031 霊魂破壊(後編)
拳銃に、魔力が集う。
火の粉のように細やかな紅蓮の魔力。それがコウスケの持つ拳銃へと吸い込まれ、深紅の弾丸を創りだす。
「──ソウル・ブレイク。」
心臓まで凍える冷徹な言葉とともに、コウスケの拳銃から赤い弾丸が放たれる。それは一切の迷いなく、まっすぐに遥か先の巨人の眉間を貫いた。
脳髄を穿たれた巨人の足が、突如として止まる。巨人は倒れ伏し、その重みで雪の中へと沈んでいく。
だが──
「ほ、他の巨人たちが止まらないわ!!」
フレイヤの言葉の通り、他の巨人たちは仲間が倒れても一切その速度を緩めなかった。牙をむき、殺意と狂気に満ちた視線をコウスケ達に向けながらひた走ってくる。
「残り9体──」
「それはあたしに任せとけって。」
鉛の弾を装填するコウスケの隣に、エミリアが立つ。
「にしても、ありゃあ酷いな。
あんたの話じゃ、ウィオレンティアのソウル・マジックは魂に“毒”を入れる魔法、だったよな?人間の欲とか憎悪とか、魂の醜い部分を肥大化させて人を凶暴化させる魔法。聞いたときは気色の悪い魔法だとしか思わなかったが、想像以上だな。あの巨人ども、人の面影なんざ全く残らないほどに姿形が変わっちまっているじゃないか。」
「……それでも変質させているだけで、“魂”は残っている。なら、ソウル・ブレイクやソウル・マジックが有効な相手、ということだ。凶暴ではあるが的がでかくなっただけだと思えばいい。だから──」
「だからこそ、
「……」
返事をしないコウスケに、エミリアは眉を顰めた。
「あんた、さっき何でソウル・ブレイクを使ったんだい?らしくないぞ。」
「……」
「あんたにはソウル・ブレイクの使用制限がある。あの数をソウル・ブレイクで倒すにはあんたじゃ無理だし、ウィオレンティアとの戦いになった時に魔力切れはまずいだろう?」
「確かに、俺にはあと3発分の魔力しか残っていない。だが
「へぇ……なんか策でもあるってのかい。けど、焦るなよ。あんた、昨日の夜から妙に殺気立っているよ。」
エミリアは男の横顔を一瞥する。男の瞳はまっすぐ敵を見据え、その顔は冷淡で非情に徹している。しかしその額には、僅かに汗が滲んでいた。
「ヴァルキリーズの第一目標があの子の抹殺へと変わった──あんたの
コウスケはエミリアの言葉に一瞬だけ視線を落とし、それから首を振った。
「いや。大丈夫だ。ただ……ここで決着を付けないと、後々不利になる。そうなれば……約束を果たすのが、難しくなる。」
「……分かった。けど、無茶はすんなよ。」
エミリアの言葉は強かったが、冷たくはなかった。ただ彼を守るかのように彼女は前に進み出て、弓を引き絞った。
「──弓の神、イチイの谷のウルに奉る。」
エミリアの弓に、光の矢が現れる。
巨人は既にその距離を縮め、残り数十歩のところまで迫っている。しかし彼女は一切恐れることはなく、悠然とその矢を天に向けた。
「我が敵全ての魂に、断罪の雨を降らし給え。ソウル・マジック──『
空を駆ける一つの矢。風を切る音とともに天に昇ったそれは、いくつもの光の矢となって地上に降り注いだ。それは流星のように美しく、けれど雷霆のごとき荒々しさで巨人を穿つ。いかに巨人に成り果てたとはいえ、人間であったことに変わりはない。魂を射抜かれた巨人たちは次々と地に倒れ伏し、その雪崩はあっけなく止まった。
が──
「
巨人が倒れる寸前。
その巨人の影から、巨人ごと貫く巨大な槍が現れた。その槍はまっすぐにエミリアの傍をかすめ、フレイヤへと向かって飛んでいく。
「フレイヤ!」
エミリアの声が終わるよりも先に、コウスケが動く。フレイヤを抱きかかえ、間一髪でその槍を躱す。
「……来たか。」
「!!」
コウスケの言葉に、フレイヤはおそるおそる槍が飛んできた方を見る。巨人の影が湖面のように波打ち、影よりも濃い闇を身にまとった女が現れる、その様を。
「……ふん。やはりここまで私を運ぶことくらいしかできないか。」
ウィオレンティアはそのミイラのような姿で、異形の死体となった部下を見下ろす。
「多少は使えるかと思ったが……やはり無能だな。」
「自分の部下を、どれだけ犠牲にすれば気が済むんだ、貴様は!!」
エミリアは怒りをむき出しにして矢をつがえる。
眉間にその圧を感じつつ、ウィオレンティアは鼻で笑った。
「犠牲?それがどうした。弱かったから死んだ。それだけだ。」
「……貴様は、どうしようもない
「はっ!強者、と呼んでほしいね。
ウィオレンティアは包帯の下でニタリと笑う。
「さて、茶番はこのくらいにしておこう。この距離まで近づけば、私はいつでもお前たちを串刺しにできる。貴様らの敗北は確実だ。命乞いをするなら今の内だぞ?」
「随分と前口上の長いやつだな。暗殺者ってのは、そんなにもおしゃべりなのか?」
エミリアの言葉に、ウィオレンティアは無言の視線を向ける。そして──
「なら早々に死ね。『
エミリア、コウスケ、フレイヤの影から、白銀の刃を持った諸刃の剣が現れる。それはちょうど影の心臓のあたりから、まっすぐ糸でつられているかのように彼らの心臓を狙った。
が。
エミリアは体を反転させ、自身の影から出てきたその剣を素早く躱す。そして自身の脇腹をかすめる刃の柄を、右手でつかみ取った。そして影から出てくる第二撃を、彼女はその剣で難なく薙ぎ払った。
一方のコウスケは、エミリアより数段早く加速した。その動きは豹のようで、刃はコウスケに追いつかない。フレイヤの影から出た刃を鷲掴み、彼は自身の影から出る刃を真っ二つに叩き割る。さらにフレイヤを抱えて跳躍し、つづく攻撃を空中で全て躱す。そして躱しきったその瞬間に、手に持つ剣をウィオレンティアに向けて投げつけた。
「小癪なマネを!」
ウィオレンティアは投げつけられた刃を二本の指で受け止め、そのまま体を回転させてエミリアに投げつける。
だがエミリアの動きはそれより早い。投げつけた先にエミリアの姿は既になく、ウィオレンティアの背後にまで彼女は迫っていた。
「攻撃が遅い!」
「この私の背後に、立つな!」
ウィオレンティアは自身の影から、無数の武器を出現させる。
「はっ!串刺しにしてやった──」
「そんな訳あるか。」
「!?」
ウィオレンティアは自身の頭上を見上げる。そこには体の周りに風を纏い、矢をつがえる褐色の女がいた。
「テメ──」
「穿つ」
エミリアの強弓から、風をも割る一矢が放たれる。それは弾丸のように早く、岩よりも固く重い。矢はウィオレンティアの額をかすめ包帯を引きちぎると、雪原の大地に巨大な穴を穿った。
「おのれ!!」
ウィオレンティアの顔面には、ひどい火傷の跡があった。鉄板が押し付けられたかのような焼け爛れた赤茶色の皮膚が、右目元から顎にかけて顔面の表情を1つに固定させてしまっていた。
その醜い顔が露わになり、ウィオレンティアは激高する。濁った紫色の瞳が怒りに歪み、その仮面のような顔に歪な亀裂が走っていく。
「見たな。この顔を──!!」
「ソウル・ブレイク」
その怒りに何の感傷をも抱かない、冷たい言葉が虚空を穿つ。女が声に振り返ると、そこには既に魔法の弾丸を打ち終えたコウスケが一人、立っていた。
「はっ!効くものか!!」
魔法の弾丸はウィオレンティアに巻かれた包帯によって破壊された。そして女はあざ笑うように叫んだ。
「『
ウィオレンティアの影が、伸びた。
女自身は動いていないが、その影がまるで一つの生き物のようにひとりでに動き出したのである。
「影を、
切り離された女の影を見て、エミリアは叫んだ。地面を滑るように這うその影の、向かう先に。
「逃げろフレイヤ!」
その言葉が終わった時には、その影は既にフレイヤの元にたどり着いていた。さらにフレイヤの思考が始まるより先に、その影は次の行動に打って出る。
「あ──」
「
影の両手の爪がナイフのように引き伸ばされ、フレイヤの影、その頭部を突き刺さんと狙っている。
少女は直感した。
そしてその瞬間、音も熱も臭いも、全てが消えた。その直感が、少女の全ての五感を奪い去った。
死ぬ──
「フレイヤ、光だ!」
「!?」
男の声に、少女の意識に思考が戻る。
「え!?あ?えええ!?」
だが、考えている余裕はない。
故に、影がまさに自分の影を貫こうとするその刹那、少女は聞こえた声の通りに、ありったけの力を込めて叫んだ。
「──る、
閃光。眩い陽光が、辺り一帯を包み込んだ。それは瞬きの間でしかなかったが、その灯は少女の命を救った。
影が、光でかき消されたのだ。
「おのれ──そのような初級魔法ごときに!!」
「貴様みたいなやつが、あの子に触るんじゃない!!」
エミリアの矢が、再び降り注ぐ。しかしウィオレンティアはそのすべてを大剣で薙ぎ払い、さらにその大剣をエミリアへと投げつける。
「さっきの剣、返しておくよ。」
エミリアは飛んでくる大剣を、影から出てきた剣を投げつけ弾き返す。
「小癪な──」
「こっちだ。ソウル・ブレイク!」
「チイッ!!」
ウィオレンティアは紫色の短剣で、死角から放たれたその魔法の弾丸を斬り割く。そしてその弾丸を打ち込んだ男を睨み付け、ある
「ふざけやがって!私は隊長だぞ!貴様らとは実力が違う!!」
女は濁りきった瞳をさらに歪ませ、破れた頭部の包帯を脱ぎ捨てる。
「しかも、
私は
このソウル・ブレイカーを持つ限り、霊魂を破壊することなど叶わぬ!!」
「だったら弾き飛ばす!“風よ”!」
エミリアの魔法を纏った矢が、ウィオレンティアの右手に集中した。
しかし女も然る者。その攻撃を、顔色一つ変えず捌き切った。魂とつながっているその小さな武器を器用に動かし、風を纏った鉄の雨を砕いたのである。
「チッ!なら、これなら──!?」
エミリアの顔が曇る。手に、矢の感触がない。そう。矢が、尽きたのである。
矢筒にはもう一本の矢も入っていない。エミリアがそれを認識する一瞬の間。それをウィオレンティアは見逃さない。
「
殺気
暗殺者の背後に、強烈な殺気が浴びせられた。
女は瞬時に身の危険を察知し、その殺意の主を見やる。
「────」
真っ赤な左目を持つ、義眼の男。その男が、漆黒の拳銃を持って立っている。その紅蓮の瞳孔が、認識できるほどの距離に。
だが──
(この距離なら、守るより殺す方が速い!!)
ウィオレンティアは瞬時に反転。男の指が引き金を引くより先に、その呪文を口にする。
「ソウル・マジック──『
それは、冷酷な言葉だった。
魂を凍てつかせるには、十分すぎるほどに冷たく、凍えそうな声だった。
だがその余韻には、決意に満ちた響きがあった。
「ソウル・ブレイク」
「馬鹿め!それは効か──」
その弾丸を認識した瞬間、女は自分の過ちに気が付いた。
確かにソウル・ブレイカーを持っていれば、ソウル・ブレイクはなんの効果ももたない魔力の塊でしかない。霊魂など破壊できはしない。
そう。
だがそれは、魔法ではなかった。
銀色に光る、
「な──に──」
ウィオレンティアはその存在を忘れていた。極限の緊張状態にある戦場、繰り返された魔法戦、そしてコウスケがソウル・ブレイクを連発して使っていたのが主な原因だった。
ウィオレンティアはソウル・ブレイクの数を記憶し、残りが最後の1発だということを認識していた。その1発さえ撃たせてしまえば、一切魔法の使えない脆弱な人間が出来上がると内心歓喜していた。そうなれば、自分の思うがままにいたぶり、無様に殺すことができる。──
故に、実弾という存在を忘れてしまっていた。
しかも彼女は、自分の顔を覆う防御魔法が組み込まれた包帯が破られたことを、途中から忘れてしまっていた。自分が怒りに任せて包帯を投げ捨ててしまったことを、忘れてしまっていた。
故に一切の防御態勢を取らなかったウィオレンティアに、その銀の弾丸を防ぐことはかなわなかった。
白銀の一閃は女の眉間を貫き、その
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