026 魔法の色


「黄金の、雨?」


 フレイヤはたどり着いた尾根からそれを見た。夜の闇に染まりつつある空から、陽光の如き輝きを放つ雨が山に降り注ぐのを。

 雲などない。

 まるで星からこぼれた涙のように、その雨は天より落ちる。一つ一つの粒は遠巻きからでもわかる程に大きく、そのすべてが矢の形をし、その真下にいる者たちへと一斉に、一切のためらいなく降り注いだ。


 少女はそれを、不思議だと思った。

 轟々と猛々しい音を出しているにも関わらず、それは流星のように美しかった。

 人を殺す魔法と直感できる光景であるにもかかわらず、それには辺りを照らす暖かさがあった。


 そして陽光の輝きは、どうしようもなく孤独に見えた。


 その惨劇に、心が締め付けられる。

 その輝きに、胸が熱くなる。


 見たこともない。

 知るはずもない。

 何故そう感じたかなど、分かるはずもない。


けれど彼女はその感情を、小さく声に漏らした。


「なんだか、寂しそうな魔法だわ……」





「……」


 その場に立っているのは二人だけだった。茶髪の女と、死神のように佇み銃を持つ男。エミリアは周囲に転がる死体を一通り眺めて敵の存在が消えたことを確認すると、大きくため息をついて膝をついた。


「とりあえず、難は逃れた、か……」

「大丈夫か、エミリア。」

「……ああ、傷は浅い。だけど、すまないが肩を貸してくれるか?」

「ああ。」


コウスケの肩を借りてエミリアは立ち上がり、ウィオレンティアの立っていた場所を睨み付ける。


「あの蜘蛛女……この状況で逃げやがった。影から部下を出して、にしやがった!」

「……あいつは自分以外の奴を皆道具だと思っている。ああいう下劣な手段をとる奴は……心底気に食わないが、だからこそ先が読めないことが多い。」


そう言った後で、コウスケは小さくつぶやいた。


「……人殺しに、上品も下劣クソもない、けどな……」

「……」


 エミリアはその言葉に、少し胸が締め付けられた。エミリアはコウスケが何を思ってこの世界で“殺し”をしているのか、それを知っていた。だから彼女は、肩を貸すその男に別の言葉を用いて尋ねた。


「というかあの時、あんたの弾丸であいつは――なかったのかい?」

「無茶を言うな。あいつの包帯はベルルムが考え出し、ウォルプタースが設計した最新の防御魔法が織り込まれている。では貫通できん。手元のソウル・ブレイカーを弾くだけで精いっぱいだ。」

「……はは、それもそうか。まったく、国を守る奴らはどこも化け物みたいなやつしかいないねぇ。」

「……そう、だな。」


 遠い先にある尾根を見上げると、一人の少女が二人を見て佇んでいた。コウスケは彼女を見ると小さく安堵するとともに、胸を痛めた。


「……悪かった。」

「え?」


 突然の謝罪に、エミリアは足を止める。


「俺が、もっと早くあいつの罠に気が付いていれば、お前はけがを……」

「あー、ストップストップ。」


エミリアは露骨に聞き飽きたと言いたげな顔を見せると、耳をふさぐ。


「あんたのその“すまない発言”はもう何度聞いたかわかりゃしないよ。」

「……」

「あたしはね、好きであんたたちについていくことを決めたんだ。こんなケガなんて、しょっちゅうするだろうって、分かりきっている。今からこんなことで謝罪されていたら、この先窮屈つったらありゃしないよ。」

「……」

「あんたがフレイヤと離れたことはスキーの跡で分かったし、あんたならすぐに駆けつけると分かっていた。何も問題なんかない。あるとすれば、あたしの体が想像以上になまっていたってことくらいさ。」


エミリアはそういい、視線の先にある尾根を見つめていった。


「けど、そうだな……もし申し訳ないという思いがあんたを縛るというのなら、一つ教えてくれないか?」

「なんだ。」


 エミリアの黒い視線が、コウスケを捉えて言った。


「あの子が、ニョルズの娘というのは、本当か?」





 小さな洞窟の中で、コウスケ達は夜を明かすことを決めた。

 ささやかな焚火で暖を取りながらくしゃみをするフレイヤに、エミリアは毛布を掛けた。


「風邪を引くよ。」

「ありがとう、エミリアさん。」


フレイヤは覆いかぶさった温もりをしっかりと握りしめると、傷の手当てを再開するエミリアに尋ねた。


「ねぇ、今日あの山で黄金の雨が降っているのを見たの。あれって、エミリアさんのソウル・マジック?」

「ん?ああ、流石に見えていたか。そうだよ。あれがあたしのソウル・マジックさ。」


エミリアは弓を持ち、エミリアにウィンクして見せる。


「あたしのソウル・マジックは天に向かって放った矢を分散させて、光の雨として敵陣に降らせる対軍魔法。その雨はソウル・ブレイクの矢だからね。雨の降る領域にいる敵なら全員仕留められる。」

「──」

「あ、ああ、いや、すまないね。子供に話す内容じゃなかったか。」


 エミリアはフレイヤの顔を見て慌てて弓をしまった。

 エミリアは元騎士だ。彼女にとって“敵を倒すことの話”は、


「いや、その、そんなことはないわ。ただ、ちょっと──寂しそうな魔法だなぁって。」

「寂しそう、か。」


 エミリアは少し驚いた顔をすると、ふとコウスケの方を見やった。コウスケは洞窟の入り口で見張りをしており、その視線は常に外に向けられている。だがエミリアには、彼女たちの話が聞こえていないようにふるまっていると、そう見えた。


「……あたしはね、以前テッラ王国の【アウルヴァング】ってところで孤児院を営んでいたことがあるんだ。」


 焚火に視線を落としたエミリアの言葉に、フレイヤは静かに聞き返した。


「孤児院?」

「ああ。戦争で身寄りを亡くした子どもたちを集めて、彼らが一人で生きていけるようになるまで面倒を見ていたんだ。」

「身寄りを、なくした……」

「うん。けど、彼らを育てるにはどうやってもお金がたりなくてね。父の商売だけじゃあ、流石に養えなかった。だからあたしはテッラ王国で騎士になることにしたんだ。」

「騎士?聖騎士団、だったかしら?」

「ああ。騎士団はお金がたくさんもらえるからね。そこで得たお金で彼らを育てていたんだ。

 ……で、あのソウル・マジックはその時あたしが創った魔法だ。

 “戦場”で、ね。」


 炎が小さな音を立てて爆ぜ、それに合わせてエミリアは嗤った。


「皮肉な話だろう?戦争で親を亡くした子どもたちを守るために、。孤児になった子どもたちを救うために、あたしは新しい孤児をつくりだしてしまっていた。」

「それは……」


 フレイヤは何を言えばいいのか分からなかった。戦争の絶えないこの世界で、そんなことは“普通”に有り得ることだった。家族を守るために誰かの家族を殺すのが、当然の世界だった。だから孤児など溢れかえっていた。言うならば学校のクラスメイトが半分孤児だと言うほどに──フレイヤがそうであるように──孤児というのは普通だったのだ。

 だがそれで“普通だ”といったところで、エミリアがその表情に浮かべる悲しみを取り除くことができないことを、フレイヤは分かっていた。


「ソウル・マジックは魂喰者ソウル・イーターの必殺技みたいなもの。そう言ったのを覚えているかい?」

「ええ……」

「ソウル・マジックは──いや、そもそもソウル・ブレイカー自体が少々難しい代物でね。“魂に関与する魔法”ってのは、使用者の魂そのものと相互に影響するんだ。」

「相互に影響する?」

「ああ。ソウル・ブレイカーは使用者の魂とつながっている。だから強烈な殺意を持って挑めば強烈な殺人魔法を繰り出せるし、逆に天使みたいな慈愛をもって魔法を使えば、回復魔法のようなことだって使えるようになる。魂の色っていうか、癖って言うか、そういうのが魔法に出てくるんだ。

 それがソウル・マジック。基本的には戦場で使われることが多いから、“ソウル・ブレイクの延長上の効果をもつ魔法”が多い。……あたしのやつみたいに、ね。」

「魂とつながっている……

 じゃあ、わたしが寂しいと感じたのは……」


エミリアは小さく深呼吸して悲しく微笑む。


「あたしのソウル・マジックをあんたが寂しいと感じてくれたのなら、それはあたしにとって救い・・だ。ありがとう、フレイヤ。」

「……わたしは、何も……」

「ふふ。あんたは優しい子だよ。流石はニョルズの娘、だねぇ。」

「!?!?」


 突然の言葉に、フレイヤは固まった。驚いたのもそうだったが、犯罪者の父を持っていると言うことを知られたことに、彼女はこの先なにをどうすればよいのか分からず、頭が真っ白になった。

 しかしエミリアはフレイヤのその焦りと恐怖を、そっと抱きかかえた。


「ニョルズはね、あたしの尊敬する騎士のうちの一人だったんだ。」

「──え?」

「実際に話をしたのは数回だけ。出会ったのは戦場。それも“敵”として、だった。」


エミリアはフレイヤの肩を寄せ、焚火のような小さくあたたかな声で語り始めた。


「彼は海のような男だった。戦場では嵐のように敵を薙ぎ払うが、大洋の如き寛大さで人に接する。たとえ敵であっても己が認めた相手であれば礼節を尽くし、その雄快な性格は敵味方関係なく人を魅了した。

 紳士的な騎士というのではなく、人を束ね、惹きつけ、先導する──王の気風をもった人だった。

 彼のソウル・マジックは、まさしくその人格を具現化させたものだったよ。本当に優しくて強い魔法だった。海のようにすべてを包み込むような、そんな魔法だよ。」

「……お父さん……」


 首に掛けた指輪を握りしめ、少女はうつむく。


「あたしはあんなに強い魔法があるのかと、そう思った。大切な人を守りたい、そういう意志がこもった魔法だった。

 だからあたしは──かつて子どもたちを守りたいと思っていたあたしは、彼の騎士としての有り方を尊敬していたし、今だってそう思っている。

 たとえ世界中の人があの人を悪く言ったって、あたしはあの人がいい人だって、信じている。だからフレイヤ、あたしはあんたを──どうこうしよう、なんて思っていないよ。」

「……うん。ありがとう。」


 少女にとってその言葉は、初めて聞く、自分の知る父の姿に近いものだった。少ない記憶にある父の姿に、よく似た言葉だった。

 再び鼻をすする彼女を、エミリアはもう一度優しく抱きしめた。

 そのぬくもりは目の奥を、鼻の奥を熱くさせ、少女はしばらく顔を上げることが出来なかった。

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