ありがとうございますー」


 引っ越し屋のお兄さんたちはこれ以上ここにはいたくないとばかりにトラックに乗って早々に去っていく。


「あら、壬」

「よ、よう……」

「ちょっと弥生のことは無視⁉」

「…………」

「聞いてるでしょ!」


 弥生が怒るのも無視して水瀬が僕に近づく。


「ごめんなさい。こんな格好で」

「えっ、いや、その……うん」

「引っ越しが終わったら昔みたいに一緒に遊びましょう」

「そ、そうだね」

「それじゃ」


 水瀬は氷を溶かして笑みを浮かべると玄関の向こう側へと消えていった。


「な、なんなの! あの態度!」

「そうだね……」

「ムカつく! ちょっと文句言ってくる!」

「や、やめなよ。水瀬も引っ越したばかりなんだし……」

「なに? お兄ちゃんはあの女の味方なの?」

「あの女って……水瀬ちゃんて呼びなさい」

「なーにが水瀬ちゃんよ! お兄ちゃんにあんな態度とっておいて許せるわけないじゃない!」

「落ち着て! 水瀬の家に突っ込もうとしないで!」

「どいてお兄ちゃん! どかないとあの女を〇せない!」

「〇さないで⁉」


 ひとしきりぎゃあぎゃあ騒いだあと、疲れて弱くなった弥生を抱いて(妹の唯一の弱点は体力が皆無なことだ)自宅に撤退した。

 妹が結婚を迫ってくる幼馴染に敵意むき出しなんですけど、どうしたらいいですか……?

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