第1話 天に召される
「お願いだ。やめてくれクリス。あのカメラに写っていたことは、全て合意があってのことだと何度も言っているだろう」
アレクサンダー神父は、折られた鼻から血が垂れ流しになって、哀れな感じで咳き込んでいる。その枯れ木が腰を折るような老人の姿に、人は憐憫の思いを募らせるのだろうか。
所々破けた法衣から筋張った生白い手足がのぞいている。この男が行った卑劣な行為を考えると、古典に出てくるグロテスクな悪魔を思わせる。
「神父のくせに話を聞かない奴だ。さっきから何度も言っているが、問題はそこじゃない。お前が性行為同意年齢を下回る10歳やそこらの子どもを100人近く食い物にしたのはどうでもいい。それより、未だ法にも裁かれず、俺に見つかったのが問題なんだ」
俺は、神父をC教の崇拝像が掲げられた中央祭壇へと引きずった。そこに置かれた木製の椅子に神父座らせようとするが、そこが電気椅子になると知ってか、抵抗して頑なに座らない。
俺は、神父の抵抗の気力を挫く為、鼓膜を破かないように頬だけを狙って平手打ちをした。この神父、ただでさえ人の話を聞かず要領が悪いのに、耳が聞こえなくなってしまったら目も当てられない。
「的当てゲームみたいだな、はっはっ」
暴れる神父の頬を狙って何度も平手打ちをした。遊園地にある動く的を狙った射撃ゲームのようで、暫くやっていて楽しくなってしまった。
天井の円蓋に描かれた無垢な天使がこちらを見下ろしている。初めて嗅いだ血の匂いに、興味津々といった顔だ。
「前々から頭がおかしいと思ってたんだ。不倫した妻を激情に駆られて殺した退役軍人など、あぁ、身元を引き受けるんじゃなかった。GPSをつけてテキサスに隔離しとけば良かったんだ!」
「本当に人の話を聞いていないんだな。告解室で話した通り、俺はその時感情的になっていない。いつも通りフラットでいた。不倫をしようが、他の男の子どもをこさえようがどうでもいい。問題は俺に見つかったことにある」
俺は、いつものようにボストンバッグから手斧を取り出す。嵩張らない拳銃を持ち歩きたいのだが、バックグラウンドチェックにひっかかる俺には叶わない。
神父はいよいよ死期をさとり、屠殺前の豚のように騒ぎ始めた。
俺の体は、父親譲りの185センチの高身長、中胚葉型の引き締まった筋肉質の体型で、週5回仕事終わりに必ずジムへ行って体を作り上げている。こんな聞き分けの悪い痩せた老人、力尽くで座らせるのは訳なかった。
俺は手斧の背で神父の鎖骨を殴りつけた。そこを折れば肩を上げられなくるので、大抵大人しくなる。案の定、神父は呻き声を上げて抵抗のボリュームをさげた。
俺は右の拳で神父の頬を殴りつけ、口を無理矢理開かせた。
神父はドロドロとした年老いた血液と共に折れた歯を口から吐き出した。
この歳になっても生えてた歯だ。苦労して手入れしてたであろう分、ぶち壊してやるのは何とも気味がよかった。
俺は手斧の刃を神父の首後ろに当てる。
「手斧がお前の首を切りに来た、ってね」
俺は悪人共の首に手斧を当てる押し度、マザーグースのレモンとオレンジで始まる唄を思い出す。
「さぁ、もう命乞いはいいか。さっさとアーメンと唱えろ。神父」
「あぁ、ほのひのへいれんへっはくをほうへいひ、ほのはわへなほほにひんはふをふだふよう。ふくひのふひよ、たふへたほう(あぁ、この身の清廉潔白を証明し、この哀れな男に神罰を下すよう。救いの主よ、助けたもう」
「笑わせるな、このロリコンじじいが。身の潔白など、この期に及んでなにを……」
ふと、大きな影が俺を飲み込んだ。頭で理解する前に、反射的に身をすくめて上を見上げた。
C教の神の子像が、垂直から水平に姿勢を変え、俺の間近に迫っていた。俺を押し潰そうと、祭壇の壁に固定していたワイヤーから御身を解放し、俺には身に余る神罰の抱擁をくださんとしている。
どういうことだ。このペドフィリアの変態神父の祈りが届いたというのか。
今まで俺は神に1度たりとも祈ったことがない。聖書に記された神は、嫌に人間味が出ていて到底祈る気にならない。神父ではなく、俺の方が逃れようのない死に直面しているのは、依怙贔屓な神に対する信仰の差だと言うのか。
どういう理由であれ、悪人を赦す神が存在するのなら虫唾が走る。完璧な道徳性と究極の善を持ち合わせた者という名目で、多くの人間の祈りを独占しておいて、一皮剥いてみれば偽善に偏った神なぞこの世に要するのか。
近所に住む親子の母親を強姦し、子どもの頭に火をつけて殺したニキビ面のジョナサン。6歳のエリーをトイレに連れ込んで純潔を奪って殺したロリコン小学校教師のサム。育て切れない子どもをそのでかい尻で踏み殺して床下に捨てたデブのメアリー。妹家族を監禁して大便を食わせてた薬中のマシュー……。神が見逃してきた悪人共だ。
俺の頭に今まで殺した者の顔が走馬灯のように駆け巡った。生き残りの道をかけて俺の脳味噌のシナプスが高速で処理する中、逃げ場所を見つけられない体は未だ動けずにいた。神の子の像は、見た者が圧倒する圧を顔面に称え、俺の目前へと迫っている。
「くそがぁああああ…」
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